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「網膜が1週間かけてはがれて…」パリコレモデルが左目を失明しても追いかけた光

  • 2026.1.17

2024年のパリ・コレクション、いわゆる「パリコレ」にも参加したファッションモデルが、札幌にいます。
女性には、左目失明という障害がありますが、福祉的な支援の「谷間」に置かれてきました。

札幌出身のモデル「段差がまったくわからない」

札幌・東区にある札幌光星高校です。ここは札幌出身のファッションモデル、吉野奈美佳さん(29)の母校。
10年ぶりに訪れた母校で足が止まったのは…階段です。

「やっぱり、段差がまったくわからない」

Sitakke
ファッションモデル 吉野奈美佳さん

一段ずつ確かめるように上っていく吉野さん。実は左目の視力がありません。
上り切ると、こんな言葉を口にしました。

「怖い階段を上り終えました。左目が見えないので階段の段差が分からないし、スリッパも脱げやすいじゃないですか。余計に危なくなるんですよね」

Sitakke

国内だけでなく、海外で活動を続ける吉野奈美佳さん。
2024年は「パリコレ」のランウェイにも立ちました。その歩みには、強い思いが秘められています。

生まれてからの視力と、小2のときに起きたこと

Sitakke

「生まれてから小学校2年生までは弱視。光が暗いか、あるいは明るいか…とか、物がぼやけて見える、そういう状況でした」

眼球がうまく発達しない先天性の疾患「第一次硝子体過形成遺残」が原因で、左目は光を感じ取れる程度の視力でした。
そして、小学校2年生のとき…

「すごく目を刺すような痛み…1週間かけてちょっとずつ網膜がはがれて…」

眼球の萎縮などから、網膜がはがれ、左目の視力を完全に失いました。
右目の視力は、コンタクトレンズを入れて1.0ありますが、左目を失明しているため、視野は狭く、遠近感がつかめません。

Sitakke

「例えば、道路や公園の小さな段差のあるところが、片目が見えていないと、段差がまったくわからないので...私たち片目失明者には平面に見えています」

今も卒業アルバムは開けない

Sitakke

人にぶつかってしまう。そして段差に気づけない。
雪が積もり、凍結した路面は、凹凸があるため、特に危険です。

小学校や中学校では、周囲から容姿のことで心無い言葉が向けられる場面もありました。

「みんなとは違う自分がすごく嫌いだったし…自信をなくして、本当に内気になって、常に家にこもる暗い生活を送っていました」

辛かった記憶がよみがえる卒業アルバムを、吉野さんはいまも開くことができません。

そして、生きづらさはそれだけではありません。

どちらの世界にも排除される

Sitakke

それは、片目失明者が『福祉的な支援の谷間に置かれている』という問題です。

「健常者と障害者、どちらの世界からも排除されるんですよね。片目失明者は障害者の認定を受けられないんです」

現在の法律(身体障害者福祉法)では、片目が失明していても一方の視力が「0.6」を超えると、障害者の認定を受けることができません。

吉野さんのような片目失明者は、障害者とも健常者ともされない、いわば「グレーゾーン」に置き去りにされている人が少なくありません。

そうした支援の谷間に置かれてきた吉野さんには、幼いころから心に灯し続けた夢がありました。

ミス・ユニバースとの出会い

Sitakke

「たまたま『ミス・ユニバース』を密着取材しているテレビ番組が目に入って、きれいなお姉さん方が、毎日アスリートのようにトレーニングして、自分に影響力をつけて、世界に何かを発信するっていう姿をみて『カッコいいな』って思って…」

ミス・ユニバースなどを取り上げた雑誌や新聞記事を見つけては切り抜き、女性たちの美を掘り下げる書籍を読み漁りながら、憧れを胸に秘め続けました。

夢を叶えるため、「光」を追い続けた吉野さん。
あきらめない彼女の姿と恩師との出会いを後半の記事でお届けします。

文:HBC報道部
編集:Sitakke編集部あい

※掲載の内容は「今日ドキッ!」放送時(2025年12月15日)の情報に基づきます。

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