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なぜ「戦争」を始めてはならないのか 塚本晋也が挑んだ『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』の深すぎる問い

  • 2026.11.1

「戦争」は勝てばいいのか、生き残ればいいのか。

2015年の映画『野火』を皮切りに、『斬、』『ほかげ』と3作品で「戦争」を描いてきた塚本晋也さん。監督・俳優として幅広く活動し、ヴェネチア国際映画祭で審査員を務めるなど、その才能は世界で高く評価されています。

塚本監督の戦争映画の集大成ともいえる、最新作『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』の原作は、実はもともと子ども向け(児童書)として書かれた一冊でした。

ベトナム戦争の元海兵隊員アレン・ネルソンの実話を元に、戦争の加害者が抱える心の傷や暴力の連鎖を描いた塚本監督へ、原作との出会いや、今この作品を届ける意味を聞きました。

大人向けの本でも読んだことのない 苛烈な「加虐体験」

cocreco©Mr. Nelson, Did You Kill People? Film Partners ©Allen Nelson/KODANSHA

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〈ストーリー〉貧困や差別から抜け出すために18歳で入隊したアフリカ系アメリカ人のアレン・ネルソン。ベトナムという苛烈な戦地で学んだのはただひとつ、いかに多くの人を殺せるか。その対価として得たのは、ごくわずかな賃金とPTSD(心的外傷後ストレス障害)だけだった。23歳で家を追い出され、ホームレスとなったアレンをこの世につなぎ止めたのは、退役軍人病院でカウンセリングを行っていたダニエルズ医師の存在だった。

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──9月11日公開の『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』の原作本は、塚本監督が『野火』(2015)で資料を探している際に出会って衝撃を受けた作品だったと聞きました。

塚本晋也監督(以下、塚本):そうですね。手にしたときから子ども向けに書いてあることはわかり、内容もスッと頭に入ってきました。しかし、そこに書いてある戦場体験は衝撃的で。

著者のアレン・ネルソンさんは、本当に包み隠さず自身の経験を語っており、その内容は大人向けの本でも読むことができないような苛烈なものでした。

cocreco▲23年前に児童向けの単行本(ハードカバー)で刊行された『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』(左)、現在は文庫本(右)として刊行されている

塚本:戦争について書いた手記は、英雄的な視点や被害体験を書いたものが多く、「加虐体験」について語る人はほとんどいません。聞いて喜ばれるような話ではありませんから。それでもアレンさんは何も隠さず語っていく、そのことに大きな驚きを感じました。

この体験をそのまま映画にするだけでも、相当恐ろしい作品になるという気がしつつ、同時にそれは「世の中に必要なものだ」と思いながら読んだのが最初でした。

──18歳で海兵隊員になったアレンさんが、最初に人を殺したときの様子や自身の心情までとても細かに書かれていますね。

塚本:相手は40代くらいのベトナム人で、車のタイヤから作ったゴムサンダルを履き、歯が茶色くて……と、事実をつぶさに思い出して書かれているので、まるで戦場の匂いが立ち上ってくるほどのリアリティでした。

これを語ることもまた、アレンさんの戦争によるPTSD(心的外傷後ストレス障害)の、治療的な作業のひとつだったのだと思います。そして、それでも結局、克服しきれないことまで書いてあります。ですから、いかに戦争が恐ろしいかを実感させる一冊だと感じました。

cocreco©Mr. Nelson, Did You Kill People? Film Partners ©Allen Nelson/KODANSHA

──これが子ども向けに書かれた本だということにも驚きます。

塚本:そう、そのことはとても大切だと思っています。というのも僕自身、子ども時代に『はだしのゲン』というマンガを通して戦争の恐ろしさを感じたから。

戦争の恐ろしさは、「死んでしまうのは嫌だけれど、生きて帰ってきたからといって良いものでもない」ということ。

「戦争に行けばこんな恐ろしいことを体験する」ということを知るのが重要だと思っています。だから映画とともに、この本もぜひ、たくさんの方に読んでいただきたいと思います。

帰還兵の苦悩 見過ごされてきたPTSD

──この映画は、「加害者の立場」から見た戦争とその影響の大きさにスポットを当てています。現在広く使われている「PTSD」という病名と診断基準は、ベトナム戦争(1960~1975年)の帰還兵たちをめぐる研究や社会運動がきっかけとなって誕生しました。第二次世界大戦では、日本の帰還兵の多くも同様の症状に悩まされていましたが、当時はほとんど黙殺されていたと聞きました。

塚本:まさにそのとおりです。映画でも描きましたが、ベトナム戦争後のアメリカには、アレンさんの主治医・ダニエルズさんのようなカウンセラーがいて、帰還兵のカウンセリングやケアがなされたので、まだ救いがありました。

cocreco©Mr. Nelson, Did You Kill People? Film Partners ©Allen Nelson/KODANSHA

塚本:しかし日本では、「皇軍には軟弱な兵士はいない」という建て前のもと、多くは戦争による病とは認められませんでした。「もともと心が弱い人だった」「乱暴な人だった」ということで処理されてしまったため、まともな研究やケアがなされないまま、放置されてしまったのです。

近年になってようやく、この問題に目を向ける人が出てきているので、この映画によってさらに大きな問題として注目されればと思っています。

──塚本監督は、たびたび「暴力」にまつわる作品を作られていますが、人を殺したり、暴力を振るう体験は人間を変容させてしまうものだと思いますか。

塚本:そうですね。あるドキュメンタリー番組でみたのですが、日本にいるときは優しいお父さんだった人が、戦場で敵を銃剣で刺し殺すように命じられる。当然やりたくはないのですが、逆らえば自分が殺される世界なので、ものすごく嫌だけれど決心してドスンと相手を刺す。

その瞬間、嫌だという気持ちが極限に達するのかと思いきや、不思議な手応えや充実感を感じると。そこからは腹がすわり、人を殺すことに抵抗がなくなる。

「兵隊さん」としては良い状態になるのだけれど、人間としては大きなものを失っていく、それが「戦場」なのだと。そうして殺戮を繰り返したのちに日常生活に戻ると、大きなギャップでPTSDの症状がでる、ということのようです。

そして、一度PTSDを患うと完治することは難しい。アレンさんも、カウンセリングなどで症状が緩和することはあっても、完全に元の状態に戻ることはできませんでした。

戦場で恐ろしい暴力を振るったら、家族には向けまいと思うのが人情のはずなのに、戦争に行った人にしかわからない独特の精神状態が生まれ、妻や子どもにさえ暴力を振るってしまうようになるのです。

──映画にも、帰還兵として戻ったアレンさんが、家族の些細な一言に激昂してしまうシーンがありました。

塚本:アレンさんは、元軍人である自分の父親が怒りっぽく暴力的であることを嫌っていましたが、結局彼も父親と同じような状態になってしまう。もしかしたら彼の父親も、もともとは暴力的な人ではなかったのかもしれない。

戦争が、いかに人間の精神を荒廃させるか。そして、そのトラウマが家族へと連鎖する現実は、今やっと大きな社会問題として明るみに出てきました。なので、そのことも映画で描きたいと思いました。

人間に備わった「暴力性」と「叡智」

──この映画で、アレンさんは「なぜ殺したのか」を、カウンセリングで繰り返し問われます。塚本監督は過去の作品でも、人間のなかにはもともと暴力性や加害性が備わっていることを何度も描いていますね。

塚本:どんなにきれいごとを言ってみても、人間には暴力性が備わっています。あるものを「ない」とは言えません。人間には暴力性が「ある」と認めた上で、それを使わないためにどうするか、そのために人間の「叡智」を使うべきだと思います。

映画のアレンさんが最後に言った答えは、アレンさんの別の著書(編集部註:『戦争で心が壊れて 元海兵隊員の証言』〈新日本出版社〉)にあった言葉です。

最初はあの言葉を入れるのはきついなと思って悩んだのですが、やはり大切な部分なので入れると決め、その上で発信の仕方を考えました。

──暴力を憎みながらも、暴力への衝動を感じてしまうアレンさんの矛盾や葛藤は、原作にも描かれていました。

塚本:アレンさんは本当に正直ですよね。さまざまな書物を読んでいても感じますが、戦争に巻き込まれると、人間は被害者にもなるけれど、同時に加害者になる「十分な素質」を持っているようです。

閉じ込めていた暴力性を一瞬で解放できてしまうのが戦場だからこそ、私たちは人間の「叡智」を持って、それを止めなければいけない。

大切なのは、「子どもたちを戦場に行かせない」ということ。しかし国内外の状況を見ると、今は人々を再び「戦場に行かせる精神状態」に持っていこうとしている、そんなとんでもない流れを感じます。

戦争が残す爪痕 世界に届ける意義は

──塚本監督は2015年の『野火』のころからそのような不安を言葉にされていました。戦争を題材にした『野火』『斬、』『ほかげ』では、戦地での狂気や一線を越えた後の精神状態、帰還兵のPTSDや残された人々の苦悩について取り上げられています。「戦争が残す爪痕」へさらに踏み込んだ今作ですが、いま世界に届ける意義をどう捉えていますか。

塚本:『野火』に取り組んでいたころ、自分は不安でしたが、周囲にはあまりピンとこないという人が多かったのです。

しかし、『野火』がようやく完成して上映できた2015年は、日本が戦争に近づく法案(安保関連法案)を強行的に採決された年でもあります。このときは多くの人が不安を感じて、国会前に十数万規模とも言われる人が駆けつけ、抗議活動を行いました。

そのような状況だったこともあり、『野火』への関心も高まり、映画館にはお子さん連れのお母さんや、若い人も足を運んでくれるという動きがありました。

それから10年ほど経ったいま、再びまた一歩戦争に近づいてしまうような危機的な状況が訪れ、不安を抱いた人や若い方の間で、大きなデモが起こっている状態です。

そんな方たちにも、「戦争」がもたらす影響を描いた作品として、ぜひ観ていただきたいですね。

憲法の「理念」 映画に込めた想い

──いま、戦争や平和の観点から、憲法への関心が改めて高まっています。その流れもあり、20年前に刊行された憲法の絵本(『子どもにつたえる日本国憲法』)が異例のヒットを記録しているそうです。「いま一度、基本から学び直したい」という大人の読者が増えているようですね。

cocreco▲憲法公布80年の節目に、「憲法」をつたえる絵本が注目を浴びている。映画の原作本(『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』)を手がけた編集者が、20年前に担当した一冊でもある。(写真『子どもにつたえる日本国憲法』井上ひさし・著、いわさきちひろ・絵 撮影/安田光優)

塚本:そうなんですね! ぜひ読んでみたいです。「日本国憲法」の議論は難解ですが、そもそもこの憲法には素晴らしい「理念」があります。

その理念が現実と少し違うからといって、理念のほうを現実に合わせて変えてしまうのは違う気がします。武器を持てるか否かなどは、「理念を変える」のではなく、「解釈」によって葛藤し議論し続ければ良いと思います。

1947年に制定された憲法は、アメリカから与えられたものと言われますが、翌年にアメリカが再軍備のために改憲を迫った際、日本側が拒み、維持した歴史もあります。もう日本のものとして、大切にすべきではないでしょうか。

現在は「日本を守るために力を使うべき」という意見も聞かれますが、それは戦前の考え方に逆戻りするようで、非常に強い危惧を覚えます。

──私たち大人は、子どもたちに「戦争の悲惨さや、平和の大切さ」、「痛みを想像する力」をどう伝えていけばいいでしょうか。

塚本:戦争はとにかく始めてはいけない。始めてしまったらもう止めることはできません。

戦争そのものが形として終わったとしても、『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』で伝えているように、帰還兵にはPTSDのような苦しい症状が残ります。それによって、再び暴力の連鎖が生まれる可能性もあります。

だからこそ私たちは、「戦争を始めないためにどうしたらいいか?」 を一生懸命考えなければならないと思っています。

──塚本監督は過去に、「自分の作品を見て、戦場の恐ろしさや暴力のグロテスクさを実際に体験したかのような怖さを味わい、それを抑止力にしてほしい」ということもおっしゃっていました。

塚本:それが僕にできる方法です。僕の映画に関しては、入り口はとっつきやすく「怖いもの見たさ」で入ってもらって、帰るときに「こんな世界には近づきたくない!」という思いを強くしてもらえたらと思っています。予防接種のように、早くに強い衝撃を受けておけば、本当の衝撃を味わう恐れが出てきたとき、それを避ける能力が備わると思うのです。

今作は「PG12(小学生以下は保護者の方の助言や指導が必要)」なので、もちろん無理をする必要はありませんが、できることならお子さんたちにも早いうちに見ていただけたらと思います。

かつて僕が『はだしのゲン』で戦争の恐ろしさを知ったように、この作品が子どもたちの心に届くことを願っています。

取材・文/小川聖子

撮影/水野昭子

映画『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』

9月11日(金)よりkino cinéma 新宿ほか公開

ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?

監督・脚本・撮影・編集:塚本晋也(『野火』、『斬、』、『ほかげ』)

出演:ロドニー・ヒックス ジェフリー・ラッシュ マーク・マーフィー リリー・フランキー and タチアナ・アリ

原作:『「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」 ベトナム帰還兵が語る「ほんとうの戦争」』(アレン・ネルソン著、講談社文庫刊)

参考文献:『戦場で心が壊れて 元海兵隊員の証言』(アレン・ネルソン著、新日本出版社刊)

2026年|日本|英語|116分|PG12

英題:Mr. Nelson, Did You Kill People?

©Mr. Nelson, Did You Kill People? Film Partners ©Allen Nelson/KODANSHA

製作:木下グループ 制作プロダクション:キノフィルムズ、Cross Media International、J&B Entertainment、Chanh Phuong Films

配給:キノフィルムズ 公式サイト:nelsonsan.jp 公式X:@nelsonsan_movie

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