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「本を架け橋に」──ミウッチャ・プラダが主宰する文芸サロン、ミュウミュウ リテラリークラブが上海で開催

  • 2025.12.5

11月のある週末。上海の静安区でいつもとは違う光景が見られた。金箔の屋根が輝く古刹と南京西路の雑然とした店々に囲まれて建つ上海展覧センターの門をくぐり、列柱の間を抜ける、スマートな服装をした地元の人たちの姿が。皆、パステルカラーのテイクアウト用コーヒーカップを片手に、一様に本を何冊も抱え、センターの中庭の噴水の周りやビルの西棟へと続く長い階段に沿っておしゃべりに興じていた。よく見れば、そこにいた多くの人たちは、あるブランドのロゴがあしらわれた服を身に着けている。アーチがかった、個性的な丸文字。紛れもなくミュウミュウMIU MIU)のロゴだ。

毎年春にサローネ・デル・モービレ(ミラノサローネ)に伴い、ミラノではさまざまなイベントが行われる。その中でもここ2年、絶対的なハイライトとして注目されてきたのがミュウミュウ リテラリークラブだ。そんな注目度の高いイベントが今年は上海にも上陸。数日間にわたり、ミセス・プラダことミウッチャ・プラダ自身が選んだ女性作家の著書について作家や思想家たちがパネルディスカッション形式で語り、合間にミュージシャンや詩人によるパフォーマンスが行われた。今年4月にミラノで開催された第2回に続き、「A Woman's Education(女性の教育)」のテーマを柱に、フランスの実存主義者シモーヌ・ド・ボーヴォワールの『離れがたき二人』と日本の昭和時代を代表する女流作家の円地文子の『女坂』に加え、現代中国文学において最も偉大な作家のひとりとして広く知られている先駆者的存在のアイリーン・チャン(張愛玲)の『The Fall of the Pagoda(原題)』が取り上げられた。

「チャンは女性作家だけでなく、中国近代文学全体を代表する人物です。彼女の作品は必読です」と同済大学人文学院の教授であり、この日の講演者の招集を任された張平金は言う。上海に向かうまでの間に『The Fall of the Pagoda』をほぼ完読した私も張と同感だ。1920年代から30年代にかけて急速に変化する上海を舞台に、没落しつつある貴族の家庭に生まれた若い女性の旅路を描いたこの作品は、心を揺さぶると同時に、不気味なほど時代を超越している。また、ド・ボーヴォワールや円地の小説と同様、本作はチャンの著書の中でも知名度が低い作品のひとつであり、張曰く「見過ごされてきた傑作」だ。そういった意味で、“隠れた名作を再発掘する”というリテラリークラブの精神にも、この日選出された3作品は合致していた。

「良い物語は人々を結びつけ、議論を活性化させる」

ミュウミュウ リテラリークラブは偶然にも最善のタイミングで成長している。ここ数シーズン、ファッション界では文学への関心が高まっており、モデルが自身のブッククラブを立ち上げたり、デザイナーが服に本の抜粋をプリントしたり、ブランドが名作小説の表紙をあしらったトートバッグを打ち出したりしている。しかし、いつものことながら、ミセス・プラダは独自の道を行く。

ミュウミュウは長年、文化の発展につながるプログラムに力を入れてきている。主に知られているのは女性映画監督にオリジナル短編映画の制作を依頼する「Women's Tales」だが、リテラリークラブも「Women's Tales」と同様、決してままごとではない。誰でも参加できる女性作家同士の対談を企画するほか、「Summer Reads」と題したプログラムを通じて、リテラリークラブで紹介された各書籍を数千部、世界各地のポップアップで来場者に無料で配布してきた。

(また、メゾンがそのシーズンで探求したテーマを掘り下げている作品をさりげなく選出しているあたりも抜け目がない。例えばミュウミュウの2026年春夏コレクションにはエプロン、ピナフォア、ハウスコートといった家庭生活を象徴するファッションが登場した。そしてそれらは特に円地の小説で描かれているメイドや妾の心の内に一種の共通点があることは認めざるを得ない)。

円地文子の『女坂』を朗読する俳優のリー・ゲンシー。
円地文子の『女坂』を朗読する俳優のリー・ゲンシー。
パフォーマンスを行ったHipersonのリードボーカル、チェン・スージャン。
パフォーマンスを行ったHipersonのリードボーカル、チェン・スージャン。

対談はミラノで見るミッドセンチュリー風の図書館のように装飾された、広々とした明るいホールで行われた。波打つ深紅のベルベットのカーテンの前に設置されたステージにはジュエルトーンの黄色いソファが、そしてあたりにも同じ色のソファとマルセル・ブロイヤーの椅子が並べられていた。

まず、2020年に出版されたばかりのド・ボーヴォワールによる半自伝的小説『離れがたき二人』についてディスカッションが行われた。ふたりの10代の少女の情熱的な友情を描いた心えぐる物語で、フランス文学の研究者であるパネリストの袁暁怡は、「彼女たちが逃げたかったしがらみは今も感じられ、抜け出したかった苦境は今も存在しています」と考察する。「小説を書いているときでさえ、ド・ボーヴォワールという作家は現実主義者だったのです」

また、『離れがたき二人』の語翻訳者である曹冬雪を含むパネリストたちは、ド・ボーヴォワールが1955年にジャン=ポール・サルトルとともにここ中国を訪れたことについても言及した。ふたりは中華人民共和国建国後にいち早く中国を訪れた学者たちで、「だからド・ボーヴォワールは、私たちの旧友なのです」と袁は言い、来場者たちの笑いを誘った。

ランチには和牛のミニサンドイッチやズッキーニを挟んだチャバタ、アイスティーやネグローニといった、この日紹介された作品に沿った、東洋と西洋を折衷させたメニューが振舞われた。そして成都市を拠点に活動するインディーズバンドHipersonのリードボーカル、チェン・スージャンによるパフォーマンスが終わると、チャンの『The Fall of the Pagoda』について論ずる午後の部が始まった。

偶然にも、今年はチャン没後30周年だ。そんな節目の年に行われた対談はこの日の言わば要で、今年のカンヌ国際映画祭で注目を集めたビー・ガン監督の『Resurrection(原題)』に出演している俳優でミュウミュウのアンバサダーであるリー・ゲンシーによる朗読から始まった。

ディスカッションを進行したのは、マレーシア出身の中国人作家兼ジャーナリストの李子淑。チャンの作品に対する批評も臆することなく述べた彼女は、特に主人公の母親の描き方に対して不満を抱いたと言う。一方で中国出身の現代小説家の翁安は、主人公がたどる旅路と女性として解放された自分自身の体験がどこか類似していると指摘し、自身の円満離婚や、作家になる夢を追い求めるためにジャーナリストとしての安定したキャリアを捨てた経緯について率直に語った。「自分の夢を追い求めるのは、利己的なことではありません」と翁。「夢を追うときに感じる罪悪感をできるだけ少なくする手助けをしたいのです」と続けた。

最前列で熱心に耳を傾けていた人々の反応から察するに、学生たちにとっても、ミュウミュウを身に纏った俳優やミュージシャンたちにとっても、年配の教授たちにとっても、翁のメッセージは心に響くものだったようだ。

張は「ド・ボーヴォワールのように作家であると同時に思想家でもある」パネリストを選ぶことに気を配ったという。「さまざまな成長段階にある女性を代表するようなスピーカーたちが欲しかったのです」と話す彼女は、ド・ボーヴォワールとサルトルの関係をめぐる議論が交わされたことに気持ちが踊った。参加した若い女性たちの多くがサルトルのド・ボーヴォワールに対する扱いに異論を唱え、議論が思いの外盛り上がったという。「ものの見方の変化に心動かされました。女性の人間関係の捉え方がいかに進化してきたかを反映しています」

「人々を結びつけ、議論を活性化させるものとして、良い物語に勝るものはない」──この日行われた対談は、ミュウミュウ リテラリークラブ、ひいては「Women's Tale」プログラムが大成功を収めた理由も物語っていた。「文章を、そして小説そのものを起点にして、私たちが今いる中国と世界の現実を語りたかったのです」と張は付け加えた。

夜になっても参加者たちは本について熱く議論を交わし続け、対談が行われたホールは違う意味でのクラブに変身。煌めくディスコライトの下、話題のアルト・ポップ・シンガーソングライターのレクシー・リウがヒット曲を演奏し、熱気にあふれるナイトクラブへと一気に様変わりした。しかし、一歩廊下に出ると、棟の片隅にひっそりとある図書スペースにはまだ10人ほどの参加者がいて、リウの音楽が遠くに響く中、本を読みふけっていた。

「はじめから単に本を読み解くのではなく、本を架け橋にすることが目的でした」と張は私に語っていた。そういう意味では、今回のミュウミュウ リテラリークラブは成功に終わったと言えるだろう。

Text: Liam Hess Adaptation: Anzu Kawano

From VOGUE.COM

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