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「親を施設に入れるのは親不孝? 」罪悪感を手放し、親子が笑顔でいられる介護の選び方

  • 2026.9.25

「親を施設に入れるのは親不孝? 」罪悪感を手放し、親子が笑顔でいられる介護の選び方

「親のために」と思ってしていることが、実は親子を苦しめる原因になっているかも! 介護では、先回りして世話を焼くことが、必ずしもよい結果につながるとは限らないのです。これまで当たり前とされてきた介護の常識が、いま大きく変わりつつあります。介護のプロ・川内潤さんの新刊『介護前夜の教科書 親と自分の人生を壊さないための備え』(講談社刊)からお届けする第3回は、親の施設入居への悩みについて。

Q. 親を施設へ入居させるのは、親不孝では?

A. 入居を「家族が良い関係を続けるための選択」と捉え直して

家族による在宅介護は難しいもの。自立を見据えた「子育て」とは異なり、介護にはゴールがないからです。介護施設とは、介護のプロたちが、その人に合わせたケアをチームで考えてくれる場所。「親を介護施設へ入れるのは親不孝」という考え方は、思い込みだと思います。しかし、こうした見方は、まだまだ根強く残っています。

多くの人が、「本人の意向を汲んで、最期は家で看取ってあげるべきだ」と考え、家族で介護を担おうとしています。たとえば、父親が認知症になり、老いた母親が自宅で介護を続けているようなケースです。父親は「自宅での生活を続けたい」と言い、母親も「私が面倒を見たい」と言う。子どもとしては、その夫婦の思いを否定したくない一方で、このままでは母親まで倒れてしまうのではないかと心配になります。こうした老老介護では、「本人の希望」だけでなく、「介護しているもう一人の親をどう守るか」も同時に考える必要があります。

だからこそ、老人ホームをはじめとした高齢者の施設を、「家でみられなくなったときの最後の手段」と捉えないことが大切です。施設は、家族が介護を諦めて親を預ける場所ではありません。親本人の暮らしを守ると同時に、介護している家族の生活と心身を守るための選択肢でもあります。

極限まで無理を重ねた「壮絶な在宅介護」の末に施設に入居すると、家族側も疲れ果て、面会に来ても喧嘩ばかり、最期を看取る気力が残っていないこともあります。親にとって、一生懸命育てた子が会いに来てくれない、あるいは会うたびに言い争いになることほど悲しいことはありません。追い詰められる前に、まずは「施設は最後の手段」という認識を捨てましょう。早い段階から施設の情報収集を始め、親子が笑顔でいられる「最適な環境」を一緒に探しておくことが、結果として親孝行につながります。

さまざまな施設の情報収集をして、最適な環境を探す

良いケアを受けるための準備として、まずは親が「人の世話になること」に少しずつ慣れておくことが大切です。デイサービスなどの外部サービスを拒まず利用できている方は、施設に入ってもスムーズに新しい生活に馴染めます。逆に、拒絶が強いまま入居してしまうと、どんなに素晴らしい施設でも「食事も食べない、玄関で動かず『帰る!』と言い続ける」などという悲しい状況になりかねません。

そして、親が入居した後も「本来は自分が面倒を見るべきなのに」という罪悪感に縛られないようにしましょう。中には、入居した親の食事介助に毎日通う方もいますが、自分の生活を犠牲にして焦りながら行う食事介助は、親にとっても質の高い時間とは言えません。施設を「親を預ける場所」ではなく「専門家の手を借りて、親子の絆を健やかに保つ場所」と捉え、自分たち家族にとってどこが最も心地よい居場所なのか、早い段階から専門家や施設と対話を重ねていくこと。目標は、入居によって親と子が穏やかな関係を保つことです。

POINT

・やること▶施設入居も良い関係維持の選択肢の一つにする
・やらないこと▶施設入居は親不孝と決めつけない

※この記事は、『介護前夜の教科書 親と自分の人生を壊さないための備え』川内潤著(講談社刊)の内容を、ウェブ記事用に再構成したものです。

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