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一体なにをみせられているのか…? 視聴者の感情をズタズタにしながらもカッコよさが際立つ“90年代の異端作”

  • 2025.5.28
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(C)SANKEI

この世で一番カッコいいテレビドラマは何か? と問われたら筆者は『ケイゾク』だと答える。

それくらい『ケイゾク』の映像はカッコよく、テレビドラマならではの映像表現の宝庫だった。

1999年にTBSの金曜ドラマ(金曜夜10時放送)枠で放送された『ケイゾク』は、迷宮入りとなった事件(通称・ケイゾク)を担当する警視庁捜査一課弐係に配属された、東大卒のキャリア組の刑事・柴田純(中谷美紀)が、元公安の刑事・真山徹(渡部篤郎)と共にケイゾクとなった事件の謎を次々と解決していくミステリードラマだ。

物語は一話完結で、柴田と真山が難事件に挑む姿が描かれる。 柴田は天才的な頭脳の持ち主で、殺人事件のトリックを次々と見破っていく。だが、世間の常識とズレたところがあり、一つ一つの行動がボケとなっていて周囲の人々を唖然とさせる。そんな柴田に真山が辛辣なツッコミを入れる漫才のような楽しいやりとりは観ていて楽しいのだが、対する真山もまた不穏な動きを見せており、朝倉裕人(高木将大)という区役所で働く青年をストーカーのように監視している。

物語が進むにつれて二人の間に深い因縁があることがわかってくるのだが、序盤は彼が何を考えているのか全くわからないため、犯人以上に不気味で薄気味悪い存在だった。

後味の悪いぶつ切りの終わり方がもたらす「心地よい不快感」

そんな真山が犯人に説教をする毎話のラストが本作の見どころだ。

柴田が殺人事件のトリックを立証して犯人を言い当てた後、犯人は自分が犯行に及んだ理由を語りだす。その理由はどれも悲劇的なもので、むしろ犯人こそが最大の被害者だと視聴者は同情したくなる。 しかし真山は犯人に嘘を付くなとイチャモンをつけ、本音はこうだったんだろうと痛い所を付いて説教をはじめる。その説教は理不尽かつ暴力的なもので、一体自分は何を観せられているのだ? と困惑する。

そして、最悪のタイミングでぶつ切りとなって毎話終わるのだが、こんなものを観せられて、こっちはどうすればいいんだ? という嫌な後味が最後に毎回残る。 ほとんど視聴者に対する嫌がらせと言ってもいい展開だが、映像の切れ味があまりにも鋭いため、不快感よりもカッコよさが際立つのが『ケイゾク』の一番の魅力だった。

「心地よい不快感」とでも言うような矛盾した手触りが本作にはあり、映像と言う名のナイフで視聴者をズタズタに切り裂く通り魔のようなドラマだった。
陰惨で人を選ぶ内容だったため、放送時の平均視聴率は決して高いものではなかったが、ドラマを録画して何度も作品を見返して細部までチェックするマニアックなファンが本作を支持し、当時黎明期だったインターネットの掲示板では劇中の謎や柴田たちのキャラクターについて熱心に語られた。

そして放送終了後にレンタルビデオやソフト化をきっかけにファンも増え、やがて劇場映画が公開されることとなった。 このようなドラマの観られ方は、1997年に放送された刑事ドラマ『踊る大捜査線』から始まったもので、『機動戦士ガンダム』や『新世紀エヴァンゲリオン』といったオタク向けロボットアニメの受け止められ方に近いオタク的な消費形態で、『踊る大捜査線』と『ケイゾク』の登場によって、テレビドラマのオタク化とでも言うような新しい流れが始まったと考えて間違いないだろう。

堤幸彦が『ケイゾク』で提示した独自の映像世界

本作がここまで熱狂的な支持を受けたのは、主演の中谷美紀と渡部篤郎の怪演、男女の会話劇を得意とする西荻弓絵の脚本、オタク的資質をもったプロデューサー・植田博樹が仕掛ける作り込まれた作品設定など様々な理由があるが、何より作品の核となっていたのは、チーフ演出を担当した堤幸彦のエッジの効いた映像だろう。

堤幸彦は映画、MV、バラエティ番組など様々なジャンルで活躍する映像作家だったが、テレビドラマでは1995年に放送されたミステリードラマ『金田一少年の事件簿』(以下、『金田一』)をきっかけに大きく注目されるようになった。

『金田一』が放送された日本テレビの土ドラ枠(土曜夜9時放送)は、男性アイドルが主演を務める少年漫画が原作のドラマを次々と放送することで10代の若者をターゲットにしたドラマ枠として独自の立ち位置を獲得した。そこで堤は試行錯誤を繰り返すことで、独自の映像を生み出すことに成功した。

その後、植田博樹にTBSに呼ばれた堤は、土ドラで培ったミステリードラマのフォーマットと独自の映像美学を金曜ドラマに持ち込み、これまでにないドラマを世に送り出した。

『ケイゾク』の成功によって堤の影響は様々なドラマに波及した。
2000年に堤がチーフ演出を務めた『池袋ウエストゲートパーク』では脚本家に宮藤官九郎が大抜擢され、同作のプロデューサーだった磯山晶はその後、『木更津キャッツアイ』、『不適切にもほどがある!』といった宮藤脚本のTBSドラマを手掛けるようになっていく。

一方、同年に堤がテレビ朝日で手掛けた深夜ドラマ『TRICK』は、コメディテイストのミステリードラマとして大ヒットし、大人向けミステリードラマの雛形として普及していった。
日本のミステリードラマの基本的な型は『金田一』から始まり『ケイゾク』と『TRICK』で完成したと言っても過言ではないが、コメディ要素が強い『TRICK』に対し、『ケイゾク』には笑いとアートの中間を漂うような独自の映像美が存在した。

それが最も現れていたのが、中谷美紀が歌う主題歌「クロニック・ラヴ」と共に流れるオープニングの映像だ。断片的な意味ありげなカットがフラッシュバックで展開される意味ありげな映像は今観ても心地よく、MVとして観ても素晴らしい。
このオープニング映像と同じことはドラマ本編でもおこなっており、次々と放り投げるように映し出される意味がありげな怪しい映像を何も考えずに眺めているだけでも『ケイゾク』は面白い。

トリックやストーリーが強引でミステリードラマとしては粗の多い作品だが、それを超えて迫ってくる暴力的で冷たい映像の禍々しさは他の追随を許さない。おそらく『ケイゾク』の映像は、毎週放送するテレビドラマの過密スケジュールの中で偶然生まれた奇跡の産物だったのだろう。

映画ともアニメとも違う、当時のテレビドラマだからこそ成立した独自の映像表現である。


ライター:成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)、『テレビドラマクロニクル 1990→2020』(PLANETS)がある。