3月16日。バカリズム脚本の連続ドラマ『ホットスポット』が最終回を迎えた。
本作は、富士山の麓になる富士浅田市のビジネスホテルで働くシングルマザーの遠藤清美（市川実日子）が、同僚の高橋孝介（角田晃広）に命を助けられたことをきっかけに、彼が宇宙人だと知ったことから始まる物語。
誰にも言わないでほしいと高橋に頼まれた清美だったが、高橋が宇宙人であることを幼馴染のはっち（鈴木杏）とみなぷー（平岩紙）に話してしまう。その後、清美たちは一時的に身体能力を高めることができる高橋の力でトラブルを解決していくのだが、高橋が頼まれることは、学校の体育館の天井に引っかかったバレーボールを叩き落としてほしいとか、スマホの保護フィルターを貼ってほしいといった些細なことばかり。
ホテルで盗まれたテレビの行方を（臭いを辿って）探しだしたり、コンビニ強盗を捕まえるといった犯罪を防ぐ行為もあるが、そういった場面は、特撮ドラマ風のコミカルなテーマソングが流れる中であっさりと描かれ、宇宙人の力を持った高橋を過度にヒーロー化させないよう細心の注意が払われている。
それは清美たちの高橋に対する接し方にも現れている。
宇宙人の高橋に対する独自の距離感が生み出す可笑しさ
彼女たちは自分の知り合いに高橋のことを簡単に話して彼の能力を些細なことに使用しようとするのだが、宇宙人であることを理由に高橋を差別したり、逆に過度に恐れたりすることはない。
それは後に高橋の正体を知ることになるホテルの同僚の磯村由美（夏帆）や支配人の奥田貴弘（田中直樹）も同様で、宇宙人が正体を隠して人間社会に紛れこんでいるSFドラマだと思って観ていると、意外な展開が続き驚かされる。
何より本作が独特なのは、宇宙人という非日常の存在を描いているのに大きな重点が置かれているのは清美たちの日常だと言うことだろう。
シングルマザーの清美は子供を育てながらビジネスホテルで働き、時々、地元の友達と喫茶店やレストランで食事をしながら他愛のない話で盛り上がる。彼女が家と職場と友人の間を行き来するだけで本作の世界は出来上がっていると言っても過言ではなく、高橋の存在も日常の中に溶け込んでいる。
こう書くと、マイノリティとしてのエイリアン（宇宙人）を差別せずに人間と同じ仲間として迎えようという作り手のメッセージが強く打ち出された倫理的な作品に思える。
実際、高橋が宇宙人であることを知った清美の幼馴染・あやにゃん（木南晴夏）は「そういう人もいるんじゃない？」と、海外からの移住者のような存在としてあっさり受け入れてしまう。そんな彼女の反応を見た清美たちは「多様性を受け入れるとはこういうことなんだと思った」と納得するのだが、このシーンも淡々と描かれており、むしろ唐突に「多様性」という言葉が出てくること自体が、ギャグになっている。
宇宙人と地球人のコンタクトという壮大な物語と、他者との共存という壮大なテーマを内包しながらも、描かれるシチュエーションはこじんまりとした日常会話の積み重ねであり、過度な盛り上がりが起こらないように常に微温感が保たれている。 その結果、独自の可笑しさが常に存在するという微妙な距離感の面白さこそが『ホットスポット』の独自性だろう。
脚本家としても高い評価を獲得しているお笑い芸人・バカリズム
脚本を担当するバカリズムは地上波で何本もレギュラー番組を持つ人気お笑い芸人だが、脚本家としての評価も高く、2017年に発表した銀行で働くOLたちの日常を描いた『架空OL日記』は第36回向田邦子賞を受賞している。
また、2023年に発表した『ブラッシュアップライフ』は、プライムタイムで放送されたこともあってか、幅広いファン層を獲得しており脚本家としてのバカリズムの認知度を一気に高めた。本作は33歳の時に事故で命を落とした女性が来世で人間に生まれ変わるための徳を積むために同じ人生を何度も繰り返すSFドラマで「地元系タイムリープ・ヒューマン・コメディー」と銘打たれていた。
今回の『ホットスポット』は「地元系エイリアン・ヒューマン・コメディー」と銘打たれており、SF的アイデア＋役者の日常会話を淡々としたトーンで面白く描いた『ブラッシュアップライフ』に近いテイストの話になるかと思われた。
だが序盤は「宇宙人」というSF的アイデアは控えめで、『架空OL日記』のような日常描写の方が全面に打ち出されていたのだが、物語が後半になるとSF的アイデアが意外な方向で開花していく。
第7話終盤、清美はホテルの長期滞在客の村上博貴（小日向文世）から「実は僕、未来人なのね」と告白される。
村上は50年後の世界からやってきた人間で、清美が働くホテルがもうすぐ無くなると告げる。 やがてオーナーがホテルを市に売却しようとしていることが発覚。清美が働くホテルには温泉があり、宇宙人の高橋にとって温泉は命の源だった。
高橋を救うために清美たちはホテル売却を阻止できないかと調べるのだが、やがてオーナーが新市長の梅本雅子（菊地凛子）と裏でつながっており、売却の裏側で不正な取引きが行われていたことが明らかとなる。
未来人の村上は、50年後の富士浅田市はひどい状態で環境が破壊され街も荒廃し、富士山の世界登録が抹消されたと語り、梅本が市長に当選したことがきっかけだったと語る。宇宙人や未来人を悪役として描くことのなかった本作に最後に登場した悪役が、正しい政治を行わずに私腹を肥やそうとする市長だったことは意外だったが、同時に政治の注目が日々高まっている2025年ならではの視点だとも感じた。
また、未来人だけでなく、第8話終盤では磯村由美の友人のみずぽん（志田未来）が超能力者だと明らかになり、最終話では幽霊やタイムリーパーまで登場した。 次々と宇宙人が飛来するSFドラマだと思っていたら、宇宙人、未来人、超能力者、幽霊、タイムリーパーといった異なる属性の存在が登場するのは想定外だったが、どんな属性の存在が現れても、簡単に馴染んで日常の中に溶け込んでいくのがバカリズムワールドの真骨頂なのだろう。
淡々としたやりとりが続く抑制的なドラマだったが、微温ゆえの優しさに満ちた作品である。
日本テレビ系 『ホットスポット』
ライター：成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ！』（宝島社新書）、『キャラクタードラマの誕生：テレビドラマを更新する6人の脚本家』（河出書房新社）、『テレビドラマクロニクル 1990→2020』（PLANETS）がある。