1. トップ
  2. 現代美術家・森 万里子の大回顧展『森万里子:「燦燦」』。今の世界にこそ必要な「普遍的な光の形」

現代美術家・森 万里子の大回顧展『森万里子:「燦燦」』。今の世界にこそ必要な「普遍的な光の形」

  • 2026.10.18
Hearst Owned

アレクサンドラ・モンローさんと森美術館館長の片岡真実さんの共同キュレーションによる、現代美術家・森 万里子さんの大回顧展「森万里子:燦燦」が東京の森美術館で開催。それにあたり実現した、モンローさんと森さんの特別対談の後半をお届けします。現代美術家・森 万里子がこれまでたどってきた道のりをモンローさんはどのように、この秋の回顧展で見せるのでしょうか。

NAOKO MAEDA

<Profile>
森 万里子(もりまりこ)/現代美術家

1997年、第47回ヴェネチア・ビエンナーレで特別賞を受賞するなど、30年以上にわたり世界を舞台に活躍を続ける。作品はグッゲンハイム美術館、ニューヨーク近代美術館、ルイ・ヴィトン財団、プラダ財団をはじめ、世界各地の主要美術館・コレクションに収蔵されている。自身が設立したFaou財団の活動を通じて、沖縄・宮古島やブラジルなどで、自然環境と調和・一体化する大型作品シリーズを展開。

NAOKO MAEDA

<Profile>
Alexandra Munroe(アレクサンドラ・モンロー)/グッゲンハイム美術館シニアキュレーター

モンロー博士は数々の受賞歴を持つキュレーター、アジア研究者、著述家。その先駆的な研究によって、戦後日本美術やアジアの主要な前衛芸術運動を国際的な評価へと導いてきた。現在、ソロモン・R・グッゲンハイム美術館・財団のグローバル・アーツ部門シニア・キュレーター・アット・ラージを務める。また、同館のアジア美術イニシアチブ(Asian Art Initiative)を主導するとともに、グッゲンハイム・アブダビ・プロジェクトのキュラトリアル・プログラムおよびコレクション形成にも重要な役割を果たした。これまでの主な受賞歴として、2017年に国際交流基金賞、’18年に文化庁長官表彰を受賞。さらに’24年にはジャパン・ソサエティー賞、’25年にはアジア・ソサエティーのゲームチェンジャー賞を受賞している。

サイボーグから意識へ。30年にわたる魂の探求

デビュー当時の《スター誕生》(1995年) Hearst Owned

「万里子さんにとって、この回顧展はどういう意味を持つものでしょう」

アレクサンドラさんからの問いに、森さんは静かに答えます。

「20代初め、ロンドン留学中に父が亡くなりました。何が起きたのかを理解したいという切実な思い。それが私の旅の始まりでした。人が亡くなったとき、魂はどこへ行くのか。真理とは何なのか。その断片を求めて、チベット、マチュピチュ、ギザのピラミッド、スコットランド…世界中の聖地や遺跡を巡りました。仏教哲学や量子物理学などさまざまな分野を学ぶうちに、1998年にある霊的体験をし、ひとつの洞察を得ました。異なる宗教や思想には、それぞれ独自のビジョンがありますが、その奥には共通して響き合う何かがあるのではないか、と感じるようになりました。私は作品制作を通して、人間の内なる世界に通底する本質を模索してきました」

その長い旅路の中でも、特に重要なターニングポイントとなったのが、ミラノ・プラダ財団で《ドリーム・テンプル》を発表した際の経験でした。仏教的なモチーフゆえに、信仰心の違いから作品に入るのを躊躇する鑑賞者がいたことに、「誰もが境界なく入ることができる、より普遍的な形」を模索した末にたどり着いたのが《Wave UFO》でした。「UFOならどんな信仰の違いも関係なく、誰でも入れるのです!」と森さんはにこやかに語ります。

アレクサンドラさんはこの《Wave UFO》の最初の体験者の一人でもありました。アート、テクノロジー、スピリチュアリティを融合させ、鑑賞者の脳波を可視化してつなぐこの代表作は、今秋の回顧展でも最大の注目作となります。

十牛図になぞらえる変遷。そして魂の形へ

「こうして万里子さんの30年をたどると、それはまさに禅の《十牛図(じゅうぎゅうず)》の歩みのようです」とアレクサンドラさんは目を細めます。牛(真の自己)を追う少年が、やがて自己も牛も消え去る「空(くう)」の境地へと至る——禅の悟りの道程を描いた連作絵画。

「’90年代の作品では、万里子さんは機械と融合したサイボーグとして地下鉄や新宿のオフィス街に現れました。それは女性性がありながらも人間を超えた現実と交信する存在としての自己の提示でした。そこから神聖な存在へと変容し、最終的には自分自身の姿すら消え去って、仏教でいうところの『意識そのもの』としての表現へと到達します。まさに十牛図の終着点にいるのです」

「この全体のアーク(軌跡)を、真実(片岡館長)と共に回顧展「森万里子:燦燦」として世界に見せられることを、本当にうれしく思っています。これはアーティストとしての進化であるだけでなく、一人の人間が一つの道を歩んできた尊い過程そのものなのですから」

デビュー当時の《スター誕生》(1995年)から、仏教思想に宿る魂をSF的かつ厳かな存在として表現した《巫女の祈り》(1996年)へ。現代社会への鋭い風刺から、この世の普遍性を問う壮大な世界観へと、ダイナミックな変遷を遂げてきたその表現は常に、エキサイティングな進化を続けています。 Hearst Owned

そして、アレクサンドラさんはこの旅路を、さらに大きな世界という文脈へと位置づけます。「先住民文化やシャーマニズム、そして今日を生きるための術(すべ)としての精神性とテクノロジーの融合を探求する世界中のアーティストたちと、森 万里子の実践を並置したい。国際的な現代美術史の中に、彼女を正当に位置づけたいのです。彼女は、テクノロジーを基盤とするアートの革新的な最前線を歩んできたアーティストであり、直線的な時間や特定の地理にとらわれることなく、異なる時間性のあいだを自由に行き来してきました。こうした問題意識は、長いあいだ美術界において十分な注目を集めてきませんでしたが、今では世界のアートとその言説の中心にあるものです。万里子は、その可能性をいち早く探究したアーティストの一人でした」

そう語るアレクサンドラさんにとって、この回顧展は単なる総括ではありません。30年間見守り続けてきた作家の歩みを、国際的な現代美術史の中で改めて照らし出し、その意義を未来へとつなぐ新たな出発点でもあるのです。

この窓の向こうへ——「燦燦(All That Shines)」

お茶室に、再び柔らかな陽光が差し込みます。窓越しに見える景色が、森 万里子さんとその作品たちが過去から未来へと続ける「旅の物語」を語るなら、今この部屋を満たす光は、私たちが共有している輝きそのものかもしれません。話題は自然と、今回の回顧展を象徴する「言葉」へと移ります。

「私の作品は魂の探究の旅の記録であり、今もまだその答えを探し続けています」と、森さんは語ります。「その旅の中で見えてきたのは、普遍的な真理ともいえる、つまり私たちは皆つながっていて一つであるということ。前回の巡回展に『Oneness(一体性)』というタイトルを付けました」

アート界で最も重要な国際展の一つであるヴェネチア・ビエンナーレ(第51回)で世界的な注目を集めた、森さんの代表作の一つ《Wave UFO》(1999-2002年)528×1,134×493cm。観客の脳波をリアルタイム映像へと変換するインタラクティブな体験型インスタレーションとしてメディアアートの潮流を先取りした。 Installation view : Mariko Mori: Wave UFO, Kunsthaus Bregenz, Austria, 2003 Photo : Richard Learoyd

窓からの眩い光に目を細めるようにして森さんは続けます。「今回の回顧展では、その概念をさらに開かれた形で伝えたいと考え、まず日本語で『燦燦』という言葉を選びました。これは、新しく手に入れるものではなく、すでに内にある光について語っています。私たちは、誰もが内側に光を宿し、放っています。そして、私たちがこの世界にどれほど多くの愛を生み出しているか。その輝きを、作品を通じて分かち合えれば嬉しいです」

この日本語の響きを「All that Shines」と英訳する際、アレクサンドラさんは「Shine」という言葉の選択に強いこだわりを見せました。「最初は『Radiance』も検討しましたが、あえてアングロサクソン由来の古い英語である『Shine』を選んだのは、それが聖書やシェークスピア、ウィリアム・ブレイクの詩編にも通じる、力強く、宣言的な響きを持っているからです。シンプルで揺るぎないこの言葉こそが、万里子さんが伝えようとしている普遍的な愛の光にふさわしいと考えました」

「今の世界にこそ、この光が必要ですね」。純白の明るさの中で、二人は深くうなずき合い、ほほ笑みを交わします。

一碗の茶から放たれる『燦燦』たる光は、国境も時代も超えて、静かに、しかし確かに広がっていくことでしょう。

【森万里子:「燦燦」】
会期/2026年10月31日(土)~2027年3月28日(日)
時間/10:00~22:00(火曜日のみ~17:00)
※ただし11月3日(火・祝)は~18:00、2月23日(火・祝)は~22:00
休館日/会期中無休
会場/森美術館
所在地/東京都港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー53F
URL/www.mori.art.museum/jp/exhibitions/marikomori

初出:リシェスNo.57 2026年9月28日発売
PHOTOGRAPHS:NAOKO MAEDA
HAIR & MAKE-UP:MISA AKAMATSU
TEXT:MASAKO SHIBA
COORDINATION:KANAKO MAEDA(STUDIO HANDSOME)
EDITING:KAZUHIRO NONAKA

元記事で読む
の記事をもっとみる

注目コンテンツ