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「母が女手ひとつで」高橋文哉、調理師免許をとる“きっかけ”となった【実家が営んでいた家業】とは?

  • 2026.9.4
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2024年撮影:【競馬大井】トークショーを行った高橋文哉 (C)SANKEI

料理が得意な俳優と聞くと、華やかな表舞台とはまた違う素顔が見えて、ぐっと親近感がわきますよね。俳優の高橋文哉さん(25)は、テレビ朝日系『徹子の部屋』で黒柳徹子さんと向き合い、母への感謝や調理科へ進んだ理由を語りました。では、高橋さんの料理好きにもつながった、実家のかつての家業とは?クイズ形式でご紹介します!

高橋文哉さんの料理好きを育てた家業とは?

高橋文哉さんは3人兄弟の末っ子で、中学生のときに両親が離婚。番組では、母が女手ひとつで兄弟を育て上げてくれたことに「母が女手ひとつで3兄弟を僕を含めて成人まで育てあげてくれた」と感謝を口にしました。

黒柳徹子さんからは、中学卒業後に高等専修学校の調理科へ進んだこと、そして実家が飲食店を営んでいたことも紹介されます。一体、高橋文哉さんが学生時代に手伝っていた実家のかつての家業とは何なのでしょうか?

ヒント…

  1. 持ち帰り用の食事を販売する店
  2. 仕込みや野菜の下ごしらえが大切

仕込みを手伝いながら芽生えた料理への思い

答えは……弁当屋です!

2026年8月6日、テレビ朝日系『徹子の部屋』に出演した高橋文哉さんが、実家のかつての家業について明かしました。黒柳徹子さんから「中学卒業後は高等専修学校の調理科というところにいらっしゃいまして。というのは実家が飲食店を営んでいらした」と紹介されると、高橋さんは「そうです」とうなずき、「中学生の終わりぐらいから、高校2年生ぐらいまでお弁当屋さんを実家がやっていて」と告白しました。

さらに、「その影響というわけでもないんですけれど、ふと母の家事を手伝うようになってきて」と振り返り、料理への興味が少しずつ育っていったと説明。入学後も「高校に入って(実家の)仕込みを手伝いながら」と語り、キャベツの千切りやサラダ用の野菜を切る練習を重ねていたそうです。

家族への感謝がにじむ原点

高橋文哉さんの実家のかつての家業は、弁当屋でした。華やかな俳優としての現在からは少し意外に感じる人もいるかもしれませんが、調理科へ進んだ理由や料理への関心の背景には、家族との日々があったようです。

母の手伝いをしながら仕込みを覚え、「ちょっとした親孝行にもなるし」と話す姿からは、家族を思う優しさも伝わってきます。母の味についても「男が好む、お肉とかしっかりした味付けが」と笑顔で語っており、料理は高橋さんにとって大切な原点のひとつなのかもしれませんね。

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