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35年前、日本中が叫んだ“いいじゃんコールのお茶目ポップ” クォーターミリオン達成した“遊び心の掛け合いソング”

  • 2025.9.25

「35年前、街角で“いいじゃん”って声を聞いたこと、覚えてる?」

1990年の春。平成の幕開けから1年。まだバブルの余韻が残る中、テレビやラジオから明るくて奔放なフレーズが繰り返し響き渡った。会議室でも、カラオケでも、ダイエット中でも——「いいじゃん!」と笑い飛ばすその掛け声は、日常にちょっとした自由と肩の力を抜く風を運んでいた。

バブル期の煌びやかな街並みの裏に、どこか息苦しさも漂う中で聴こえてきたこの曲は、「細かいことなんて気にしないで」という時代の空気をそのまま代弁するように鳴り響いていたのだ。

小泉今日子『見逃してくれよ!』(作詞:活発委員会・作曲:加藤英彦)——1990年3月1日発売

ランキング初登場1位を飾り、クォーターミリオン(25万枚)を記録したこの曲は、まさに当時の空気を象徴する“応援歌”だった。

「いいじゃん」の魔法が広げた解放感

小泉今日子にとって29枚目のシングルとなる本作は、前作『学園天国』(作詞:阿久悠・作曲:井上忠夫)に続くポップな流れを受けつつ、さらに開放的でキャッチーな仕上がりになっている。

「いいじゃん!」というコーラスに対し、彼女が間髪入れずに「見逃してくれよ」と返すやり取りは、当時の若者だけでなく大人までもが口ずさみたくなる“言葉遊び”のような楽しさを持っていた。

このキャッチフレーズは、まるで日常の小さな背徳や失敗を笑い飛ばす魔法の合言葉。会議室でのお弁当、カラオケでの熱唱、ダイエット中のケーキ……歌詞に描かれたシーンはユーモラスで親近感にあふれ、聴く人の背中を軽く押してくれた。

そしてそのフレーズは学校の教室でも、オフィスでも、さらには家庭の中でさえも響き、“誰もが知っている時代の合言葉”として定着していった。

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1988年、コンサートで歌う小泉今日子 (C)SANKEI

CMから広がった“時代の合言葉”

『見逃してくれよ!』は、クノール食品の「いいじゃんキャンペーン」イメージソングとして制作された。テレビCMの明るい映像とともに繰り返し流れたことで、曲そのものが“合言葉”のように全国へ浸透していった。

コマーシャルに登場する小泉今日子の姿は、アイドルの華やかさだけでなく、親しみやすい“隣のお姉さん”的な雰囲気を持っていて、視聴者にぐっと近づいてきた。「テレビの向こう側のスター」が、「日常にいる友達」に感じられる瞬間を作り出したのだ。

それまでのアイドルソングとは一線を画す「生活感と遊び心」が入り混じった世界観は、平成初期という時代の気分にも見事にマッチ。派手なラブソングではなく、“等身大の笑える日常”を歌うスタイルが、彼女の親しみやすさをさらに強めていた。

クォーターミリオンが刻んだ“勢いの証”

作曲を担当したのは、FLYING KIDSのギタリスト・加藤英彦。彼が書いたこのメロディは、シンプルでありながら耳に残る強さを持ち、繰り返し口ずさみたくなる普遍性を備えていた。“ライブ感覚を持ち込んだポップソング”という意味で、この作品はまさに彼のセンスの結晶だったのだ。

ランキングでの1位獲得、そして25万枚を超えるセールスという成果は、当時の音楽市場においても十分に存在感を示した。ヒットチャートには派手なラブソングや本格派のバラードが並ぶ中で、“勢いとキャッチーさ”で突き抜けたこの曲は、アイドルソングの新しい可能性を提示したともいえる。

笑い飛ばすことで強くなれた“平成初期”

『見逃してくれよ!』が放たれた1990年は、社会全体がまだ浮かれた空気を引きずりながらも、次第に不安の影が忍び寄っていた時代だった。そんな中で、“まあ、いいじゃん!”と笑い飛ばすこの曲は、ちょっとした抵抗であり、同時に時代の空気を映した象徴でもあった。

深刻さに覆われつつあった日常に、遊び心というスパイスを投げ込んだ作品。だからこそ、聴く人の心を軽くし、笑顔を生んだ。

35年が経った今でも、あのコーラスが流れるだけで、当時のテレビや街角の賑わいがよみがえる。あの頃の私たちが「失敗も笑って許せた」空気感を、この曲は確かに残し続けているのだ。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。