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実業団バレー選手から“異色の転身”…初主演で新人賞、木村拓哉と並んだ【伝説の女優】の軌跡

  • 2026.10.29
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1996年3月、日本アカデミー賞で新人俳優賞を受賞した江角マキコ(C)SANKEI

江角マキコという名を聞いて、多くの人が真っ先に思い浮かべるのは、やはりあの『ショムニ』で見せたタイトスカートの制服姿と抜群のスタイルだろう。だが、その大ブレイクの前に、彼女がジーンズ一本で選ばれた秋があった。

30年前の1996年9月、最もジーンズの似合う著名人を決める「ベストジーニスト96」が都内で発表された。男性部門は3年連続受賞となるSMAP(当時)の木村拓哉。そして女性部門で初受賞したのが、当時29歳の江角マキコだった。

授賞式の写真に写る江角は、驚くほど構えていない。長袖のボーダーニットに、裾をロールアップしたブルージーンズ、足元はシンプルな黒の靴。手に盾を持って笑っている。ドレスアップするわけでもなく、まるで近所を出歩く普段着のような装いでありながら、ただそこに立っているだけで華がある。

モデルとして世に出て、女優として駆け上がっていく最中にあった、江角マキコの眩しい29歳の秋を振り返ってみたい。

モデルの肩書を下ろさずに新人賞を受けた春

江角は島根県出雲市の出身。高校時代はバレーボール部で汗を流し、卒業後は実業団のJT(日本たばこ産業)に所属したのち、モデルへと転身した異色の経歴を持つ。

彼女が女優として鮮烈な一歩を踏み出したのが、1995年公開の映画『幻の光』(是枝裕和監督)だった。初出演にして堂々の主演を務めた『幻の光』で、江角は翌1996年3月、日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞する。

授賞にあたって日本アカデミー賞協会は、第一線で活躍する現役モデルの華麗な転身として彼女を紹介した。協会が挙げたのは、抜群のスタイルと個性的な顔立ち。それまでの女優とは一味違うその魅力は、女性層からも厚い支持を集めていた。

モデルを引退して女優の道へ進んだのではない。モデルとしての看板を下ろさないまま、映画の真ん中に立ち、評価をさらっていったのだ。

木村拓哉の隣で手にした一度きりの盾

春のアカデミー賞から、彼女を取り巻く熱気は一気に加速していく。

その年の夏には、日本テレビ系『24時間テレビ「愛は地球を救う」』で、江角は間寛平とともに番組パーソナリティーに抜擢され、8月下旬の放送に臨んだ。

そして、そのわずか1か月後となる9月に発表されたのが「ベストジーニスト」だった。

日本ジーンズ協議会が主催するこの年の一般選出部門の受賞者は、木村拓哉と江角の2人。女性の受賞者は、前年(1995年)が篠原涼子、翌年(1997年)がPUFFYだった。ベストジーニストの歴史の中で、江角の名が刻まれたのは1996年のただ一度きりだ。

発表の場で木村は、週5日ははいているというお気に入りのジーンズで登場し、買ってから1年で洗ったのは1回だけ、ジーンズ好きなら分かってくれるとこだわりを語った。3年連続で選ばれたその木村の隣に、映画の新人賞と夏の大型特番を経て、一躍時の人となった29歳の江角が肩を並べていた。

青い制服のアイコンになる前に見せた普段着の笑顔

それから2年後の1998年、フジテレビ系で連続ドラマ『ショムニ』がスタートする。江角が演じたOL・坪井千夏は当たり役となり、ドラマは痛快OLコメディとして一世を風靡した。

白のブラウスに青いベスト、タイトスカートという『ショムニ』の制服姿が、その後の江角マキコを象徴するパブリックイメージとなっていく。

2003年のスペシャルドラマ『ショムニFOREVER』以来、10年ぶりの復活となった『ショムニ2013』。その制作発表でも、キャスト陣は当時とまったく同じ制服で登場し、江角は「制服に袖を通すとなんとなく感覚が戻ってきました」と意気込みを口にした。

江角は2017年に芸能界を退いた。2025年2月に化粧品ブランドの公式インスタグラムで長女との共演動画が公開された際にも、コメント欄には「ショムニのまんま」といった声が寄せられた。

だが、あの強烈な制服を着る2年前、江角マキコは何の気負いもないブルージーンズ姿で授賞式に臨んでいた。

映画で認められ、夏の『24時間テレビ』を駆け抜け、勢いに乗っていた29歳が、ボーダーのニットで木村拓哉の隣に立ち、盾を手に笑っている。その笑顔には、29歳の瑞々しさが宿っている。30年前の秋、たった一度だけ選ばれたあの日のジーンズ姿は、今も写真の中に残っている。


※記事は執筆時点の情報です

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