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【ブラッサム】「逃げんさい」自分のために生きろと背中を押した母(国仲涼子)の言葉。朝ドラ史に刻まれる旅立ちの名場面

  • 2026.10.26

【ブラッサム】「逃げんさい」自分のために生きろと背中を押した母(国仲涼子)の言葉。朝ドラ史に刻まれる旅立ちの名場面

1日の楽しみは、朝ドラから! 数々のドラマコラム執筆を手がけている、エンタメライター田幸和歌子さんに、NHK連続テレビ小説、通称朝ドラの楽しみ方を毎週、語っていたきます。作家・宇野千代をモデルに、明治・大正・昭和を生き抜いた葉野珠の人生を描く「ブラッサム」のレビューです。

どんな噂を立てられても構わないと言って、寄り添ってくれた

作家・宇野千代をモデルとした主人公の人生を描くNHK連続テレビ小説『ブラッサム』の第4週「岩国と、共に」が放送された。

モラハラ父のもとで育った子ども時代から女学生へ、そして一度目の結婚、尋常小学校の代用教員となったものの同僚の男性教諭・島村(工藤阿須加)との噂が広まったことで退職することになるという波乱に満ちた運命に翻弄される主人公の珠(石橋静河)。その展開の早さからあっという間に4週目を迎えたという感覚とともに、これらがわずか3週に詰め込まれていたという濃密さにも同時に驚いてしまう。

比較的近い距離で大都市のように位置づけられる広島との対比は作中で何度か描かれていたりはするが、当時の岩国の街の実際の規模感はわからないが、島村との噂は、「逢い引きの先生」と、相当な範囲に広がっており、珠は新たな職を探そうとするも、あちこちで噂を理由にそれを断られ続ける日々である。

当時の生きづらさを感じさせる描写ではあるが、ネット、SNSによる声の増幅によってその地位や立場を追われてしまうことになる現代も、噂が誰かの人生をコントロールする存在であることは、形を変えて変わらぬものである。これは、昨年度の『ばけばけ』のヒロイン・トキが、ヘブン先生の〝ラシャメン〟ではないかという噂が立てられ、一時期生きづらくなったことを思い出してしまう。

結局、父の生家である本家の酒蔵で受け入れてもらうこととなる珠だが、興味本位でスキャンダラスなものに飛びつく人の噂は無責任であるゆえ残酷でもある。『ばけばけ』では人の噂も七十五日、次の話題が出て来れば興味はそこに移っていくものという流れであったが、珠の噂は静まる気配を見せない。小さな弟や妹は友達にからかわれ、外で遊べなくなってしまう。

そして、肝心の酒蔵もまた、珠の存在が疎まれ、取引を複数件停止されるという大きな影響が出てしまう。そのため、これ以上置いておくわけにはいかないと、縁者にすら冷たくあしらわれるという残酷な現実を突きつけられてしまう。人を好きになっただけ。ただそれだけのことかもしれない。不倫などモラル的によろしくない行為というわけでもない。しかし、噂の代償はあまりにも大きすぎた。

そこに至るまでの苦難の日々のなか、
「珠さん!」
と街角で声をかけた男性がいた。珠の最初の結婚相手・享一(小堀正博)の弟、保(金子大地)である。保は第三高等学校(現在の京都大学および岡山大学医学部)に通っており、現在帰省中なのだという。保は珠と兄のことも迷惑を被ったのは珠のほうだと詫びるばかりでなく、今の珠の噂も知っていたうえで声をかけたという、なんとも心の広い魅力を感じる青年だ。道ゆく男性に、「その女は危険人物でぇ」と囃し立てられても、自分は京都で暮らしていることだし、どんな噂を立てられても構わないとまで言ってくれ寄り添ってくれる。

この再会をきっかけに、保と珠は文通をはじめる。
「いつまでこういう日々が続くのか、、、こうして手紙を書いてゐる今だけ、やつと息がつける思いでおります」

気づけばこのように本音を文字としてしたためることのできる、母とはまた別の、気持ちの許せる貴重な存在へと便りを重ねるごとに変化していることがわかる。

「負けてもいい、これからいくらでも取り戻せる」と

「珠ささんは気にせず堂々と過ごして下さい」
保からのこうした言葉が珠を勇気づけてくれていた。

変わることがないどころか、酒蔵からも去ることとなり、珠の状況はますます悪くなる一方である。そんななか、享一と保の母であり、珠の叔母でもある照子(山田真歩)は、珠の母・リョウ(国仲涼子)に、岩国を出て保の身の回りをするのはどうかと提案する。保は今度は東京帝大に通うのだという。

このまま岩国にとどまっていては、娘の一生は台無しになってしまうかもしれない。そんな強い親心より、リョウは娘にこう言った。
「逃げんさい」

岩国を出て、親愛の情を抱き、現在唯一心を開ける存在である保のもとへ行けという。リョウは一度は叔母の照子の申し出を断ったものの、娘に幸せになってほしいという思いがリョウの心も突き動かした。
「じゃけぇうちもええ条件じゃあ言うたのに」
と笑顔で返す輝子もまた息子の保のようなおおらかさを持つようだ。

リョウは珠に、小さくなって生きる娘を見たくないと言う。しかし、逃げるのは負けではないか、負けたくない、そう悔しがる珠に、負けてもいい、これからいくらでも取り戻せる。これからは自分のために生きろ、そして、これからは正真正銘珠の人生、胸を張って生きろと大きく背中を押した。

これまで長い朝ドラの歴史の中、数々のヒロインが新たな人生のステージを迎えるため、郷里を出て都市を目指した。古くは『おしん』、『ちりとてちん』や『あまちゃん』など、いくつもの旅立ちの名場面は描かれてきたが、本作のこのリョウの母心を伝える場面もまた、この先多くの視聴者の記憶に刻まれていくのかもしれない。

さて東京。自由の街である。そのまま保の下宿を訪れるが、家族でもない男女が一つ屋根の下で暮らすことは認められないため「妹」だと申請していたようだ。さっそく新生活がスタートするが、

「ほんまはずっと、珠さんのことを思うちょった」
保のストレートさはある意味好感が持てる。しかし、当の珠には、本音を手紙で伝えられる唯一の存在ではあるものの、その気持ちがまだ愛情といえる感情には結びついていない。珠もそれを正直に伝えるが、岩国での辛いことがいつか忘れられたら、そのときはこっちを向いてほしいという。これもまた、保の人間性がよく伝わる対応である。

郷里から解放され、東京の街を歩く。ふと立ち寄った書店で手に取った雑誌に書かれた小説、そして「土橋風子」という名前に目が止まる。雑誌を読みながら珠はひさしぶりに自然な笑顔になる。
「いいよなぁ、文学」
ふたたび文学に触れる日々が到来した。

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