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「ここで止めてって言ってるでしょう!」検査室の前で突如動かなくなった男性患者…看護師がハッとした“視線の先にあったモノ”

  • 2026.10.19
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出典:photoAC(※画像はイメージです)

こんにちは。現役看護師ライターのこてゆきです。病棟では、患者さんが突然、これまでと違う行動を取ることがあります。

今回紹介するのは、認知症のある高齢男性Aさんとの出来事です。
検査のため、看護師が車椅子を押して移動していたところ、Aさんはエレベーターを降りた直後に突然「ここで止めて」と訴えました。

検査室までは、あと少し。

しかし、何度声をかけても、Aさんは前へ進もうとしませんでした。最初は、検査を嫌がっているのだと思っていました。
ところが、Aさんが見つめていたものに気づいたことで、その行動の意味が少しずつ見えてきたのです。

「ここで止めてください」突然、車椅子が進まなくなった

その日、Aさんは腹部の検査を受ける予定でした。

病棟で準備を済ませ、看護師の私が車椅子を押して検査室へ向かいました。

「Aさん、これから検査に行きますね」

「はい」

Aさんは短く返事をし、車椅子に座っていました。病棟を出て、エレベーターに乗りました。降りた先の廊下を進めば、検査室まではすぐでした。

ところが、エレベーターを降りて数メートル進んだところで、Aさんが突然口を開きました。

「ちょっと、止めてください」

私は車椅子を止めました。

「どうしました?」

Aさんは前方を見たまま、少し強い口調で言いました。

「ここで止めてください」

「はい。どうしましたか? どこか痛いですか?」

「違います」

「気分が悪くなりました?」

「そうじゃない。ここから先は行かないでください」

思いがけない言葉に、私は戸惑いました。

検査室までは、もう目の前です。

体調が悪くなったのであれば、もちろん無理に進むことはできません。しかし、Aさんは痛みや気分不良を訴えているわけではありませんでした。

「Aさん、検査室までもう少しですよ。すぐに着きますからね」

そう伝えても、Aさんは首を横に振りました。

「行きません。ここで待ちます」

廊下には、ほかの患者さんやスタッフも行き来していました。

私は車椅子を通行の妨げにならない位置へ寄せ、Aさんの様子をうかがいました。

「何か気になることがありますか?」

Aさんは答えず、前方をじっと見つめていました。その表情は、単に検査を面倒がっているというより、何かを警戒しているように見えました。

「検査が嫌なのかな?」最初に考えたこと

私は、Aさんが検査を嫌がっているのではないかと考えました。

認知症のある患者さんにとって、普段と違う場所へ移動することや、これから何をされるのか分からないことは、不安につながる場合があります。

「Aさん、検査が嫌ですか?」

「違います」

「痛いことをされると思っていますか?」

「そうじゃないです」

質問を重ねても、Aさんは同じように否定しました。それでも、車椅子を前へ進めようとすると、Aさんは落ち着かない様子を見せました。

「だから、ここで止めてって言ってるでしょう」

声にも少しずつ力が入ってきました。

私は、いったん検査の話をするのをやめました。こちらが検査の必要性を説明すればするほど、Aさんの表情は硬くなっているように感じたからです。

「分かりました。いったんここで止まっていましょう」

そう伝えると、Aさんは少しだけ肩の力を抜いたように見えました。

そのとき、ふと気づいたことがありました。

Aさんは、私の顔や検査室を見ているのではありませんでした。廊下の壁に貼られた掲示物を、何度も見ていたのです。

Aさんが見つめていたのは、廊下の掲示物だった

壁には、病院内の行事で撮影された写真が掲示されていました。

季節のイベントに参加した患者さんたちが写っている、よくある院内の掲示物です。私は最初、それほど気に留めていませんでした。

しかし、Aさんは写真から視線を外そうとしませんでした。

「Aさん、この写真が気になりますか?」

そう尋ねると、Aさんはすぐに答えました。

「ここにいるでしょう」「知らない人がいるでしょう」

Aさんは写真の一部分を指さしました。そこには、行事に参加した患者さんたちの姿が写っていました。

「これは病院の行事のときの写真ですよ」

そう説明しようとすると、Aさんは私の言葉を遮りました。

「違う。こんなことになっているんだから」

「こんなこと、というのは?」

「誰かが部屋に入ったんでしょう」

私は一瞬、言葉に詰まりました。

Aさんは、掲示されている写真を見て、自分の病室に誰かが入った証拠だと受け取っていたのです。

「自分の部屋に、知らない人が入ったと思っているんですか?」

「そうです。勝手に入ってるじゃないですか」

Aさんは写真を見たまま、落ち着かない様子で続けました。

「誰が入ったんですか。何をしたんですか」

私には、その写真が病院の行事の記録であることが分かっていました。しかし、Aさんにとっては、そこに写っている人たちが何を意味するのか、まったく違う受け止め方になっていたのです。

「そんな写真じゃありません」否定しても不安は消えない

私は、Aさんに状況を説明しようとしました。

「Aさん、これは病院の行事の写真なんです。病室に誰かが入った証拠ではないですよ」

「でも、知らない人がいるでしょう」

「行事に参加した方たちが写っているんですよ」

「じゃあ、なんでこんなところに貼ってあるんですか」

Aさんの質問に、私はすぐには答えられませんでした。

私たちにとっては、院内の行事写真を廊下に掲示することは特別なことではありません。しかし、Aさんは写真を見て、病室に誰かが入ったという不安を強めていました。

「大丈夫ですよ」「何もありませんよ」と繰り返しても、Aさんの表情はなかなか和らぎません。

私には、写真が何を示しているのか分かっていました。けれど、Aさんには、私が説明するだけでは納得できない何かがあるのかもしれません。

そこで私は、写真の正しさを説明することよりも、Aさんが何を心配しているのかを聞くことにしました。

「Aさん、自分の部屋に知らない人が入ったと思うと、気になりますよね」

Aさんは、少しこちらを見ました。

「そりゃそうでしょう」

「自分がいない間に、何かされたんじゃないかと思っているんですか?」

「そうです。勝手に入られたら困ります」

その言葉を聞いて、私はようやく、Aさんが何を守ろうとしていたのかを理解できた気がしました。Aさんにとって病室は、自分が過ごす生活の場所です。

そこへ知らない人が入ったかもしれない。自分がいない間に何かされたかもしれない。その不安がある状態で、何事もなかったように検査室へ向かうことは、Aさんには難しかったのです。

検査よりも気になっていた「自分の部屋のこと」

私は、Aさんの訴えを否定せず、まず気がかりを聞くことにしました。

「部屋のことが心配なんですね」

「そうです」

「今、ここで写真を見ていても、何があったのか分からないから気になりますよね」

Aさんは黙ってうなずきました。

「検査から戻ったら、一緒に病室の様子を確認しましょうか」

「…本当に?」

「はい。今、心配になっていることを、病棟のスタッフにも伝えておきますね」

すぐに納得したわけではありません。それでも、Aさんは先ほどのように強く移動を拒むことはなくなりました。私は、Aさんの不安が残っていることを意識しながら、検査室へ向かうことを改めて説明しました。

「検査室までは、あと少しです。ここから一緒に行きましょう」

Aさんはもう一度掲示物に目を向けましたが、今度は小さくうなずきました。

その後、検査を終えて病棟へ戻った際には、Aさんが部屋について心配していたことをスタッフ間で共有しました。写真は病院の行事の記録であり、病室に誰かが入った証拠ではありません。

ただ、その事実を伝えるだけでAさんの不安がすぐに消えるわけではありませんでした。

本人が何を見て、どう受け止め、何を心配しているのか。そこを知ったうえで関わる必要があると感じました。

「急に動かなくなった人」だけでは分からなかったこと

今回の出来事で印象に残ったのは、Aさんが車椅子を止めた理由を、最初は私がまったく理解できていなかったことです。

検査室の前で急に動かなくなる。声をかけても進もうとしない。その行動だけを見れば、「検査が嫌なのかな」「移動したくないのかな」と考えるのは自然なことかもしれません。

しかし、Aさんが気にしていたのは検査そのものではありませんでした。

掲示物を見て、自分の病室に知らない人が入ったのではないかと不安になっていたのです。私たちには何でもない写真でも、患者さんにとっては不安を強めるきっかけになることがあります。

認知症のある患者さんの言動には、周囲から見ると理解しにくいものもあります。

だからといって、本人にとって何の理由もないとは限りません。もちろん、本人の訴えをすべて事実として受け止めることと、不安な気持ちに寄り添うことは別です。

事実関係は落ち着いて確認しながらも、本人が何を怖いと感じているのかを理解しようとする。その両方が必要なのだと思います。

あの日、Aさんは「ここで止めてください」と訴えました。

その言葉だけを聞いていたら、検査を拒否しているように見えたかもしれません。しかし、視線の先にある掲示物に気づき、話を聞いたことで、Aさんが立ち止まっていた本当の理由が見えてきました。

目の前の行動だけでは分からない、その人が見ている世界。そこに目を向けることも、看護で大切にしたい関わりの一つだと思いました。



ライター:病院で6年勤務。現在は訪問看護師として高齢の方から小児の医療に従事。精神科で身につけたコミュニケーション力で、患者さんとその家族への説明や指導が得意。看護師としてのモットーは「その人に寄り添ったケアを」。


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