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“居心地の悪さ”を覚える結末と“最大の疑問”… あらゆる面で圧倒的なクオリティを魅せた一作【木曜ドラマ】

  • 2025.9.18
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『しあわせな結婚』第9話(C)テレビ朝日

9月11日。大石静脚本の連続ドラマ『しあわせな結婚』が最終回を迎えた。
本作は50歳の弁護士・原田幸太郎(阿部サダヲ)と45歳の美術教師・鈴木ネルラ(松たか子)の夫婦の愛を描いたラブストーリーであると同時に、ネルラの元恋人で画家の布勢夕人(玉置玲央)を殺したのはネルラなのか? という殺人事件の謎を描いたミステリードラマとなっていた。
監督には大石静とNHKドラマ『セカンドバージン』で組んだ黒崎博も参加しており、細部まで作りこまれた高級感のある映像に仕上がっていた。 何より見応えがあったのが、毎話の終盤でOasisの主題歌「Don't Look Back In Anger」が流れる場面。
この主題歌が流れると物語が大きく動くため、どのシーンも印象深かったが、主題歌の流れるシーンとタイトルの『しあわせな結婚』というテロップが出る瞬間の映像がとてもカッコよく、そのシーンを堪能するために本作を観ていたと言っても過言ではない。

もちろん、主演の阿部サダヲと松たか子を筆頭に、役者の芝居は全て魅力的だった。
幸太郎たちと同じ高級マンションで暮らす、ネルラの父・寛(段田安則)、叔父の考(岡部たかし)、弟のレオ(板垣李光人)たち鈴木家の住人と、幸太郎とネルラが食卓を囲む姿も華やかで見応えがある。

ラブストーリーとミステリーとホームドラマがきれいに融合したドラマ

つまり、ホームドラマとして観ても本作は面白く、この家族のやりとりをずっと見ていたいと感じた。
映像、脚本、芝居、あらゆる面でクオリティの高い豪華な作品だったというのが最終話を見終えた本作の印象だ。 だが、作品のクオリティとは別の所で、妙な居心地の悪さが最後に残った。

ラブストーリー、ミステリー、ホームドラマがきれいに融合しているのが本作の面白さだったが、物語の中心に存在したのはネルラという女性のつかみどころのなさであり、夫の幸太郎から見た妻のネルラの存在こそが本作最大の謎だった。

ネルラの家族とうまく付き合いながらテレビ番組にタレントとして出演し、本業の弁護士としても優秀な幸太郎は、理想の夫だといえる。 だが、それはあくまで“社会的評価において”という意味であり、ネルラにとっての理想の夫とは異なることが次第に明らかとなっていく。

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『しあわせな結婚』第9話(C)テレビ朝日

第3話。事件についてネルラに問い詰めることで、状況を整理して問題を解決しようとする幸太郎に対し「尋問しないで!」とネルラは言う。
幸太郎は「君のために聞いてるんだろう!」と反論するが「警察みたいよ。幸太郎さん」とネルラは言い「検事と被疑者みたいなのは嫌」だと、会話を拒絶してしまう。
幸太郎は「俺たちは夫と妻だ」と反論するが、事件のことを話そうとしないネルラに対して「依頼者に信用されてない弁護士ほど、惨めなものはないんだよ」と思わず口にしてしまう。 つまり幸太郎とネルラは“夫と妻”であると同時に“弁護士と被疑者”でもあるのだが、そこにネルラに対し恋愛感情にも似た執着を見せる刑事の黒川竜司(杉野遥亮)が絡むことで、弁護士と被疑者と刑事の三角関係となっていくのが、本作の面白さだった。

その後、第6話終盤で叔父の考が「自分が犯人だ」と警察に自首するのだが「布勢の頭部の傷が二か所」だったことから、誰かを庇っているのではないかという疑念が黒川に生まれる。
そして第8話では、当時11歳だった弟のレオが、ネルラを助けるために布勢の頭部を燭台で殴打したことが死因だと明らかになる。
その後、レオを犯人にしないために考が同じ凶器で殴打したことが判明するのだが、レオが犯人であることにネルラも気付いていた。つまり鈴木家は、レオを守るために嘘をついていたのだ。

家族愛と社会正義の衝突

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『しあわせな結婚』第9話(C)テレビ朝日

レオを自首させることで幸太郎は事件を解決するが「はたから見れば間違ってるかもしれないけど、レオを守り通すことがうちの家族の真実だったの! あなたの言う法律的な真実とは違うのよ!」とネルラに批判され、二人は離婚することになる。

ネルラが“家族の真実”と“法律的な真実”は違うと言う姿を見て、このドラマは夫婦の物語を通して家族愛と社会正義の衝突を描いていたのかと納得した。興味深いのは、そこで批判されたのが幸太郎だということ。
この第8話では、刑事の黒川が、問題を起こした人間を引きずり降ろすキャンセルカルチャーについて言及しているが、事件が明るみになったことで、ネルラは教師の仕事を辞め、幸太郎もテレビの仕事がなくなるという社会的制裁を受けることになった。

『セカンドバージン』や大河ドラマ『光る君へ』で不倫をするヒロインを肯定的に描いてきた大石静が脚本を書いていることを考えれば、社会正義に対して批判的なのは納得できる。だが、ネルラが拠り所としていたのが、不倫のような個人の恋愛感情ではなく家族愛だったことが、とても引っかかる。

最終話。布勢の絵はネルラが真似た贋作だったことが明らかとなり、彼女の贋作が評価されたことが布勢の人生を壊したことが明らかとなる。

事件の報道をきっかけに、オークションで高騰し続けている布勢の絵(ネルラの贋作)をハサミで切り刻むことで、ネルラは自分の人生を終わらせようとする。そんな彼女を幸太郎は止めて「もう一回、結婚しよう」と言う。
「離婚したい」と言われても諦めず、贋作を描くことで恋人を傷つけてしまった彼女の苦しみをいっしょに背負おうとする幸太郎の姿はとても感動的だ。
「好きになっちゃったから仕方ないんだよ」と言う幸太郎の台詞を聞いた後だと、最終的に彼のネルラに対する一途な愛が“家族の真実”と“法律的な真実”を乗り越えたように見える。
だが、このシーンの後で鈴木家の食事会で疲れている幸太郎の姿を見ていると、ネルラの言う“家族の真実”の中に閉じ込められてしまったように感じ、妙に居心地が悪い。

ネルラは近年の大石静作品では異例の、何を考えているかわからない受動的な女性だった。
そんな彼女の目的は家族を守ることであり、大石静が描いてきた恋にも仕事にも積極的で自立したヒロインとは真逆の存在だったと言える。

なぜ本作で大石静は、家族を一番に考えるネルラのような受け身で保守的な女性をヒロインとして描いたのだろうか?
筆者にとってそれが、本作最大の謎である。


テレビ朝日系『しあわせな結婚』毎週木曜よる9時
TVerで見逃し配信中
https://tver.jp/series/srje7d6tzphttps://tver.jp/live/simul/le4dymrn4o

ライター:成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)、『テレビドラマクロニクル 1990→2020』(PLANETS)がある。