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開始一ヶ月ですでに“神回” 朝ドラが描いた“戦争の空気”に飲み込まれていく若者たち

  • 2025.5.9
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『あんぱん』第6週(C)NHK

東京で自身の力を試し、磨く若者たちと、戦地へ向かわざるを得ない若者。その分岐点が、今週の『あんぱん』には確かに描かれていた。第6週「くるしむのか愛するのか」では、主人公ののぶ(今田美桜)、嵩(北村匠海)、そして朝田家に居候する原豪(細田佳央太)という若者たちの行く末が、それぞれ異なる角度から照らされる。夢を追って進学する者、価値観に葛藤する者、そして、戦争によって望まぬ方向へ引き裂かれる者。見ている私たちも、自然と彼らの肩に手を添えたくなるような、そんな切実さがあった。

“お国のために”の価値観に抗う?

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『あんぱん』第6週(C)NHK

まずは朗報から。嵩と同じく受験に挑んでいた辛島健太郎(高橋文哉)が、繰り上げ合格で東京高等芸術学校への進学を果たした。嵩と辛島は、きっと今後、人生の多くの局面をともにしていく親友同士として描かれていくだろう。それはまるで、やなせたかしとそのパートナーのようでもある。

実際のやなせ夫妻では、のぶにあたる人物が先に上京し、たかしが後を追って東京で暮らし始めたという逸話がある。だがドラマでは、反対に嵩が先に上京し、のぶを呼び寄せる形になるのか、それとも卒業後にいったん高知に戻るのか。この先の描かれ方が楽しみでならない。

のぶは女子師範学校に通いながらも、教育のなかに組み込まれた「忠君愛国の精神」にどうしてもなじめずにいる。黒井先生(瀧内公美)の言葉には従いつつも、どこか腑に落ちない顔をしているのぶの姿は、時代の空気に対する違和感を抱える若者の表情そのものだ。

一方、嵩の学びの場には、まったく異なる風が吹いている。東京高等芸術学校の担任教師・座間晴斗を演じるのは、アンパンマンでおなじみの山寺宏一。声優としてだけでなく、その立ち姿や所作にも“表現者としての自由”が宿っていた。

銀座へ通い、目と耳を肥やせという座間の指導方針は、モデルとなったやなせたかしの歩んだ道そのもの。嵩がこれからどんな刺激を受け、表現者としての自分を開いていくのか。のぶと対照的なこの学びのあり方は、戦時下の日本における教育の“分断”を象徴しているようでもある。

蘭子と豪、前夜の静かな約束

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『あんぱん』第6週(C)NHK

しかし今週、もっとも胸を締めつけられたのは、やはり原豪の赤紙通知だ。

石工として朝田家に居候し、のぶの妹・蘭子(河合優実)に静かに想いを寄せていた豪。戦争が日常の隙間に入り込むようにして彼を連れていく。その現実に、視聴者も、そして登場人物たちも、ただ唇を噛むしかない。

驚かされるのは、そんな豪を、周囲の人たちが「おめでとう!」と送り出す構図である。徴兵が“名誉”とされ、壮行会が開かれ、本人の意志とは関係なく、社会全体が「行ってこい」と祝福の空気で包む。そうせざるを得ない“空気”だったのだ。

そんな空気を一刀両断するのが、屋村草吉(阿部サダヲ)だった。「勝とうが負けようが、兵隊は虫ケラみたいに死ぬんだよ」と言い放つ草吉の口ぶりは、まるですべてを見てきた者のようだった。SNSでも「ヤムおじは未来人」「タイムトラベラー説ある?」とざわつきが起こったのは、それだけ彼のセリフが“後知恵”を含んでいたからだ

そして、戦争がふたりを引き裂くとき、言葉少なな愛が交わされる。

旅立つ豪を見送るはずだった蘭子は、母・ハタコ(江口のりこ)のはからいで、前夜だけふたりきりの時間を得ることができた。そこでようやく、豪は「必ず戻ってくる。そのときは嫁さんになってください」と蘭子に思いを伝える。

言葉は少なくとも、表情と佇まいで気持ちをすべて伝えてくるふたり。溢れるような想いが、画面の向こうから滲み出てくるようだった。戦時中を描く朝ドラはこれまでにも多くあったが、これほど静かで、それでいて強烈に“愛”を描いた前夜の別れはそうそうない。SNS上でも「大号泣」「伝え合えてよかったね」と早くも神回となった若き二人の前途を祝す声が多く挙がっていた。

戦時下の朝ドラが問いかけるもの

戦争というテーマを正面から扱うとき、ドラマはときに説明的になりがちだ。だが『あんぱん』は、そこを繊細な演出と、抑えた演技で乗り越えてくる。戦争が理不尽に若者を連れていくこと、その一方で、日常は祝福のふりをしてそれを見送ってしまうこと。その矛盾に対して、小さくても確かな違和感を挟み込む。その姿勢は、観る者にまっすぐ届く。

神回と呼ぶにふさわしい今週。青春の瑞々しさと、戦争の不条理。その両方をぎゅっと閉じ込めた6週目の『あんぱん』は、今後の展開への期待と不安を同時に膨らませた。今後、彼らの“離別”がどのような結末に着地していくのか。静かに心の準備をしながら、また月曜の朝を待ちたい。


NHK 連続テレビ小説『あんぱん』毎週月曜〜土曜あさ8時放送
NHKプラスで見逃し配信中

ライター:北村有(Kitamura Yuu)
主にドラマや映画のレビュー、役者や監督インタビュー、書評コラムなどを担当するライター。可処分時間はドラマや映画鑑賞、読書に割いている。Twitter:@yuu_uu_