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社長が300人の「親の介護」「子の不登校」を聞く…支配人97%が女性の東横インが行う"100時間面談"の中身

  • 2026.3.4

ビジネスホテル大手の東横イン(東京都大田区)は、2025年3月期の売上が1439億円と過去最高を記録した。好調を支えるのは、外部からの積極的場採用だ。中にはホテル業界の未経験者もいるという。どういう基準で採用し、育成しているのか。東横インの黒田麻衣子社長に、ライターの市岡ひかりさんが聞いた――。

東横INN 取手駅東口 外観
「東横イン」の支配人の97%が女性

さまざまな業界で人手不足が問題となっている。女性活躍推進の機運は今まで以上に高まりつつあるが、実際の企業において女性の管理職起用は道半ばだ。

「令和6年度雇用均等基本調査」によると、管理職(課長相当職以上)に占める女性の割合はわずか13.1%。政府が2020年代のできるだけ早期に実現するとした「女性管理職比率30%」には遠く及ばない。

そんな中、ビジネスホテル最大手の東横インでは、全国約360店舗の支配人の、実に97%を女性が占める。特筆すべきは、支配人の75%がホテル業界未経験の人や専業主婦などからの中途採用者であり、定着率も高いという点だ。

一般的にホテル業界では離職率が高く、同社でもかつては従業員の離職率の高さに悩んでいたが「就任1年以内の支配人の離職率は改善し、4年連続で0人という年もある」(同社広報)という。

結婚・出産等でいったん退職した人、一度も社会人経験がない人を管理職として雇用する企業はまだ少ない。なぜ東横インでは、そうした女性たちが経営のプロとして開花し、定着しているのか。黒田麻衣子社長に聞いた。

通常、ホテルの支配人といえば、フロント業務や宿泊管理のスペシャリストが就くポストだ。しかし、東横インが求める人材に、ホテル経験は必須ではない。黒田社長が面接で必ず聞くことがある。

「リーダー経験があるかどうか。これだけはこだわって聞いています。会社の管理職である必要はありません。PTAの役員でも、部活のキャプテンでも、サークルのリーダーでもいい。何か一つのチームをまとめた経験があり、成功体験だけでなく『失敗したこと』を素直に語れる人を求めています。失敗を語れるということは、乗り越えられた、ということですから」(黒田社長、以下同)

第一号店の支配人は、近所の飲食店のママ

実際、東横インの支配人の約75%は外部からの採用であり、異業種や専業主婦からの再就職も多い。これは、創業時からの戦略だ。創業者である黒田社長の父・西田憲正氏は「今までにないホテルを作るのだから、業界の知識はない方がいい」と考え、あえて業界経験のない人を積極的に採用。第一号店の支配人は、近所の飲食店のママだったという。

もちろん業界経験者も採用しているが「スタッフが『この人だったらついて行きたい』と思えるような人かどうか」という人間力や人生経験を重視している。

いかに女性がいきいきと働ける職場を実現してきたのか。これは黒田社長自身の苦い“失敗談”と大きく関係している。

東横イン社長の黒田麻衣子さん。
東横イン社長の黒田麻衣子さん。

1986年に創業し、リーズナブルな料金体系で客室数を伸ばしてきた東横イン。だが、2006年には障害者用駐車場の違法改造などが発覚、2008年には松江店の地下から硫化水素が発生し、廃棄物処理法違反で西田社長(当時)が逮捕される事態に。ドイツで専業主婦として暮らしていた黒田氏が急遽帰国し、副社長に就任したのは、父の逮捕の2カ月後。2008年12月のことだ。

立て続けの不祥事にリーマンショックが重なり、2010年ごろ業績はどん底となった。役員が日々資金繰りに奔走するなか、黒田氏は「退職者が出ても補充しない」という厳しいコスト削減を断行した。

従業員の話を聞いていなかったのは私

「人を増やさなかったことで、稼働率が急に上がったホテルでは現場が対応できなくなってしまっていました。皆さん疲弊し、特に支配人、従業員がどんどん辞めていきました。『なぜこの人が?』と首をかしげたくなるような支配人も辞めてしまいました。一生懸命現場のことを考えていたつもりでしたが、完全に現場を無視した号令をかけていたんです。社員がみんな下を向いていて、社内の雰囲気も良くありませんでした」

転機となったのは、2012年。東日本大震災後の復興需要もあり、業績は徐々に回復してきた。同年、黒田氏は社長に就任。現場にも余裕ができ、自然とその声が社長の耳にも入るように。それまで支配人に「従業員の話をよく聞いて」と指示していたのに、話を聞いていなかったのは私自身だったのでは――。そう気づいた黒田社長は、毎年、支配人全員と面談を行うことを決めた。

1人20分程度、最近ではオンライン面談に移行したが、じっくり支配人一人ひとりと向き合う。そこで語られるのは、業務報告だけではない。介護、子育て、自身の健康、家庭の悩み……。プライベートについても必ず聞くようにしている。家庭が安定していないと仕事に注力できないという考えからだ。

「基本的にはおしゃべりな女性が多いので、自然といろいろ話してくれます。『実は親の介護が始まって』『子供が不登校で』と。そうした背景を知っているだけで、会社として対応ができます」

300人×20分=100時間の面談

面談を始めて2、3年してようやく相互理解が深まってきた。ある支配人からは「初めは『わざわざ遠方から呼び出して、何の話をするんだろう』と思っていた」と明かされたこともある。今では面談はすっかり定番化。貴重なコミュニケーションの時間となっている。

現在は支配人が300人を超え、全員と話すと約3カ月分の会議時間が必要になり他の業務に支障がでるほどなので、やむなく一昨年から人材開発部長と分担しているというが、2年に一度は必ず顔を合わせるようにしているという。

日本において女性の管理職登用が進まない理由には、ロールモデルの不在も大きい。育児や介護、そのほか女性特有の体調不良などとどう折り合いをつけながら働くのか。相談相手がおらず、悩みや孤独感を募らせてマネージャーになるのをしり込みしたり、退職してしまう人は少なくない。一方、東横インでは支配人同士の「井戸端会議」のような横のつながりが、セーフティネットの役割を果たしている。

「毎月行われるエリア会議では、業務報告ももちろんですが、雑談も活発です。仕事の相談はもちろんですが、『子供が不登校で』と悩む支配人を、別の支配人が『うちもそうだったけど、なんとかなるわよ』と励ましたりする。女性特有のがんを経験した支配人が、同じ病気の人の相談に乗ることもあります。相談相手やロールモデルの存在は本当に大きいと思います」

黒田社長は「楽しく仕事がデキる環境があれば、支配人などマネジメントに挑戦したいという人は自然に出てくる」と話す。
黒田社長は「楽しく仕事がデキる環境があれば、支配人などマネジメントに挑戦したいという人は自然に出てくる」と話す。
「辞める前に休んでよ」

柔軟な働き方ができることも大きい。東横インでは、基本的に時間の使い方が本人に委ねられている。

「支配人には『自分で時間をコントロールしてください』と伝えています。朝来ても、夜来てもいいですし、病院に行ってから出社してもいい。それをいちいち会社に許可を取る必要はありません。スタッフに『今日は遅れるね』と言っておけばそれでいいんです」

40代、50代の女性支配人たちは、育児と介護の両方を担う「ダブルケア」に直面している人も少なくない。24時間365日稼働するホテルという職場でありながら、自らの裁量で時間を調整できる環境が、離職を防いでいる。

「私自身、夫と戦いながら子育てをしてきました(笑)。だからこそ、家庭の大変さは痛いほどわかります。支配人には『辞める前に休んでよ、介護休暇もあるからね』と伝え続けています」

また、業務の引き渡し方も見直した。以前は「着任初日から全責任を負わせる」ようなスパルタ方式だったが、業務を切り分けて徐々に渡していくスタイルに変更。この結果、かつて高かった支配人の1年以内離職率は、ここ数年で劇的に改善し、一時は4年連続でゼロに。最近では、いきいき働く支配人に刺激を受け「私もやってみたい」と従業員から支配人にチャレンジするケースも増えてきた。

「ぬいと一緒にお泊り会プラン」のイメージ図
東横インが最近始めた「推し活プラン」は女性社員からの発案だったという。画像は「ぬいと一緒にお泊り会プラン」のイメージ図。お客が持参したぬいぐるみやアクリルスタンド専用のお泊りセット(ベッド・ガウン)がついている。
地方にはまだまだ優秀な人材がいる

「以前は『支配人になったら大変だよ』という声もあり、なかなか手が挙がらなかったのですが、『やってみたい』と思ってくれる人が増えてきたのはうれしいですね」

地方では、高いポテンシャルがあり、かつマネジメントに対して意欲的な女性でも「管理職として女性は雇ってもらえない」といった悩みを持つ人もいる。都心と比べ、地方はまだ女性の管理職ポストは少ないのが現状だ。東横インは、そうした潜在的な労働力を「支配人」という責任あるポジションで開花させ、地方経済の活性化にも一役買っている。

「私自身、男性社会で戦ってきたわけではありません。女子校育ちのせいか、女性だから損をしたと感じたこともないんです」と笑う黒田社長。その自然体のリーダーシップが、無理なく、しなやかな女性活躍のモデルケースを作り上げている。

市岡 ひかり(いちおか ひかり)
フリーライター
時事通信社記者、宣伝会議「広報会議」編集部(編集兼ライター)、朝日新聞出版AERA編集部を経てフリーに。 AERA、CHANTOWEB、文春オンライン、東洋経済オンラインなどで執筆。2児の母。

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