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朝ドラに視聴者の“心をかき乱す”人物が登場… ヒロインへ“同情の声”もあがる「無理はない」

  • 2025.5.23
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『あんぱん』第8週(C)NHK

第8週の朝ドラ『あんぱん』は、視聴者の心にずしんと響く“喪失”のエピソードで幕を開けた。石工として朝田家で働いていた原豪(細田佳央太)の戦死。それは視聴者にとっても衝撃の展開だったが、何よりその喪失に誰よりも傷ついていたのが、豪を密かに想い続けてきた朝田蘭子(河合優実)だった。戦争という巨大なシステムのなかで、個人の感情がどれだけ置き去りにされていたのか。本作はそこに真正面から切り込んでいる。

アンパンマンが生まれた背景にある「命と正義」の問い

「豪ちゃんに会いたい」――その一言に、蘭子の胸の奥底からこぼれ出た感情が詰まっていた。どこまでも率直で、どこまでもやり場のない言葉。周囲の大人たちが「立派に戦った」と豪の死を“国のため”に意味づけしようとするなか、蘭子はその論理に異議を唱える。「立派なんかじゃない」「そんなの嘘っぱち」と。

蘭子の悲しみと怒り、それを肯定する屋村(阿部サダヲ)の姿勢は、物語の奥に流れる大きなテーマ「正義とは何か」に繋がっている。

原作モデルとなっているやなせたかしは、実際に出征経験を持つ人物だ。命をかけた戦場のなかで、彼は“正義”という言葉の危うさに何度も向き合ったという。戦地では「敵を倒すこと」が正義とされるが、その一方で「本当に人を救うのは何か」との問いが生まれる。

そして、やなせはある答えに行き着く。「飢えた人にパンを与えること。それだけは誰がなんと言おうと、絶対の正義だ」。それが、後のアンパンマンというキャラクターの核心であり、『あんぱん』という朝ドラの根底を支える精神でもある。

だからこそ、豪の死は、ただの“悲劇”として描かれない。彼の死をきっかけに、蘭子ものぶ(今田美桜)も、そして嵩(北村匠海)も、何が本当に大切なのかを問い直す契機として描かれるのだ。

のぶと嵩、すれ違う想いと、近づく“運命の選択”

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『あんぱん』第8週(C)NHK

嵩は、のぶに自分の思いを伝えようとする。卒業制作を終えたら、その足でのぶに会いに行き、自分の気持ちを伝えようと決意する。その気持ちは真剣で、揺らぎがない。しかし、彼がようやく決断したその時、のぶは別の方向へ歩み始めていた。

若松次郎(中島歩)からの正式なプロポーズ。次郎は穏やかで、教師として働くのぶに理解がある。そして何より、行動が早い。のぶに一歩踏み出してくれるその姿勢は、慎重すぎて何も言えずにいた嵩とは対照的だった。

SNSでは、「次郎のほうが相性いいのでは」「嵩の心配してるの、ヤムおんちゃんだけ」といった声があがるほど、次郎の好感度は高い。しかし、それでも視聴者の多くは嵩とのぶが再び交わる日を信じてやまない。それは、本作のモデルとなったやなせたかしと小松暢の人生にも、同じようなすれ違いと再会の歴史があったことを知っているからだ。

中島歩が演じる若松次郎の登場は、多くの視聴者の心をかき乱した。おっとりとした口調、にじみ出る誠実さ、カメラという趣味の優しさ……。視聴者としては「これは、のぶが惹かれても無理はない」と納得してしまうだけの魅力を、次郎は持っている。

一方の嵩は、少しずつではあるが、自分の中にある迷いや臆病さと向き合い始めている。作品を完成させることで、ようやく自分の人生と向き合い始めた嵩は、まだのぶに追いついていない。けれど、確実に歩みを進めている。

この“追いつきそうで追いつけない”2人の距離感に、私たちはもどかしさを感じながら、どこかで自分自身の人生にも重ねてしまう。『あんぱん』の恋模様は、ただの青春ドラマではない。戦争という時代の波のなかで、「自分の気持ちをどう育てていくのか」という、人生の根源的なテーマを描いている。

命の選択と、想いの継承――のぶの次なる一歩へ

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『あんぱん』第8週(C)NHK

のぶにとって、次郎からのプロポーズは人生の大きな岐路だ。のぶは教師として働き始め、日々の授業や生徒たちとの関わりに生きがいを見出している。一方で、嵩という存在が心にあることも否定できない。

嵩がのぶに贈ろうとして渡せなかった赤いハンドバッグ。あの小さな贈り物には、嵩の想いが詰まっていた。しかし、それは今、千尋(中沢元紀)の手に渡り、物語はさらに複雑な“想いのリレー”へと変化していく。

「戦争がなければ」「時代が違えば」と思わずにいられないのは、登場人物だけでなく、私たち視聴者もまた同じ。だからこそ、彼らが選びとる一歩一歩に、大きな祈りを込めたくなる。

第8週「めぐりあい わかれゆく」は、タイトル通り、めぐりあいと別れが交錯する1週間だった。戦争が日常を揺さぶり、若者たちの夢や恋を狂わせるなか、それでも人は、愛し、進み、生きていこうとする。

蘭子の涙、のぶの揺れ、嵩の覚悟、次郎のまっすぐさ。それぞれの人生が交差し、ひとつの物語になっていく。『あんぱん』は、静かながら確かに、私たちの心に問いを投げかけ続けている。


NHK 連続テレビ小説『あんぱん』毎週月曜〜土曜あさ8時放送
NHKプラスで見逃し配信中

ライター:北村有(Kitamura Yuu)
主にドラマや映画のレビュー、役者や監督インタビュー、書評コラムなどを担当するライター。可処分時間はドラマや映画鑑賞、読書に割いている。Twitter:@yuu_uu_