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川添愛「言葉のセンス研究所」(2)周囲を凍りつかせずにおやじギャグを言うには

  • 2026.2.11

「センスのある言葉」の対極にあると思われる「おやじギャグ」。周囲をドン引きさせないどころか、「価値」や「お得感」を感じさせるためのおやじギャグ・テクニックとは?

気鋭の言語学者・川添愛さんが日常に飛び交う会話を様々な角度から分析し、「言葉のセンス」を探求する言語学エッセイ連載第2回です!

こういう連載を始めてしまった以上、「言葉のセンスとは何なのか」を考えざるを得なくなった。あくまで現時点での見解だが、言葉のセンスとは「意味内容とは別の、付加価値のようなもの」ではないかと考えている。意味がちゃんと分かるとか、意図がきちんと伝わるとかは当然のこととして、さらに「お得感を感じさせる何か=言葉のセンス」という見方だ。

そういった「付加価値」や「お得感」の中で、一番分かりやすいのが「ユーモア」だ。しかし、これはかなりハードルが高い。

先日、とある人生相談の企画で、50代の女性から「おやじギャグを言う癖があり、真面目な場面でもつい口に出してしまい、盛大にスベッて空気を冷やすことがある」という相談が寄せられた。これを聞いたとき、古い記憶がありありと蘇ってきた。

若かりし頃、料理教室に行ったときのこと。単発の講座で、先生も他の生徒もみな初対面。天ぷらの下ごしらえの説明中、先生はエビを一尾手に取り、「エビは、もともと曲がっている方と反対側に曲げます」と言った。そして、そのエビを文字どおり「えび反り」に曲げながら、こう言い放った。「イナバウアー」と。

その場は凍りついたし、私も耳を疑った。もちろん、私にもそれが「反ったエビと、フィギュアスケートで身体を大きく反らしながら滑る技をかけたギャグ」であることは理解できたが、一ミリも笑えなかったのである。その後、先生は何事もなかったかのように次の説明に移った。そのメンタルの強さには感服した。

たぶん、あの先生も相談者と同じタイプの人なのだろう。しかし「イナバウアー」の一件を思い出すに、「おやじギャグを言う癖」はなかなか厄介だし、鋼のメンタルを併せ持つ必要がある。それにそもそも、おやじギャグで人様に価値を感じさせるのは難しい。「センスのある言葉」の対極にあるような存在だからだ。

だが、おやじギャグを言いたくなる気持ちは少し分かる。私はギャグこそ言わないが、モノマネ(とくにプロレスラーの真似)は結構するし、人前でもしてしまいそうになるときがある。以下では同情ついでに、そういう人たちがどうすれば周囲を凍りつかせずにおやじギャグを発することができるか、さらにおやじギャグに「価値」や「お得感」を付け加えることは可能かを考えてみたい。

自分のギャグに「ブランド感」と「レア感」をまとわせる

ヒントになるのは、学生時代の友人である。彼女は「時計なんか、ほっとけい!」のようなベタなギャグを頻繁に口にしていたが、周囲を戸惑わせることはなく、むしろ喜ばれていた。

今考えると、彼女はギャグを口にする場を巧みに選んでいたと思う。「ちゃんとツッコんでくれる人がいる場所」でしか言わなかったからだ。私見では、おやじギャグの破壊力はプロレス技に相当する。きちんと受けてくれる人がいないと魅力が伝わらず、受け身の取れない相手に出すと危険だという点でも、おやじギャグはプロレス技と似ている。

また、彼女のキャラクターが「ノリの良い愛されキャラ」であり、周囲がツッコみやすかったという点も無視できない。それを考慮すると、初対面の人とか上司とか先生とか偉い人とか、ツッコみづらい人のギャグが扱いづらいというのも頷ける。

つまり、どうしてもおやじギャグを言いたい場合は、ツッコみやすい雰囲気を醸しつつ、きちんとツッコんでくれる人がいるところで言う、というのが最大公約数的な答えになりそうだ。だが、それだと相談にあったような「つい口に出してしまう」状況には対応できないかもしれない。そういう場合でも周囲を凍りつかせず、逆に価値を感じさせる方法はないか。そこで提案したいのが、自分のギャグに「ブランド感」と「レア感」をまとわせる方法である。

そのためには事前の準備が必要だ。自己紹介の機会なんかを利用して、周囲の人々に「実は私、おやじギャグを言う癖があるんです」と宣言するのだ。つまり、自分自身を「ギャグの名産地」としてブランド化するわけだ。と同時に、「でも、人前では言わないようにしている」とか「その癖を直したいと思っている」と言って、自身のギャグが「なかなか聞けないレアもの」であることを印象づけておく。

そうすれば、「どんなギャグを言うんですか?」と興味を持ってもらえるかもしれないし、「聞きたいから言ってみてください!」と頼まれるかもしれない。中には「もし言ってるところに出くわしたらツッコんでやろう」と、機会を虎視眈々と狙う人も出てくるかもしれない。そういう土壌が作れれば、不意にギャグが出てしまったときに「○○さんのギャグを聞いた!」「ツッコミを入れてやった!」と喜ばれる可能性が出てくる。

なぜこんな提案をするかというと、私自身がこの方法で成功したからだ。さっきも言ったように、私にはモノマネをする癖がある。ろくに知らない人の前でそれをいきなりやっても、スルーされるかドン引きされるかのどちらかだったが、あるとき著書の中で「毎日家でアントニオ猪木のモノマネをしている」「でも人前ではやらない」と書いたところ、読んだ人から「見たいからやってください!」と頼まれるようになったし、ポロッとやってしまったときに「生で見た!」と有り難がられるようになったのである。

「これのどこが、"言葉のセンス" に関係あるんだよ」と思われるかもしれない。だが、「センスを感じさせる言葉づかい」には、単に表現を工夫することだけではなく、自分の言葉の価値が高まるような「文脈づくり」も含まれるのではないか。おやじギャグを言う癖のある人は、一度お試しいただきたい。(ただし、苦情はいっさい受け付けない。)

川添愛(かわぞえ・あい)

言語学者、作家。九州大学文学部、同大学院ほかで理論言語学を専攻し博士号を取得。2008年、津田塾大学女性研究者支援センター特任准教授、12年から16年まで国立情報学研究所社会共有知研究センター特任准教授。著書に、『白と黒のとびら』『働きたくないイタチと言葉がわかるロボット』『ふだん使いの言語学』『言語学バーリ・トゥード』『世にもあいまいなことばの秘密』『日本語界隈』(ふかわりょうとの共著)『「わかってもらう」ということ 他人と、そして自分とうまくやっていくための言葉の使い方』『パンチラインの言語学』など多数。

文=川添 愛
イラスト=Akimi Kawakami

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