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中2で母親が逃亡→担任宅の“屋根裏”に下宿…20歳で芸能界へ進んだ【壮絶な過去をもつベテラン女優】とは?

  • 2026.10.10
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※Google  Geminiにて作成(イメージ)

キャリア50年以上のベテラン女優にも、想像を超える少女時代があるものです。TBS系『人生最高レストラン』では、MCの極楽とんぼ・加藤浩次さんが富山での幼少期を尋ねると、ある女優が両親の離婚や母の逃亡、担任宅での下宿生活まで告白。加藤さんも驚いた、その女優とは?クイズ形式でご紹介します!

中2で母が逃亡し担任宅で暮らした女優とは?

TBS系『人生最高レストラン』で語られたのは、保護者不在の中学生活でした。富山から京都へ移り、兄の食事を作りながら学校へ通い、最後は担任の先生の家の屋根裏に身を寄せたというのです。一体、中2で母の逃亡を経験し、担任宅で暮らした女優とは誰なのでしょうか?

ヒント…

  1. 富山県出身の女優
  2. 1970年代から映画・ドラマで活躍

「保護者がいないまま」の中学生活から芸能界へ

答えは……風吹ジュンさんです!

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2015年撮影:フジテレビドラマ「デート~恋とはどんなものかしら~」完成披露試写会 風吹ジュン (C)SANKEI

2026年9月5日放送のTBS系『人生最高レストラン』に出演した風吹ジュンさんは、家庭内で長く両親のけんかを見ていたと回想しました。11歳で両親が離婚して母のもとへ行ったものの、中2の時に母が始めた店は失敗。その後、就職で京都にいた兄を頼って移り住み、「保護者がいないまま、兄のご飯を作りながら中学に通ってた」と説明。さらに担任の先生から「明日から俺んち来い」と言われ、中学卒業まで先生の家の屋根裏に下宿したと明かしました。

中学卒業後も京都で暮らしていましたが、東京から来ていた友人を頼って上京。20歳を迎えたときに「これではあかん」と感じ、紹介されて行った先がたまたまモデル事務所でした。本人はお茶くみでもするつもりでしたが、「時間ありますか?」と聞かれて「ありますよ」と答えると、富士フイルムのオーディションだったという偶然があったそうです。その翌週にはハワイへ行き、帰ってくると“風吹ジュン”という名前がついていたといいます。加藤さんも「凄い人生ですね」と驚いていました。

過酷な少女時代を経て芸名とともに歩んだ50年

風吹ジュンさんの少女時代は、母の逃亡や保護者不在の暮らしなど、聞くだけでも胸が詰まる内容でした。それでも20歳で「これではあかん」と感じたことが、思いがけない芸能界入りにつながっていきます。ハワイからの帰国後に芸名を得て「その名前と50年付き合って」と笑った姿には、壮絶な記憶を抱えながらも歩み続けた人ならではのしなやかさがありました。

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