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朝ドラで見せた“笑顔の裏”に潜む影… 喜劇と悲劇を同時に表現できる“唯一無二の存在”に称賛の声

  • 2025.10.31
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『ばけばけ』第5週(C)NHK

明治の松江に“異邦人”がやって来た。英語教師として招聘された異国人であるレフカダ・ヘブン(トミー・バストウ)。彼を迎えたのは、しじみ売りとして懸命に生きるヒロイン・松野トキ(髙石あかり)だった。朝ドラ『ばけばけ』第5週「ワタシ、ヘブン。マツエ、モ、ヘブン。」は、文化の衝突を笑いに変えつつ、人間の“恐れ”と“共感”を見つめ直す章として鮮やかだった。

チャーミング三段活用:笑い→好奇→脆さ

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『ばけばけ』第5週(C)NHK

松江の港には、大勢の見物客が集まっていた。初めての外国人教師を見ようと熱狂する群衆のなか、手を振りながら現れたヘブンは、嬉々としてたどたどしい日本語で挨拶をする。少しズレた抑揚だが、その拙さがどこか愛らしい。

歓迎式典が控えているにも関わらず、三味線の音が聞こえてくるや否や、通訳・錦織(吉沢亮)の話などそっちのけで踊り出してしまう……ヘブンの無邪気な行動に、視聴者からも「ヘブン先生、とにかくかわいい」と声が挙がっている。

しかし、ヘブンの笑顔の奥には、うっすらとした影があった。握手を交わしたトキは、彼の手が震えていたことをしっかり記憶にとどめている。この“微震”こそ、第5週を貫く主題……人前に立つことの恐怖の伏線だった。

コメディの皮をまといながら、画面には常に“不安の気配”が仕込まれている。松江の町の賑わいを包むような霧、遠くで鳴り続ける鐘の音。『ばけばけ』らしい幻想的な演出が、異文化の出会いを一段と深いドラマへと導いていく。

ヘブン先生の魅力は、その“チャーミングさ”に尽きる。トミー・バストウの演技は、笑いと繊細さの振れ幅が実に広い。三味線に合わせて踊る場面では、フィジカルの軽さがコメディを押し出す。一方、糸こんにゃくを虫と勘違いして悲鳴を上げる場面では、子どものような無垢さが滲む。そして、これらの“笑い”は、後半に訪れる“沈黙”への布石となる。

ヘブンが宿泊する花田旅館のシーン。朝食を運んできた女中に向かって、「タベタクナイ!」と怒鳴る。場のトーンが一瞬にして凍る。それは外国人の癇癪でもなく、偏食でもない。食べ物を拒むという行為の裏にあるのは、これから教師として人前に立つ恐怖だと気づくのは、トキだけだった。

演出も見事だ。外の世界では風鈴や蝉の声が響き、夏の光があふれているのに、障子の内側だけが不気味な静けさに沈む。音と沈黙の対位法が、ヘブンの孤独と怯えを浮き彫りにする。いわば人間臭さが漂うトミー・バストウの演技術が光る。

トキの共感が開ける扉:“見抜く”演技と“待つ”演技

錦織が焦りながら障子を開けようとしたとき、トキが「ヘブン先生は、怖いんだないでしょうか」と制する。トキは、初対面の握手の記憶、震える手や浮かない表情を思い返し、つなぎ合わせて“恐怖の正体”を言語化してみせた。

これまでの朝ドラヒロイン像とは、少し違うかもしれない。明るく励ますでも厳しく叱るでもなく、相手の沈黙を観察して言葉を選ぶ。髙石あかりの静かな眼差しが、その慎重さと優しさを体現している。

その一言を受け、錦織が伝える。立派な言葉は必要ない、あなたの言葉を、あなた自身を待っている生徒たちがいることを。ヘブンはやがて、その目に光を取り戻し、一度は拒絶した朝食を食べ始めた。食事をふたたび受け入れるその仕草は、勇気の再起動を象徴する。

異邦人の“震える手”が照らす、ばける予感

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『ばけばけ』第5週(C)NHK

この週で明かされる衝撃の事実は、ヘブンは教師ではなく、記者だったというもの。日本での滞在記を書くため、取材でやって来た男が教壇に立たされる構図。この“肩書きのねじれ”が、彼の可笑しさと不安を同時に生み出す。

バストウはその二重構造を、視線の動きで表現する。目が常に“対象”を追う……その様は子どものようで、記者のようでもある。見る者が見られる瞬間の脆さが、彼のキャラクターを人間味豊かにする。

第5週を締めくくるのは、ヘブンがふたたび箸を手にし、食事をとる場面だ。この行為が、異邦人を“理解される人間”へと変える儀式のように見える。トキが語った「ヘブン先生も人間です。私たちと同じ……」という一言は、文化や国境を越えた共感の原点だ。幽霊より怖いのは、人の視線。けれど、その視線がやわらぐとき、人は“ばける”。ヘブンもまた、この町に受け入れられる“変化”の途上にある。

トミー・バストウは、笑わせてから泣かせる俳優だ。笑顔の奥にある震えを見せることで、異国人というキャラクターを“他人”ではなく“私たち”に引き寄せた。その可笑しみと繊細さのバランスは、まさに“チャーミングの極意”。文明開化の物語を、こんなにやわらかく、あたたかく描けるのは彼しかいない。


連続テレビ小説『ばけばけ』毎週月曜〜土曜あさ8時放送
NHK ONE(新NHKプラス)同時見逃し配信中・過去回はNHKオンデマンドで配信

ライター:北村有(Kitamura Yuu)
主にドラマや映画のレビュー、役者や監督インタビュー、書評コラムなどを担当するライター。可処分時間はドラマや映画鑑賞、読書に割いている。Twitter:@yuu_uu_