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“笑いながら怒る人”で知られた【唯一無二の怪優】が涙した“恩人の訃報”「『むしけら』と教えてくれた」

  • 2026.10.29
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1992年2月、第34回ブルーリボン賞で主演男優賞を受けた竹中直人(C)SANKEI

35年前の1991年9月、イタリアで開かれた第48回ベネチア国際映画祭で、ある日本の映画が国際批評家連盟賞に輝いた。上映されたのは、本選のコンペティションとは別の独立部門「国際批評家週間」。メガホンを執ったのは竹中直人。これが彼の初監督作『無能の人』だった。この年、国際批評家連盟の賞は、コンペ部門のチャン・イーモウ監督『紅夢』などにも贈られている。

当時の竹中といえば、「笑いながら怒る人」に代表される芸で知られ、日常の些事を笑いや恐怖へ変えてみせる異色のタレントだった。その彼が自ら映画を撮り、主演まで務めた作品の主人公は、なんと漫画を描くことをあきらめ、多摩川の河原で拾った石を売る男だったのだ。

人を笑わせてきた男が、なぜこれほどまでに世の中からこぼれ落ちた男に惹かれ、カメラを向けたのか。原作者・つげ義春との、映画化から数えて35年に及ぶ魂の交感をたどると、その理由が見えてくる気がする。

多摩川の河原で石を売る男

映画『無能の人』の原作は、孤高の漫画家・つげ義春の同名作だ。時代から取り残され、無気力な日々を送る元漫画家・助川助三が、多摩川の河原で拾った石を並べて売る。売れるはずもない石を前にした男と、その頼りなさに苛立ちながらもチラシ配りで一家を支える妻(風吹ジュン)の暮らしが、ユーモアを交えて綴られていく。

劇中には、小津安二郎をはじめとする往年の松竹映画へのオマージュがそこかしこに息づいている。そこに寄り添うのが、アコースティックギター・デュオのGONTITIによる音楽だ。竹中監督の要望で、昔懐かしいウクレレを主体にした演奏になった。

ベネチアで賞を受けた9月の時点で、『無能の人』はまだ日本国内で公開すらされていなかった。国内の劇場にかかったのは、その年の11月。海の向こうでの戴冠が先という「逆輸入」の形で、映画監督・竹中直人のキャリアは鮮烈に幕を開けた。

得意の芸をあえて封印した主演

当時の竹中は、映画、テレビ、舞台、ビデオ、CMと、あらゆる表現の場を縦横無尽に駆け抜けていた。俳優としても『ロケーション』『ファンシイダンス』『陽炎』などに出演してきたが、もともとは多摩美術大学時代から自主映画を撮っていた筋金入りの映画青年でもある。『無能の人』は、そんな映画青年の監督デビュー作だった。

翌1992年の第15回日本アカデミー賞で、『無能の人』は優秀作品賞に選ばれ、竹中は優秀監督賞と優秀主演男優賞、GONTITIは優秀音楽賞を受けた。第34回ブルーリボン賞でも竹中は主演男優賞の栄誉に浴している。

日本アカデミー賞の寸評が讃えたのは、竹中が見せた抑制の演技だった。時代の流れに追いつけず、漫画を諦めて石を売る男を、竹中はふだんの喜怒哀楽の激しい芸風からは想像もつかないほど、感情を内に押しこめて演じた。その芝居は、観客に新鮮な驚きを与えた。

人を笑わせてきた最大の武器を、自ら脱ぎ捨てる。監督としての最初の一本で、竹中は自らの得意な芸をあえて封じたように見える。

年賀状に綴られた「暗い映画」

その後も竹中は映画を撮り続け、『119』や『東京日和』など、これまでに11本の監督作を世に送り出してきた。10作目の『零落』(浅野いにお原作)もまた、売れっ子の座から滑り落ちていく漫画家の魂の彷徨を描いた作品であり、その根底には『無能の人』の影が落ちていたように思う。

そして、原作者であるつげ義春との縁もまた、途切れることはなかった。

2013年1月、甲府で開かれたトークショーで、竹中はつげと今なお年賀状のやり取りを続けていることを明かしている。その年賀状には、「暗い映画を観たいです」と書いてあった。次に撮りたい作品を問われた竹中は、「またつげさんの映画を撮りたいですね」と答え、会場の期待をあおった。

2024年11月には、つげ義春の短編を片山慎三監督が実写化した映画『雨の中の慾情』が公開された。竹中はこの作品に、怪しい商売をしているらしい大家・尾弥次の役で出演。初監督作から33年という歳月を経て、今度は一人の俳優として、敬愛してやまないつげ義春の世界へと帰還した。

「むしけら」と教えてくれた人へ

2026年3月、つげ義春の訃報が公表された。88歳だった。その旅立ちに、竹中は胸の張り裂けるような追悼の言葉を寄せた。

母を亡くした17歳の時と同じくらい涙が止まらないと吐露し、竹中はつげを「僕の勇気」と呼んだ。「なんてったって無能の人を描いた人です」と敬愛を捧げ、自分自身を「むしけら」と教えてくれた最高の漫画家だと、惜別の念を綴った。

35年前、ベネチアの地で高く評価された『無能の人』。それは、世の中のレールから脱落し、片隅へと追いやられた男とその家族を、ブラックユーモアを交えながら温かく抱きとめるような映画だった。

人を笑わせる芸で知られた竹中直人は、河原で石を売るあの男を、外側から眺めて笑うのではなく、自分自身の姿として引き受け、演じていたのではないか。彼が追悼で自らを指して記した「むしけら」という言葉を反芻するとき、多摩川の河原で石を並べていたあの男の姿が重なって見えてくる。


※記事は執筆時点の情報です

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