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菅田将暉主演&クドカン脚本の映画が話題に! 迫力ある名シーンから見えた“作り手”の誠実さ

  • 2025.2.6
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(C)SANKEI

岸善幸監督の映画『サンセット・サンライズ』は、新型コロナウィルスの世界的流行が起こった2020年初頭から物語が始まる。1月17日から公開され、SNSなどでも話題になっている。

東京で大手電気機器メーカーの株式会社シンバルで働く西尾晋作(菅田将暉)は空き家情報サイトで見つけた家賃6万・4LDKの一軒家に一目惚れし、宮城県の南三陸地方にある宇田濱町に移住する。2週間の自主隔離期間を終えた西尾は、会社の仕事をテレワークでこなしながら、釣りを満喫し、郷土料理を味わう移住ライフを満喫。

町役場で働く大家の関野百香(井上真央)とも仲良くなり、すぐに町に馴染んだ西尾だったが、東日本大震災の時に町を襲った津波で、百香が家族を亡くしたことを知る。

コロナ禍と震災と空き家問題を描いた社会派コメディ映画

本作は楡周平が2022年に上梓した小説『サンセット・サンライズ』(講談社)を映画化したものだ。
劇中では、登場人物がマスクを着用し、三密、ソーシャルディスタンス、自主隔離といったコロナ禍ならではのやりとりが描かれる。同時に職場でテレワークが広がっていく社会における働き方の変化が描かれており、コロナ禍の貴重な記録となっている。

特に生々しく感じたのが、首都圏からやってきた西尾が宇田濱町にコロナウィルスを持ち込むのではないかと百香が警戒する様子。原作小説と2025年に公開された映画とでは、コロナ禍の描写から受ける印象はだいぶ異なる。映画では、今振り返ると過剰に見える当時の対応を、少し引いた目線で気まずい「笑い」に変換していると感じた。

監督の岸善幸はドキュメンタリー番組で知られる制作会社・テレビマンユニオンのディレクターで、『前科者』や『正欲』といったシリアスなテーマを扱った映画を次々と監督している。

主演の菅田将暉とは『二重生活』、『あゝ、荒野』でタッグを組み、今作が三作目の映画となるが「次は笑える話がやりたい」と二人は話していたという。 コロナ禍、震災、空き家問題といったシリアスな社会問題を扱ってはいるが、物語のトーンは明るく、何より次々と出てくる郷土料理が本当に美味しそうなので、人情喜劇としてとても楽しい。

そして、脚本を担当しているのは宮藤官九郎。 昨年話題になった連続ドラマ『不適切にもほどがある!』(TBS系)を筆頭に、映画、ドラマ、舞台といった様々なジャンルで脚本を手掛ける宮藤だが、現代社会に蔓延する様々な問題を、気まずい「笑い」に変換してきた宮藤と『サンセット・サンライズ』の相性はバッチリで、原作小説の魅力を活かした上で、映画ならではの面白さを引き出すことに成功している。例えば、主人公の西尾は小説では、空き家情報を見つけた後、百香と電話でやりとりをして細かい立地条件などを確認してから宇田濱町へと向かうのだが、映画の西尾は居ても立ってもいられず、すぐに宇田濱町にやってきて、勝手に家の中に入ってしまう。

小説の西尾が、現状を冷静かつ的確に分析し、一歩一歩問題に取り組んでいく聡明さを持っているのに対し、映画の西尾はポジティブ思考でフットワークが軽く、その場の勢いとノリで即座に動いてしまう突出した行動力があり、小学生の男の子のようなバカっぽさが根底にある。

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このバカっぽさは宮藤が書く主人公の特徴で、小説を映像化した連続ドラマ『池袋ウエストゲートパーク』(TBS系)や映画『GO』も、原作小説よりも主人公がノリと勢いで行動する男の子的なバカっぽさが強まっていた。
それは、宇田濱の居酒屋に集う4人の地元の男が百香を見守る「モモちゃんの幸せを祈る会」を結成しているという映画オリジナルの要素にも強く現れている。
百香に憧れてアイドル視する男4人のホモソーシャルな空気感もまた『木更津キャッツアイ』(TBS系)等の作品で宮藤が繰り返し描いてきた男の子グループの延長線上にあるものだと言えるだろう。
また、小説の肝となっているのは、地方の空き家問題を、西尾の務める会社・シンバルがビジネスチャンスと捉えている場面だ。 西尾がシンバルの社長・大津誠一郎(小日向文世)とディカッションを積み重ねながら、空き家をリフォームして貸し出し、永住したい人はそのまま家を購入できるという「宇田濱モデル」を確立することで、百香と共に空き家問題を解決しようとする様子は、社会貢献型のビジネス小説として、大変読み応えがある。

対して映画版では、震災の傷が今も残る中でコロナ禍になったことで、過疎化による疲弊が進む宇田濱で暮らす百香たち地方住民が心の中に隠し持っている鬱屈した心情を深く掘り下げようとしている。

東北出身の岸善幸と宮藤官九郎が描く、東京と地方の格差と断絶

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宮藤は連続テレビ小説『あまちゃん』(NHK)で震災を描き、2023年に企画・監督・脚本を務めた配信ドラマ『季節のない街』(Disney+)でも、被災した人々が暮らす仮設住宅を舞台にしたヒューマンコメディを手掛けている。 岸監督もまた、震災直後に宮城県女川町に立ち上げられた臨時災害放送局「女川さいがいFM」を舞台にした単発ドラマ『ラジオ』(NHK)で震災を描いている。

宮藤は宮城県、岸は山形県という東北出身で、二人の作品歴を知っていれば、震災に重点を置くのは必然だと言えるが、今回の映画では更に一歩踏み込んでおり、震災、コロナ、空き家問題の根底にある東京と地方の格差と断絶を描こうと腐心している。

それがもっとも現れていたのが、後半の山場となる芋煮会のシーンである。

このシーンは岸監督発案の映画オリジナルの場面で、西尾たち東京で働くシンバルの社員と、百香たち宇田濱の人々が一同に介して屋外で食事をしている中でお互いが思っている本音を吐露し修羅場となっていくのだが、岸監督が得意とするドキュメンタリータッチの映像が際立った迫力のある名シーンとなっていた。

物語の流れやモチーフは原作小説と同じだが、映画版の方が諸問題に対するアプローチが複雑にねじれている。もちろんコメディなので楽しく笑えるのだが、根底にある問題の深刻さが根深いため、モヤモヤとしたものが心の中に残る。だが、うまく答えが出せずに右往左往する終盤の展開には、作り手の誠実さを感じた。

コロナも震災も、時間を経た今だからこそ見えてくる現実というものある。同時に「消えることのない想いがある」ということを、教えてくれる映画である。


ライター:成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)、『テレビドラマクロニクル 1990→2020』(PLANETS)がある。