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49年前に放送された“昭和の大スター”の転換作 逝去した名脚本家が残した不朽のドラマ

  • 2026.10.24
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高倉健 (C)SANKEI

9月18日に逝去した倉本聰は脚本家として、『北の国から』を筆頭とする様々な名作テレビドラマを世に送り出してきたが、彼の書くドラマにはドキュメンタリーを観ているような生々しい手触りが常に存在した。
その代表が、1977年に放送された高倉健主演の連続ドラマ『あにき』である。

※以下本文には放送内容が含まれます。

神山栄次(高倉健)は鳶職の一家「神山組」の組頭として働きながら、妹の神山かい(大原麗子)と東京の人形町で暮らしていた。 ある日、恩人の岡村商会の主人が急逝したため栄次たちは葬儀を取り仕切ることになるのだが、そこで栄次は岡村家の娘・岡村恵子(秋吉久美子)と出会う。
葬儀を終えて数日後、岡村商会が多額の借金を抱えていたことが明らかとなる。
保証人となっていた近所の旦那衆は、借金返済のため岡村商会の所有していた栄次たちの暮らす土地を売却しようとするが、住人は猛反発。立ち退き反対のために団結する下町の住民たちと旦那衆の間で、栄次は板挟みとなる。

物語は、立ち退き反対運動で揺れる人形町を舞台に、栄次とかいの兄妹関係と、栄次と恵子の関係に焦点が当たる。理髪店で働く妹のかいは独身で縁談話が持ち上がるが、実は彼女には交際中の男性がいた。

一方、恵子は入院し、心配した栄次は看病することになるのだが、彼女の入院費を立て替えたことで、貯金がどんどん減っていく。

下町で生きる人々の日常を見守るような感覚

栄次は、責任感が強くて情に厚いため周囲の人々から慕われているが、思っていることを口にせず自分だけで悩みを抱えこんでしまうため、誤解されることがとても多い。何より彼には頑固で偏屈なところがあり、一度気に食わないことがあるとへそを曲げて周囲に当たり散らすところがある。その意味で完璧な人間とは言えないのだが、そういう欠点があるからこそ、親しみが湧いてくる。

そんな栄次を中心に物語は進むのだが、展開の早い令和のドラマと比べると、物語のスピードはとても穏やかで、このゆったりとした時間の流れがとても心地良い。

本作は、物語が前面に出過ぎないように抑制しており、栄次の鳶職としての仕事や近所の住人たちとの生活が丁寧に描かれている。そのため、栄次たちの日常を心配しながら見守っているような気持ちになっていく。これは『北の国から』シリーズを筆頭とする倉本聰のテレビドラマに共通する感覚だ。

地に足のついた日常が徹底的に描かれるからこそ、全ての登場人物に圧倒的な実在感が生まれており、テレビの向こう側に自分たちの現実と地続きの世界が存在し、栄次たちが本当に生きているかのように思えてくる。 その意味で、テレビドラマでありながら、ドキュメンタリーを観ているような面白さがあるのだが、このドキュメンタリー性を高めているのが、栄次の幼なじみの滝本ごろ(滝田ゆう)が節々で語るナレーションだ。
ごろは栄次たちが重大な局面に立ち会う度に、心の声でその状況について呟くのだが、小声でぼそぼそと話し、語尾で言い淀む消極的な語り口は、とても耳に残る。

倉本は1975~76年に放送された連続ドラマ『前略おふくろ様』で、萩原健一が演じる主人公の青年が、母親に宛てた手紙の文章というていで語るナレーションを、劇中で取り入れた。『前略おふくろ様』以降、ナレーションは倉本ドラマの重要な要素となっていくのだが、この独自の語り口によって、倉本ドラマのドキュメンタリー性はより強まっていった。

高倉健のドキュメンタリーとしての『あにき』

『あにき』のドキュメンタリー性は出演俳優の役柄にも当てはまる。主人公の栄次と俳優としての高倉健の性格やイメージは重なる部分がとても多いため、まるでドラマの形を借りた高倉健のドキュメンタリーを見ているような気持ちになっていく。

当時の高倉健は46歳で、1960年代に数々のヤクザ映画に出演してスター俳優となった後のキャリアを模索していた時期だったが、『八甲田山』と『幸福の黄色いハンカチ』という1977年に劇場公開された2作の映画が大成功したことで、万人に愛される国民的俳優としての地位を確立する。

『あにき』はこの2作と同じ77年に放送された作品だが、本作もまた、高倉健の転換点と言える作品だ。

倉本聰はヤクザ映画のスターだった高倉健の寡黙で不器用な男のカッコよさを最大限に生かしつつ、同時にそんな不器用さを愛すべき欠点として描いており、どこか高倉健のキャラクターを面白がっているようにも見える。

栄次は男前だが、不器用で言葉が足りないところがあり、そのことが原因で余計なトラブルを招いてしまう。そんな栄次の多くを語らない姿勢は、ヤクザ映画ならば“男の美学”として称賛されたものだ。だが、一般庶民が無言を貫くと周囲にとっては迷惑だという目線が『あにき』には存在しており、やがて栄次自身は、そんな自分の生き方と向き合うことになっていくのだが、その姿は俳優としての高倉健の自問自答にも見える。

倉本聰は俳優との交流を活発に行っており、脚本を書く際には、各俳優のパーソナリティを生かした役を当て書きするため、俳優からの評価がとても高かった。『あにき』の栄次は、高倉健本人の性格や当時置かれていた俳優としての状況がそのままドラマの中に現れている。

その意味でもドキュメンタリー的なドラマだったと言えよう。


作品情報:『あにき』U-NEXTにて配信中

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