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11年ぶりの朝ドラ出演で視聴者を魅了した“実力派俳優” 派手さや濃さはなくても…“静かに心を奪う”説得力

  • 2025.5.26
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『あんぱん』第8週(C)NHK

激動の昭和を生き抜く若者たちの姿を描いた朝ドラ『あんぱん』に、まるで穏やかな春風のような存在感をまとって登場したのが、中島歩演じる若松次郎である。2014年の『花子とアン』以来、実に11年ぶりの朝ドラ出演となる中島だが、今回の『あんぱん』での立ち位置は、物語の運命を静かに揺らす“鍵”とも言えるキャラクターだった。

中島歩という俳優の現在地

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『あんぱん』第8週(C)NHK

2010年代から映画ファンには根強く支持されてきた中島歩。とくに濱口竜介監督の『偶然と想像』で見せた、ほとんどセリフがないまま感情を伝えるような“余白の演技”は、観客に強烈な印象を残した。中島の持ち味は、まさに「何も言わずとも、何かを伝える」ことにある。多くを語らず、ただそこに在ることのリアリティ。その存在感が、朝ドラという国民的ドラマにおいても、丁寧に生かされていた。

今回の若松次郎というキャラクターは、物語の主人公・のぶ(今田美桜)と嵩(北村匠海)の関係がゆらぎ始めたところに現れた“新たな選択肢”としての存在であり、視聴者に複雑な感情を抱かせるポジションでもある。だが、中島はあえてキャラクターに色をつけすぎず、観る者に「この人だったら、のぶが惹かれてしまっても仕方ないかも」と思わせる絶妙な“柔らかさ”を保って演じていた。

のぶと嵩の物語に挿し込まれた緩やかな問い

のぶと嵩のすれ違いが描かれる今作の中盤、次郎の登場は、一見するとサイドストーリーのようでいて、物語の核心を優しく揺らしているようにも思える。カメラが趣味で、のぶの写真を朝田家に持参する次郎の姿は、「見ること」や「見つめること」の象徴でもあり、嵩が持っている“主観”とは違った角度からの視点を象徴しているようだった

つまり、のぶを見守るという行為ひとつとっても、「愛」とは必ずしも情熱的である必要はなく、静かで誠実な眼差しの積み重ねである。そんなメッセージが、次郎という人物からさりげなく立ちのぼっていたように思うのだ。

『あんぱん』での中島歩は、これまで彼が積み上げてきた静かな演技の集積が花開いた瞬間とも言える。映画では『よだかの片想い』『HAPPYEND』など、作家性の高い作品で“影のある優しさ”を体現してきたが、今回はそれをより大衆的な文脈で“光”に変換することに成功していた。

それは、ただ物語を進行させる登場人物としてではなく、「観ている私たちの感情をそっと受け止める人物」として機能していたということだ。たとえば、嵩と別れることになってしまうかもしれない未来に不安を抱える視聴者の想いを、次郎がそっと引き取ってくれるような、そんな包容力と柔らかさが、そこには確かにある。

“成熟した静けさ”を宿した俳優

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『あんぱん』第8週(C)NHK

中島歩は、若手のフレッシュさとも、ベテランの安定感とも異なる、“柔らかい中間層のリアリズム”を体現する俳優である。朝ドラ『あんぱん』で見せた“おっとり可愛い”好青年ぶりと、“美声”による穏やかな説得力は、決して過去の中島ではなく「いまの中島」の魅力として、新しい観客に広がっていくだろう。SNS上でも「おっとり可愛い」「美声を堪能できるドラマ」と彼の存在そのものを受容する声も多い。

役の濃さや展開の派手さで目立つ俳優ではない。しかし、“静かに心を奪う”俳優であることは間違いない。その佇まいが醸し出す上質な余白と誠実なまなざしに、これからも注目していきたい。


NHK 連続テレビ小説『あんぱん』毎週月曜〜土曜あさ8時放送
NHKプラスで見逃し配信中

ライター:北村有(Kitamura Yuu)
主にドラマや映画のレビュー、役者や監督インタビュー、書評コラムなどを担当するライター。可処分時間はドラマや映画鑑賞、読書に割いている。Twitter:@yuu_uu_