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タイトル3文字を音読みすると“ある社名”に…累計150万枚、【平成の脱力デュオ】最大のヒット曲に隠された“仕掛け”

  • 2026.11.3
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1997年4月、渋谷公会堂で行われたPUFFYのライブより(C)SANKEI

PUFFYの『これが私の生きる道』は、わざと古く鳴らしたからこそ、もっとも新しく響いたポップスだ。

イントロが鳴ると、あの肩の力が抜けたメロディが勝手に続きを歌い出す。カラオケで、テレビの前で、誰もが一度は口ずさんだ曲だ。ところが音作りに耳を澄ますと、当時のヒットチャートに並ぶどの曲とも似ていない。1996年の曲でありながら、鳴っているのは60年代のレコードのような温かい手触りだ。

PUFFY『これが私の生きる道』(作詞・作曲:奥田民生)ーー1996年10月7日発売

左右に振らずひと固まりで届く「モノラル」の鳴り

この曲はあえてモノラルで録音されている。音を左右に振り分けず中央から鳴らす手法だ。ステレオ全盛の1996年に、初期ビートルズを狙って録音の時計の針をわざと巻き戻したのである。

ギターもドラムもベースも二人の声も、散らばらず正面からひと固まりで届く。音と音のあいだに隙間がなく、小さなスピーカーで鳴らしても詰まった勢いがまったく痩せない。なかでも得をしたのが二人の声だ。同じ一点から届くため、重なるハーモニーは左右の並びではなく、太さの違う糸を撚り合わせた一本の線のように響く。

フレーズやハーモニーには、ビートルズやTHE WHOを思わせる60年代の語法が散りばめられている。ブルースハープが鳴り、ギロがこすれ、タンバリンが跳ねる。左右に逃がせない以上、配置ではなく音色の違いで聞き分けるしかない。乾いたこすれ音、金属のきらめき、息まじりのハープ。質感の異なる生音がぶつかり合い、にぎやかなのに散らからない手作りの密度が生まれている。

女の子二人に渡して完成した極上のパロディ

これほど徹底した60年代の再現を、作った奥田民生本人が歌っていたらどうなったか。洋楽好きが趣味を楽しんだ一曲として狭い場所で愛されるにとどまり、見事なパロディで終わったはずだ。古い語法を男性ロック歌手がそのまま歌えば、それ以上のポップスにはなり得ない。

この曲が面白いのは、そこに大貫亜美と吉村由美の声を置いたことだ。60年代ロックの型に、女の子二人が気負いのないフラットな声で乗る。そのズレこそが、マニアックなパロディを誰のものでもない新しいポップスへと変えた。

あの時代のロック特有の肩肘張った強がりも、二人が力まず歌うことで綺麗に抜け、楽しさの骨組みだけが残る。元ネタを知らない人は明るい曲として口ずさみ、知る人は顔をほころばせる。二重の聴き方が用意されていたからこそ、この曲は一部の音楽好きだけのものに終わらなかった。

デビュー曲『アジアの純真』(作詞・井上陽水、作曲・奥田民生)がまだ売れ続ける中、2作目では作詞・作曲・編曲・プロデュースのすべてを奥田がひとりで担った。設計図の隅々まで自分で引きながら、歌の命だけを外に預けた判断が鮮やかに際立つ。

タイトルに込められた遊び心

資生堂『ティセラ JUICY JUICY』CMソングとして発売前から流れ、店頭に並んだ時点で既にお馴染みだった。ランキングでは初登場1位から3週連続首位を獲得し、翌年1997年の5月までチャートに残って累計150万枚を突破。PUFFY最大のヒット曲である。

曲名にも心憎い遊びが仕込まれている。下敷きはクレージーキャッツの『これが男の生きる道』だ。さらに「私」「生」「道」の3文字を音読みすると「しせいどう」と読める。タイアップ先の社名とぴたり重なる仕掛けに、気づいた人は思わずにやりとしたはずだ。

元のタイトルの「男」を「私」に差し替えただけで、題名は若い女の子の宣言へと入れ替わる。古いものを借りて新しい顔にする手つきはモノラルの音作りと同じで、題名の時点でこの曲の周到な設計はすでに始まっていた。

突き放しながら肯定する涼やかな「上から目線」

詞の中の二人は、いま調子がいいと言い切る。不安なら助けてあげなくもない、うまくいってもいかなくてもそれはあなたの道だと、軽く突き放しながら相手を肯定していく。若さを「もぎたての果実」にたとえる楽観はどこか上から目線で、痛快なほど心地いい。

二人は左右対称に並び、離れたり近づいたりする脱力した振付で歌った。衣装はTシャツとジーパン。ユーロビートとコギャルが街を席巻していた時代、着飾らず汗も見せずにゆるく踊る姿は男女問わず支持された。脱力に見えてだらしなくない素の佇まいが、60年代の音としっくり噛み合う。

ひとりで歌えばただの自慢に聞こえかねない詞も、二人の声が重なれば仲間うちの冗談に変わり、聴き手も輪の中に招かれる。上から目線の言葉が嫌味にならないのは、言葉を受け持つ声がいつも「二人ぶん」だからだ。

「もぎたて」から熟れた今まで鳴り続けるステップ

若い二人の楽観の歌は、翌1997年春の第69回選抜高校野球大会で行進曲になり、のちにNHK『百歳バンザイ!』(2002〜2011年)のテーマ曲にもなった。球児のひたむきな行進にも長寿を祝う番組にもなじんだのは、背中を叩いて無理に励ますのではなく、それぞれの歩き方をそのまま認めてくれる歌だったからだ。

2026年5月13日、デビュー30周年の記念ライブには奥田民生が登場し、この曲を一緒に演奏した。大貫亜美は歌詞の「もぎたての果実」に今の自分たちを重ね、熟れた今のほうが味わいが出ると口にした。30周年の新MV『これが私の生きる道(ビジュR ver.)』はNAGAKENとのコラボで制作され、曲はCMソングとしても再び流れた。

モノラルで録った音は、30年前の発売時点ですでに懐かしい音だった。だから、この曲はいつ聴いても古びようがない。もぎたてのころに託された歌を、年を重ねた二人がいまも同じ顔つきのまま歌い続ける。その飾らない姿こそが、題名に掲げた生きる道の、30年をかけた何より確かな答えなのだ。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。

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