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4年前の大ヒット映画のやり直し?絶大な支持を誇る“人気脚本家の新作”が話題に

  • 2025.2.19

塚原あゆ子が監督を務め、坂元裕二が脚本を執筆している映画『ファーストキス 1ST KISS』(以下、『ファーストキス』)が、2月7日に劇場公開された。本作は、夫を事故で亡くした妻が過去にタイムスリップして若いころの夫と出会い直す物語。

舞台の美術デザインの仕事をしている45歳の硯カンナ(松たか子)は、不動産会社で働く44歳の駈(松村北斗)とは15年連れ添った夫婦だったが、気持ちのすれ違いが続いた結果、夫婦仲は醒めきっており、離婚することを決意。しかし、離婚届けを役所に提出しようとした2024年7月10日、駈は駅のホームで線路にベビーカーごと転落した赤ん坊を助けようとして電車に轢かれて命を落とす。

夫を亡くしたカンナは喪失感を抱えて日々を過ごしていたが、同年の12月24日、首都高のトンネルを車で走っている時に事故に遭った衝撃で時空のねじれに巻き込まれ、駈と初めて出会った2009年8月1日にタイムスリップしてしまう。カンナは若いころの駈のいる過去に何度も向かい、彼の死を阻止するためにさまざまな行動を試す。

タイムスリップを題材にしたフィクションは国内外で多数作られており、物語のアイデアとして定着している。しかし、本作がユニークなのは、亡くなった夫を救う妻が主人公の夫婦の物語として描かれていることだろう。

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(C)SANKEI

ラブストーリーを書き続けてきた脚本家・坂元裕二

本作の脚本を担当する坂元裕二は、1991年に高視聴率を獲得した連続ドラマ『東京ラブストーリー』(フジテレビ系)の成功で、脚本家として広く知られるようになった。2010年代に入ると『Mother』(日本テレビ系)や『カルテット』(TBS系)といった作家性の強い連続ドラマを次々と発表するようになり、ドラマファンから絶大な支持を受けるようになる。

そして、近年はドラマだけでなく、『花束みたいな恋をした』(以下、『花束』)や第76回カンヌ国際映画祭で脚本賞とクィア・パルム賞を受賞した『怪物』といった映画の脚本を手掛け、国内外で高い評価を獲得している。主戦場としているメディアや作風が、時代ごとに変遷している脚本家だが、いつの時代も坂元が描いてきたのは男女のラブストーリーだ。

中でも連続ドラマ『最高の離婚』(フジテレビ系)のような、離婚間近の険悪な関係にある夫婦の物語を描く時にもっとも筆が乗っている。タイムスリップというトリッキーなアイデアこそ、これまでの作品とは違う新境地と言える『ファーストキス』だが、夫婦の物語という意味では坂元裕二作品では王道と言える映画だろう。

劇中では、回想シーンを通して駈とカンナの夫婦関係が破綻していく様子が描かれるのだが、不倫や暴力といった明確な問題があったわけではなく、カンナがエアコンの電源を消し忘れて外出したことを駈が注意したといった小さな出来事が塵のように積み重なっていったことが原因だった。

こういった、ささいなすれ違いから気持ちが醒めていく過程を書かせると、坂元裕二の右に出るものはいない。

若者層を中心に大ヒットした『花束』も、共通の趣味を通じて仲良くなり同棲した山音麦(菅田将暉)と八谷絹(有村架純)が別れを選択するまでの過程を描いた日記形式の恋愛映画だった。2010年代の小説や音楽が多数登場するその時代を過ごした若者にとっての「あるあるネタ」の宝庫と言える青春映画だが、何よりリアルだったのは社会人となった麦が、仕事の多忙さゆえにカルチャーに対する関心を失っていく姿だった。

『花束みたいな恋をした』のやり直しとしての『ファーストキス』

イラストレーター志望だった麦は夢を諦めて、絹との生活のために社会人として真面目に働こうとするのだが、やがて会社を中心とした日本社会の悪習に身も心も染まっていく。働こうとしたことで絹との関係が破綻していく麦の姿は痛々しく、日本社会の労働環境の問題を描いた社会派恋愛映画だったとも言える。

『ファーストキス』の駈も、大学で恐竜を専門とする古生物学の研究をしていた青年だったが、カンナとの結婚をきっかけに大学を辞めて不動産会社の経理担当として就職したことが劇中で描かれる。そして休みの日も会社の草野球に参加し、次第にカンナと疎遠になっていく。結婚はしたものの、『花束』の麦と絹と同じすれ違いをカンナと駈は抱えており、やがて夫婦生活が破綻する。

タイムスリップして若いころの駈と出会ったカンナは、彼の未来を変えるためにさまざまな行動を取るのだが、やがて駈の労働環境自体を変えようとするようになる。 夫を変えるために試行錯誤するカンナの姿は『花束』の絹が時間を遡ることで麦を変えようとしている姿を見ているようだった。

夫婦や恋人の関係の破綻の背景に日本の労働環境があると暗に示しているという意味において、『ファーストキス』は『花束』のやり直しを描いた続編的な映画だと言えるだろう。

そのやり直しの方法として、タイムスリップという現実ではありえないアイデアを用いているのが過去作との大きな違いだが、その結果、物語の結末もこれまでの作品とは違う手触りとなっている。おそらく、坂元裕二が破綻した恋人や夫婦を繰り返し描くのは、関係が破綻する瞬間にこそ、物事の本質が露呈すると考えているからだろう。

言い換えるならば、これは「理解できない絶対的な他者」が劇中に登場するということだ。 ラブストーリーならば何を考えているのかわからない恋人、ミステリーならば猟奇犯罪を繰り返す殺人犯といった、自分に理解できない相手の心情を理解するために、坂元裕二作品の主人公は歩み寄ろうとする。しかし主人公は、最後の最後で相手のことを理解できずに、苦い断絶が生まれる。

その断絶の瞬間にこそ、最高のドラマが生まれるという強い確信が、坂元脚本の物語の強度を高めてきた。

そういった過去作と比べた時に『ファーストキス』では、ある部分は「断絶した」が、ある部分は「理解し合えた」という状態で物語が終わる。しかし、印象としては後者の色合いが強いため、後味の良いハッピーエンドだったと言える。

SFテイストのラブストーリーなので、あえてライトにまとめたと解釈することもできる。しかし、他者との断絶を描いてきた坂元裕二が『ファーストキス』を書いたことの意味は大きい。この作品の終わり方は、彼の作風が今後大きく変わっていくのではないかと予感させる終わり方だったと感じた。



ライター:成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)、『テレビドラマクロニクル 1990→2020』(PLANETS)がある。