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【黒柳徹子】飽くなき好奇心は人間を老けさせない「岸惠子」の心を突き動かすものとは

  • 2026.10.3
黒柳徹子さん
©Kazuyoshi Shimomura

私が出会った美しい人

【第53回】女優 岸惠子さん

毎年夏がやってくるたびに、私は、何十年も前に終わった戦争のことを思い出します。最近は、世界全体がザワザワしていて、「このまま日本は平和でいられるのかしら?」と不安になってしまうこともありますが、先日お亡くなりになった岸惠子さんは、「あのときは、どうしていらしたの?」と、お互いの戦争体験を共有できる数少ない相手でした。

あるとき岸さんが、ご自身の戦争体験について、「私、“戦争って綺麗なものなんだ”と思ったことがあるんです」と、少しおつらそうな表情で語りはじめたことがありました。横浜の女学校に入学した年の5月29日。朝、学校に向かっていると、警戒警報と空襲警報が一斉に鳴ったそうです。よく晴れた日のことで、岸さんが空を見上げると、真っ青だった空が、B‒29の銀の翼で覆われています。それはまるで飛び魚が一斉に横浜の空を覆ったように見えて、思わず岸さんはその空を、「美しい」と感じました。近くにいた兵隊さんが、「早く防空壕へ入れ!」とうるさく言うけれど、「きっと今日は何かが起こる、死ぬのなら、空の見える場所で死にたい」と思った岸さんは、兵隊さんの制止も聞かずに、近くのある松の木に登ります。すると、防空壕のすぐ近くが攻撃され、簡易的に作られていた防空壕は崩れ落ちて、そこに身を寄せていた人たちはみんな死んでしまったそうです。木の上からは、住んでいた家が、焼夷弾によってハラハラと燃えていくのも見えました。

「大人の言うことを聞かなかったから私は助かった。もう今日で子供はやめよう」。そう心に誓ったとき、岸さんは12歳でした。

岸さんの名前が世の中に広く知れ渡るきっかけになったのは、『君の名は』という映画です。舞台となった北海道のあまりの寒さに、岸さんがアドリブでストールを頭に巻き付けたら、それが「真知子巻き」という名で大流行! 映画は3部作で、全部で3000万人を動員したというからすごい! でも、岸さん自身はしばらく『君の名は』の話ばっかりされてしまって、うんざりしたこともあったようです。

その後、岸さんが出演した『亡命記』を見て、『戦場にかける橋』や『アラビアのロレンス』で有名なデヴィット・リーン監督が、ぜひ自分の映画に起用したいと思って、わざわざ日本までスカウトしに来たの。それで語学の勉強のためにロンドンに渡るのですが、結局製作は延期になってしまって、入れ替わるように、イヴ・シャンピさんの映画に出ることになるんです。それが縁で、24歳でシャンピさんとの結婚のために渡仏。日本とフランスを行き来しているときは、「空飛ぶマダム」なんて呼ばれたこともあったみたい。

30歳で女の子を出産して、43歳で離婚……。そこからは、映画女優以外に、キャスター業やジャーナリスト的な活動も積極的に行って、エッセイを書けば賞をとって。「映画女優」という肩書を超えて、メッセージ性のある活動をされていたことも印象的です。「徹子の部屋」にも何度も出ていただきましたけど、ジャーナリスト的な活動や、文章を書くことに関しては、元旦那様であるイヴ・シャンピさんの影響も大きかったんですって。60代で国連人口基金親善大使を務めたりして、「若い人には、世界を見渡したいと思う気持ちを持ってほしい。何か刺激があって、それに少しのストレスを感じながら、世界の情勢にもアンテナを張っていた方が、人間って老けないんじゃないかしら。大体、私は昔から苦労ばっかりしてるから、老ける暇がないんです(笑)」みたいなことをよくおっしゃっていました。自分をここまで突き動かしているのは、飽くなき好奇心なのだから、と。

10年ぐらい前から、女優業よりも執筆業を優先されていたらしいけれど、「人生の最後に輝ける虹が出ることもあるかもしれない」といって、自分をモデルにして恋愛小説を書いたりなさって。そんなときも、「シミも白髪もシワも売りたいほどあるのに、自分を年寄りと思ったことはほとんどない。心配性ではあるけれど、気持ちは明るい方に向いています。私は日没に輝ける夕暮れが好き。太陽が沈むと、その光が山や大地に反射して、あたりがフワーッと紅色に輝く。人間の死も、あの中に溶けていくようなものであってほしい」と楽しそうにおっしゃっていました。すっごく共感!

岸惠子さん
2011年、フランスから芸術文化勲章を授与される

女優

岸惠子さん

1932年横浜生まれ。1951年女優デビュー。1957年医師・映画監督であるイヴ・シャンピとの結婚のため渡仏。1963年長女デルフィーヌ誕生。1976年離婚。1987年NHK衛星放送「ウィークエンド・パリ」のキャスターに就任。女優として映画・TV作品に出演し、主演女優賞のほか数多くの賞を受賞。映画の代表作は『君の名は』『亡命記』(東南アジア映画祭最優秀主演女優賞受賞)『雪国』『おとうと』『怪談』『約束』『悪魔の手毬唄』『細雪』『かあちゃん』(日本アカデミー賞最優秀主演女優賞受賞)『たそがれ清兵衛』など。著書に『巴里の空はあかね雲』(新潮社、日本文芸大賞エッセイ賞受賞)、『ベラルーシの林檎』(朝日新聞出版、日本エッセイスト・クラブ賞受賞)など。2026年8月7日没(享年93)。

─ 今月の審美言 ─

何か刺激があって、それに少しのストレスを感じながら、世界の情勢にもアンテナを張っていた方が、人間って老けないんじゃないかしら

取材・文/菊地陽子 写真提供/時事通信フォト

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