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25年前、日本中が揺さぶられた“音の暴走列車” ジャンルも空気もぶっ壊した“狂気の名曲”

  • 2025.7.31

「2000年の春、どんな音楽にゾクッとした?」

Dragon Ash『Deep Impact』(作詞:降谷建志・Q・山田マン/作曲:降谷建志)――2000年3月15日リリース。

この曲は、25年前の音楽シーンにとって“衝撃”そのものだった。

前年にリリースされた『Grateful Days』『I LOVE HIP HOP』で、Dragon Ashはラップ×バンドサウンドという新たなスタイルをメインストリームに持ち込んだ。だがこの7枚目のシングル『Deep Impact』で彼らは、「売れ線」から一気に距離を取り、さらにストリートと音の爆発力に完全に舵を切った。

音圧、ラップ、ノイズ、グルーヴ、どれもが極端で、強烈。そしてサビの最後に放たれる一言が、全てを象徴していた。

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2002年 Dragon Ashのリーダー 降谷建志 (C)SANKEI

バンド×ヒップホップ――“融合”ではなく“制圧”だった

『Deep Impact』は、Dragon Ashにとっての転機であり、“ヒップホップの精神性”と“バンドの爆発力”が完全に同化した最初の一曲だった。

Kjの鋭いライミングに加え、フィーチャリングとして参加したラッパ我リヤのMr.Qと山田マンが放つ、ソリッドでハードな日本語ラップ。

それぞれが持ち味を遠慮なく叩きつけ、曲全体が重厚で無骨な音塊となって押し寄せてくる。

ギターは歪みきり、スクラッチもノイジーに混ざり、ドラムは爆発寸前。グルーヴというより“重機”のようなサウンドが、耳ではなく身体を揺らす。

キャッチーさを期待していたリスナーには衝撃だったかもしれない。だが、“今の音楽に足りないもの”を探していた人たちにとっては、これがドンピシャだった。

“前作からの裏切り”こそが、最もリアルだった

1999年に出した『Grateful Days』はZEEBRAを迎え、メロディアスで開かれたサウンドが注目された。『I LOVE HIP HOP』はサンプリングを多用したパーティチューンで、若年層を巻き込む軽快さがあった。

しかし『Deep Impact』は真逆。“理解されなくても構わない”という姿勢を、音で突きつけた。

これは、“売れたい”でも“迎合したい”でもなく、「俺たちの音をそのまま出す」という強い意志表明だった。だからこそ、最後に叫ぶ「いよいよ壁は無くなるぞ」というラインが、ただのリリックにとどまらない。

それはジャンルの壁、カルチャーの壁、マスとストリートの壁――全てをぶち壊すという「宣言」であり、「予言」だった。

“壁は壊れつつあった”――だからこそ意味を持った、あの一言

2000年当時、日本の音楽シーンでは、すでにジャンルの壁が徐々に融解しつつあった。ロックバンドがラップを取り入れ、クラブミュージックがチャートを賑わせ、アイドルもサウンド面での冒険を始めていた。

Dragon Ash自身も、すでに『Grateful Days』や『I LOVE HIP HOP』でその最前線を走っていた。

“ミクスチャー”という言葉は、すでに市民権を得かけていた時代だった。だが、その流れが「カルチャーとして根付くものになるのか、それとも一時の流行で終わるのか」――その分岐点に投げ込まれたのが『Deep Impact』だった。

ここには媚びも調和もない。音と衝動だけがむき出しにぶつかり合う。

「ジャンルをまたぐ」ではなく「ジャンルを吹き飛ばす」一曲として、強烈にシーンへ叩きつけられた。

だからこそ響いたのが、サビの最後の「いよいよ壁は無くなるぞ」だった。それは、すでに揺らぎ始めていた境界線に、Kjたちが自らの手で「とどめを刺した」パンチラインだったのだ。

あの叫びとビートは、25年経っても色褪せない

いま改めて『Deep Impact』を聴くと、情報過多な現代では逆に新鮮にすら聴こえる。

ジャンルレスが当たり前になった今だからこそ、「壁を壊す音楽」の原点がここにあったことを再認識させられる。

25年前に鳴らされたその声は、今もなお、次の時代を待つ誰かの背中を押している。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。