1. トップ
  2. 27年前、後の“平成の歌姫”が放った真実の叫び 初期の透明感を脱ぎ捨てた“鋭利な輝き”とは

27年前、後の“平成の歌姫”が放った真実の叫び 初期の透明感を脱ぎ捨てた“鋭利な輝き”とは

  • 2026.2.22

1999年。90年代という大きな物語が幕を閉じようとしていたあの頃、街には期待と不安が複雑に混ざり合った、どこか落ち着かない空気が漂っていた。携帯電話の画面を見つめながら、誰もが手探りで「自分だけの居場所」を探していた時代。そんな喧騒の隙間を縫うように、冷たく澄んだ冬の空気を震わせながら届けられた一曲がある。

浜崎あゆみ『WHATEVER』(作詞:ayumi hamasaki・作曲:Kazuhito Kikuchi)――1999年2月10日発売

圧倒的な強さを秘めた旋律。この曲がリリースされたとき、私たちは彼女の歌声の中に、単なる悲しみではない、前を向くための「意志」を明確に感じ取ったのかもしれない。

凍てついた季節に、ただ一人で灯した確かな熱量

1999年という年は、彼女にとってまさに激動のプロローグだった。前年に『poker face』で歌手デビューを果たし、またたく間に若者たちの代弁者としての階段を駆け上がっていた彼女。しかし、この『WHATEVER』が発表された時点では、まだ後の「平成の歌姫」という絶対的な称号が固定化される前の、どこか危うく、それでいて鋭利な輝きを放っていた時期だ。

この楽曲の最大の特異性は、その温度感にある。作曲を手がけたのは菊池一仁。彼が紡いだメロディは、どこまでもキャッチーでありながら、同時に北風のような切なさを孕んでいる。

そこに、彼女自身による言葉が乗る。彼女が綴る言葉は、当時の多くのアーティストが描いていた「甘い恋」や「理想の未来」とは少し違っていた。もっと泥臭く、もっと現実的で、「今ここにある痛み」を隠さずに引き受けるような潔さがあった。

派手な演出で着飾るのではなく、むき出しの感情をそのまま音楽という形に落とし込んだような響き。それが、何かを諦めかけていた私たちの心に、静かに、でも確実に刺さったのである。

undefined
1998年12月、渋谷109で初アルバム発売イベントに登場した浜崎あゆみ(C)SANKEI

静寂を切り裂く、魂が震えるような叫びの行方

この曲を語る上で、どうしても避けて通れない部分がある。まるで祈りを捧げるかのように、あるいは自分自身を鼓舞するかのように繰り返される「Wow wow wow」というフレーズだ。

それは歌声の枠を超え、聴く者の耳の奥に残る「叫び」に近い響きを持っていた。言葉にできない感情、形にできないもどかしさ。そうした実体のない重圧をすべて振り払うかのように放たれるその歌声は、当時の若者たちが抱えていた閉塞感を、一瞬にして突き破るような爽快感を与えてくれた。

彼女のボーカルスタイルも、この時期に大きな変化を見せていた。初期の透明感ある響きに、少しずつエッジの効いた力強さが加わり、聴き手の魂を直接揺さぶるような熱を帯び始めていた。

「綺麗に歌うこと」よりも「届けること」に重きを置いたような、その切実な表現力。叫ぶように歌い上げるその姿に、私たちは「自分の代わりに泣いてくれている」ような、不思議な安らぎさえ覚えたものだ。

この曲は、単に消費される音楽ではなく、寄り添い、共に歩むための「光」として機能していた。

時代を象徴するアイコンへと羽ばたく、決定的な転換点

『WHATEVER』というタイトルが示す通りの、不敵なまでの決意。このシングルを境に、彼女の表現はより多角的になり、ビジュアルを含めたトータルプロデュースの面でも圧倒的な存在感を放つようになっていく。

金髪のショートヘア、大きな瞳に宿る強い光。彼女が歩む道は、決して平坦なものではなかっただろう。しかし、この曲で示した「叫び」があったからこそ、彼女は誰の目も気にすることなく、自分だけの聖域を築き上げることができたのではないか。

振り返れば、あの冬。私たちは冷たい風に吹かれながら、ヘッドフォンから流れるこの曲を何度もリピートしていた。たとえ世界が自分を拒んだとしても、この歌声だけは自分の味方でいてくれる。そんな根拠のない、けれど揺るぎない確信。それが、私たちが彼女という表現者に託した最大の信頼だった。

今、改めてこの曲を聴いてみる。彼女の歌声が流れた瞬間、一瞬にして1999年の冬空が目の前に広がる。あのとき感じた孤独も、小さな希望も、すべてはこの旋律の中に大切に保管されている。流行は移ろい、街の景色は変わり果てた。それでも、自分を信じて叫び続けることの尊さを教えてくれたあの歌声は、今も私たちの心の中で、静かに、けれど力強く鳴り続けている。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。