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『NO.6再会#4』発売記念 幼い紫苑と母・火藍の知られざる過去を描いた特別ストーリー公開

  • 2026.11.2

激動の運命を越え、紫苑とネズミの「約束の先」を描くシリーズ最新刊『NO.6[ナンバーシックス]再会#4』が、ついに待望の発売を迎えました。これを記念し、原作者・あさのあつこ先生による贅沢な書き下ろしショートストーリーを特別公開いたします。

描かれるのは、幼い紫苑と母・火藍の知られざる過去。マオの森の近くで出会った「ある親子」との大切なひとときが、あたたかい筆致で蘇ります。作品世界がさらに深まる珠玉の一編を、ぜひお楽しみください。

「森の記憶」

「紫苑(しおん)」

振り返り、息子の名を呼んだ。

返事はない。

「紫苑、何をしているの」

紫苑は道端にしゃがみ込み、草むらに手を突っ込んでいた。

火藍(からん)は歩み寄り、身を屈(かが)める。

「ママ、いたよ」

母親を見上げ、紫苑がにっと笑った。いかにも子どもらしい楽しげな笑みだった。

こういう笑顔を見ると、ほっとする。

息子の紫苑が市の二歳児検診で、知能面での最高ランクに認定されたのは去年のことだ。認定をきっかけに、火藍の暮らしは大きく変容した。

市の高級住宅地クロノスに住居を与えられ、生活の全てを市当局によって保障される。つまり、母子二人で生きていく上での憂いは、ほぼ取り除かれたのだ。ただし、それは半年ごとに実施される確認テストに、本人が合格した限りにおいて。そういう条件付きの保障だった。そして、今のところ紫苑は、危なげなく認定条件を満たし、火藍はクロノスで何不自由ない暮らしを続けている。

憂いなく、何不自由なく暮らしていける。

誰もが火藍を羨んだ。妬む者もいた。

「息子に寄生しているだけじゃないか」「何の努力もせずに最高水準の暮らしを満喫できる。特権階級の仲間入りね、おめでとう」「直に我々とは、話が合わなくなるな」

嫉妬とも嘆きとも嫌味ともつかない言葉を幾つも投げつけられた。

ただ、火藍の心を削ったのは、隣人や知り合いの棘(とげ)のある言葉ではなかった。人は無垢(むく)のままではいられない。優しく正しいままでもいられない。

火藍自身、他人を妬みも僻(ひが)みもした覚えはある。たくさんある。

「火藍、ごめんなさい。あたし、酷(ひど)いことを口走ってしまって」

目を伏せ、涙声で詫(わ)びてくれた友人がいた。

「わたし、あなたのことが大好きなのよ。遠い人になっちゃうみたいで淋(さみ)しかったの」

もう一人の友人は、本音を告げてくれた。

人は無垢でも優しく正しいだけでもないけれど、悪意に染まりきっているわけでもない。美しい何かも醜い何かも、善も悪も、神も悪魔も、ごちゃごちゃと身の内に抱えている。火藍なりにわかっていた。

だから、いま、心が鬱々として晴れないのは人のせいではなく、火藍自身のせいだった。火藍だって母親だ。息子が市当局が認めるだけの知力を持つ、その事実を誇りたいし、称賛を受ければ心地よくもなる。

けれど、それは一時の涼風に似て、通り過ぎるだけだった。

風が通り過ぎた後、火藍は荒涼とした想(おも)いに囚(とら)われ、身動きできずにいる。

クロノスに移ったときから、望めば大抵のものが手に入る境遇となった。治安局の管理課に連絡すれば、数時間後、どんなに遅くても一日後には手元に届く。清掃、洗濯、調理、その他細かな家事全般をロボット化した機器が担ってくれた。

何もしなくていい。でも、何もしないまま生きられるはずもない。では、何をしようか。そう考えたとき、自分に選択肢がほとんどないことに啞然(あぜん)とする。

火藍は働きたかった。自分の身体と頭を使って働き、稼ぎ、自分と息子の生活を成り立たせたかった。

クロノスの住人である限り、許されない望みだ。大抵のものが手に入るクロノスで、火藍のささやかな望みは一顧だにされず、退けられる。

NO.6という国家のために、優秀な息子さんをさらに優秀に、健康に育てる。それだけがあなたの役目、それが市民としてのあなたの果たすべき義務です。その義務を果たす限り、あなたに豊かで安全な一生を約束します。

自分の役目を他者に決定される苦痛。囲い込まれ、逃れられない恐怖。ゆっくりと自我が蝕(むしば)まれていく不安。

それらを受け入れるしか、今の火藍には術がなかった。

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cocreco撮影/安田光優(講談社写真映像部)
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