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手は口ほどに #10:フィルム映画を次の世代に繋ぐ、映写技師

  • 2025.4.12
手は口ほどに #10:フィルム映画を次の世代に繋ぐ、映写技師

フィルムに傷や指紋を付けないように、つなぎ目が切れないように、扱いに細心の注意を払う。映写機にかけると、カラカラと音を立てて上映がスタートした。映画『ニュー・シネマ・パラダイス』で幼いトトがひき寄せられた、あの暗い部屋と同じだ。

映写技師の村岡由佳子さんに初めて観た映画は何かを問うと、記憶が曖昧で作品を覚えていないという。「ただ、そのときの映画館の情景と、幼い自分が抱いた恐怖感は今でもよみがえってくる」。暗くて、大きい音がして、目の前に映し出される知らない世界が現実と交錯する恐怖。

「だけど、映画館の空間が好きになった。いろいろな人が同じ目的を持って、同じ時間に集まって、一緒にいるのに、観客席に座ると一人になれる」

スクリーンと自分は一対一の関係でも、周りの空気感から興奮の熱気が伝わってくる。そこに住みたいと思うくらいに好きになって、映写技師になった。

仕事のときには、黒い服を着ると決めている
仕事のときには、黒い服を着ると決めている。「映写技師は、文字通り黒子だと教わりました」。フィルムに静電気を発生させてしまうので、ニットを着るのも御法度。
一本の映画は、積み上げられた6~7巻のフィルムに分かれている
一本の映画は、積み上げられた6~7巻のフィルムに分かれている。「フィルムは生き物で、温度や湿度も管理しないといけないので、保管しておくのもたいへんです」。
国立映画アーカイブの映写機
映写機には、銀色の無接点テープに反応して次の巻に自動的に切り替わる機能がある。「他の映画館では、フィルムにその無接点テープを付ける作業もしています」。
東京の京橋にある国立映画アーカイブ本館には、「長瀬記念ホールOZU」(310席)と「小ホール」(151席)がある
東京の京橋にある国立映画アーカイブ本館には、「長瀬記念ホール OZU」(310席)と「小ホール」(151席)がある。芸術的な映画や文化史的に貴重なフィルムが上映されている。
監督、俳優、制作国、ジャンル、時代といったテーマで上映会を開催
監督、俳優、製作国、ジャンル、時代といったテーマで上映会を開催。古い映画を懐かしむシニア客も多いが、いっぽうで、「こども映画館」などで教育的な活動も行っている。
6~7巻のフィルムが一つの袋に入って保管されているときには、その重さに、運ぶだけでもひと苦労
「上映する前に、まずは映画のフィルム全巻を映写機の近くに運ぶ」。6~7巻のフィルムが一つの袋に入って保管されているときには、その重さに、運ぶだけでもひと苦労だ。

「最初は、大学時代に地元の山口で映画チケットのもぎりのアルバイト。映写室が聖域のように感じられて、憧れがありました」

時を同じくして、デジタル素材(Degital Cinema Package=DCP)での上映が主流となり始めて、映写の技術を学びたいと思っていた村岡さんは危機感を覚えた。

「フィルムをかけている名画座を探したり、働かせてほしいとあちらこちらに電話したり」。働き口を見つけるのは簡単ではなかったが、ベテランの映写技師たちが、いろいろな技術を教えてくれた。「私には、たくさんの師匠がいます」。それぞれの映写機によって、車の運転と同じようにオートマだったりマニュアルだったり。古い機械には、歯車でカタカタとフィルムを回すものもある。

「まずはフィルムのループ(たるみ)をちゃんとつくっていく。このコマで音を読み取り、その20コマ後ろで映像を読み取る。映像と音がずれないようにするためです」。スクリーンを確認する村岡さんの表情に、厳しさが増す。「好きだからやっていますが、仕事ですから。あるベテランの師匠から言われた、映写でご飯を食べている自覚を持てという言葉が心に残っています」

その映画がつくられた年代によってフィルムの厚みが違うと、それだけでピントがずれることもあって、油断はならない。また、一本の映画は何巻ものフィルムに分かれているので、上映中も目が離せない。映写技師へのサインとして、チェンジマークが画面の右上に出る。手動で映写機を切り替える現場では、1個目のチェンジマークで次巻の映写機を回し始めて、2個目が出たら切り替える。

「フィルム一巻の重さは3~4キロ、生まれたての赤ちゃんを抱いているような感じです。7巻ものだと、全部で21キロ。腰を痛めてしまうので、一度では運べません」

フィルムで表現できる色や情報のデータはは、デジタルよりも幅広い
ひとコマひとコマの映像の美しさを見て、「わぁ、美しい絵だと思ったりします」。フィルムで表現できる色や情報のデータは、デジタルよりも幅広い。
作品の本編が始まる前に、スクリーンの幅や位置に合わせるために、チャートのフィルムがつけられている
作品の本編が始まる前に、スクリーンの幅や位置に合わせるために、チャートのフィルムがつけられている。ここでピタリと合わせるのが、映写技師の腕の見せ所だ。
アーカイブ作品の冒頭に、チャートのフィルムを付け替えたりもする
上映する前の幕間の時間に、チャートのフィルムでピントや画角を調整する。「本編のフィルムは古くて、ピントが合わせづらいこともありますから」。
巻かれているフィルムがほどけてしまわないように、縦向きで缶から取り出す
巻かれているフィルムがほどけてしまわないように、縦向きで缶から取り出す。いちばん外側とフィルムのサイドから支えて、傷つけないように気を付ける。
ステップに登り、フィルムを上部のリールに取り付ける
ステップに上り、フィルムを上部のリールに取り付ける。ひと巻の長さにもよるが、そこから15分~20分かけて、下のリールで巻き取りながら映写を進めていく。
映写機にフィルムをかける手が、注意深く動いていく
映写機にフィルムをかける手が、注意深く動いていく。「100年、120年前の映像も見ることができる。保存メディアとしてのフィルムはなくならないはずだと思う」。
下のリールにフィルムを引っ張る村岡さんの指の間から、5秒前の数字が見える
下のリールにフィルムを引っ張る村岡さんの指の間から、5秒前の数字が見える。「ここはカウントリーダーだけど、それでもフィルムに指紋汚れを付けないように要注意」。
最近好きだなと思った映画は、1966年に小西通雄監督が撮った『可愛くて凄い女』という作品
「最近好きだなと思った映画は、1966年に小西通雄監督が撮った『可愛いくて凄い女』という作品」。大好きな緑魔子さんが主演で、映写中に見入ってしまった。

この映写室がある国立映画アーカイブは、日本で唯一の国立映画専門機関として、国内外の映画フィルムや関連資料を収集し、復元し、保存している。上映会や展示物の公開には、映画の文化を愛するファンが集う。

「自分の作品が上映されると必ず観に来られる監督さんもいて、今日の映写は良かったよと声をかけていただくときもあります」。映画という作品をお客様に届ける最後を担うのが、映写技師の仕事。「うまく届けられたのだとしたら、役割を果たせて、素直に嬉しいです」。

フィルムで観る映画は、デジタルで観るよりも格段にリアル。

「汗ばんだ人の肌の質感とか、フィルムならでは。色味、緻密さ、すごく贅沢に感じます。それをもっと映写して、フィルム映画を愛する人が増えてほしい」。映写の仕事に就いている人は、村岡さんの世代では数えるほどしかいない。それでも、さらに若い人たちにもフィルム映画の映写技術を伝えていきたい。「映画の全盛期を知るベテランの映写技師さんが高齢化していて、そのころの話を聞けるのは、もう今しかない」。

映画は時代を映し出す。ある世代の技術、ある世代の思い。映写室から放たれる光と影を見やりながら、村岡さんは、それを引き継ぐ懸け橋になろうとしている。

profile

村岡由佳子(映写技師)

村岡由佳子(映写技師)

むらおか・ゆかこ/1992年生まれ。小倉昭和館、山口情報芸術センター[YCAM]で映写をはじめとした上映事業を学び、2019年に川崎市市民ミュージアムの映画担当学芸員着任。同年10月の令和元年東日本台風以降は、被災した収蔵フィルムのレスキュー作業に従事した。現在は、国立映画アーカイブ教育・発信室の研究補佐員の仕事と並行してフリーランスの映写技師として、同館の映写の他、全国各地の映画祭や上映イベントの映写業務やフィルム上映に関係するワークショップに携わる。

国立映画アーカイブHP: https://www.nfaj.go.jp/(11:00開館、月曜休館)

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