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「クソババア!」大声で暴言を吐き大音量で軍歌を流す男…8年間の騒音地獄に終止符が打たれた“理由”は?

  • 2025.7.21
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出典:Photo AC ※画像はイメージです

隣家と近い一軒家やマンションに住んでいると、経験する可能性がある騒音トラブル。なかには、長期にわたって住民を苦しめ続けた事例があります。

「マンションの騒音トラブルが8年も続いた末、ついに大阪高裁が退去命令を出した」という出来事があり、話題になりました。

はたして、なぜ解決まで8年もかかったのでしょうか?気になる疑問について、弁護士さんに詳しくお話を伺いました。

8年も続いた騒音トラブルとは?

大阪・茨木市の静かな住宅街で、引っ越してきた男性が8年もの間、早朝や深夜に大音量で軍歌を流したり、「クソババア」「文句があるなら出てこいや!バカモノ」などの暴言を繰り返して、近隣住民たちの生活を著しく乱してきました。警察が注意や指導を繰り返したもののやめる気配はなし。

大阪府警本部が「大阪府の迷惑防止条例に違反しない」と判断していることが大阪府議会で問題視され、『野放しになっている』と議題に上がりましたが、解決には至りませんでした。

被害が深刻化するなか、家の所有者である親族が男性の迷惑行為を知り、民事訴訟を起こし、男性の退去を求めました。しかし、2025年1月、一審の大阪地裁は「単なる近所トラブルにすぎず、男性が家から出る理由にはならない」として、親族の請求を棄却。

続いて審理された大阪高裁では、2025年6月4日、一審の判決を棄却し、「本件住宅が迷惑行為の“拠点”として使用されている」と認定、男性に退去命令を言い渡しています。

高裁判決は、家の使用権と近隣関係の信頼を重視し、「契約目的に反する利用」として占有権を否定。男性は上告をせず、現在、判決は確定し、2025年6月下旬には執行官による退去通告が実施されたとのこと。地域住民はほっと胸を撫で下ろしたそうです。

法的観点から見る騒音トラブルの複雑さ

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出典:Photo AC ※画像はイメージです

今回は、NTS総合弁護士法人札幌事務所の寺林智栄弁護士に詳しくお話を伺いました。

なぜ迷惑防止条例で取り締れなかった?

---こちらの件について、府警本部が「迷惑防止条例に違反しない」としていることについて、府議会で「野放しになっている」と議題に上がったこともあるとのこと。なぜ違反しないと判断されたのでしょうか?

「迷惑防止条例」とは、各都道府県が制定する条例で、公共の場所などにおける痴漢・盗撮・暴行・粗暴な言動などを規制するためのものです。ただし、その適用には行為の内容や場所、反復性、他人に与える影響の程度など、いくつかの要件が必要とされます。

今回のケースで「違反しない」と判断されたのは、主に以下のような理由が考えられます。

(1)私的な空間での行為にとどまっている
迷惑防止条例の多くは「公共の場所または公共に準ずる場所」での迷惑行為を想定しています。今回のように自宅の中で騒音や暴言を発している行為が中心の場合、それがたとえ近隣住民に被害を及ぼしていたとしても、「条例の対象となる公共の場所での迷惑行為」とは判断されにくいのです。

(2)犯罪としての構成要件に該当しない
たとえば暴言についても、具体的な脅迫や名誉毀損、公然の侮辱などに該当しない限り、刑事罰や迷惑防止条例の対象にはなりにくいです。あくまで「うるさい」「怖い」という印象だけでは、法的に違反と認定するのが難しいのが現実です。

---騒音に関して、どのような行為があると違反と見なされるのでしょうか?

迷惑防止条例で騒音が問題とされるのは、以下のようなケースです。

  • 夜間にスピーカーなどを使って大音量で音楽を流し続ける
  • 拡声器や拡声装置を用いて、反復的に怒鳴ったり叫んだりする
  • 街中や駅構内などの公共空間で、他人を威圧・侮辱するような大声を発する

これらに該当する場合には、「粗野または乱暴な言動」として条例違反とされる可能性があります。

一審の判決を取り消した理由は?

---一審では「単なる近所トラブルにすぎず、男性が家から出る理由にはならない」として、親族の請求を棄却しましたが、二審ではその判決を棄却しました。なぜ二審の大阪高裁では、一審の判決を取り消し「家から出ていくように」という判決を下したのでしょうか?

大阪高裁が一審判決を取り消し、退去命令を認めた背景には、近隣住民への深刻な被害の実態と、賃貸借契約上の「信頼関係」が完全に破壊されているという明確な判断があったと考えられます。

以下、その理由を詳しく説明します。

(1)「信頼関係破壊の法理」に基づく明渡請求の認容 日本の判例実務では、賃借人による契約違反や迷惑行為が重大で、賃貸人との信頼関係が破壊されたと認められる場合、賃貸借契約は解除され、明渡(退去)請求が認められるとされています。これを「信頼関係破壊の法理」と呼びます。

一審では「退去させるほど重大な迷惑行為ではない」と判断されましたが、二審では、
1、8年間にも及ぶ執拗な騒音・暴言
2、多数の住民からの苦情・証言
3、警察・行政が対応しても改善されない状況
などを総合的に評価し、「もはや賃貸借関係を継続するのは不可能」と判断されたのです。

(2)「迷惑行為の拠点」という異例の表現の背景にあるもの 高裁判決の中で「迷惑行為の拠点としていると言わざるを得ない」という表現が使われたのは、単なる生活騒音ではなく、意図的・反復的な嫌がらせ的行為が行われていたと認定されたためです。

このような表現が刑事事件でもない民事訴訟の判決文としては異例ですが、以下のような事情が考慮されたと見られます。

  • 騒音・暴言が執拗かつ計画的に行われていた
  • 他住民の生活が著しく阻害されていた
  • その住居が"迷惑行為の中心的な発信源"になっていた

つまり、居住の場としての「家」が、周囲を威圧し苦しめるための手段として使われていたという、社会的な悪質性が重く受け止められた結果だといえます。

(3)社会的影響への配慮も 裁判所は近年、集合住宅における「居住の平穏」の重要性を強調する傾向にあります。特に都市部では、他人の迷惑行為が居住者全体のQOL(生活の質)に直結するため、裁判所としても毅然とした判断が求められる場面が増えています。

今回の判決は、そうした社会的背景や居住環境の保全も踏まえた「踏み込んだ判断」といえるでしょう。

長期化する騒音問題

---なぜ解決まで8年もかかったのでしょうか?

以下の理由が考えられます。

(1)「騒音・暴言行為」が法律上すぐに退去理由とならない たとえ住民が日常的に被害を感じていたとしても、騒音や暴言は「生活音」や「言論の自由」の一環とされる場合があり、その境界線は非常にあいまいです。

特に、以下のような事情があると、退去請求をしても裁判所がすぐに認めることは困難です。

  • 迷惑行為が客観的に立証されにくい(証拠がない・一時的に収まっている)
  • 本人が「改善の意思がある」と主張する
  • 高齢・障害・孤立などの社会的背景がある

このため、一度のトラブルで即退去とはならず、「継続性」「悪質性」の証明が必要となり、相応の時間がかかります。

(2)民事訴訟の手続きが長期化しやすい 実際に退去を求めるには、以下のステップを踏む必要があります。

1、管理会社や大家による注意・警告
2、契約解除の通告
3、明渡しを求める訴訟の提起
4、一審判決 → 控訴 → 高裁判決
5、必要に応じて強制執行

このように多数のステップを踏むため、そもそも長期化しやすいのです。

特に今回は、一審で退去が認められず控訴に至ったため、さらに時間を要する結果となりました。民事裁判は「和解の打診」「証拠提出」「審理の延期」なども多く、数年単位で長期化することも珍しくありません。

(3)警察や行政による直接的な強制力が限られている 騒音や暴言は、刑事事件や条例違反にならない限り、警察が強制的に追い出すことはできません。行政も基本的には助言・指導にとどまり、最終的な強制力を持つのは裁判所だけです。

つまり、住民の我慢と記録の積み重ね、そして大家や管理会社による粘り強い対応が必要不可欠であり、これに長期間を要したのです。

(4)住民側も被害を受けながら慎重に行動せざるを得なかった 加害者が威圧的な言動を繰り返す場合、住民が直接抗議することが困難になりがちです。また、「報復が怖い」「証拠が取りにくい」「どこに相談すればよいか分からない」といった不安から、問題を見て見ぬふりする空気が生まれてしまうこともあります。

結果的に、対応の主導権があいまいなまま、時間だけが経過してしまったという可能性もあります。

もし騒音トラブルに遭ったらどうしたらいい?

---もし周囲で故意に騒音を出し続けている住人がいて困っている場合、まずどんな対応をしたら良いでしょうか?

近隣に故意の騒音行為を繰り返す住人がいる場合、感情的に対処するのではなく、冷静かつ段階的に対処することが重要です。以下の手順で対応を進めることをおすすめします。

(1)証拠を残す(最優先) まず、被害を客観的に証明するための証拠をできる限り集めましょう。具体的には以下のようなものが挙げられます。

  • 日時・内容を記録した「騒音日誌」 例:「5月10日 23時15分〜23時50分 壁を叩く音と怒鳴り声」
  • スマートフォンやICレコーダーでの録音・録画
  • スマートウォッチやアプリによる騒音測定記録
  • ほかの住人の証言やメモ

騒音の「音量」「頻度」「時間帯」などを具体的に示すことで、管理会社や裁判所の理解が得られやすくなります。

(2)管理会社や大家に相談する 集合住宅であれば、まずは管理会社や大家に連絡を入れ、正式な対応を依頼しましょう。できれば証拠を添えて相談すると説得力が増します。また、管理会社が注意文書を配布したり、本人に直接注意することで改善するケースもあります。

なお、匿名での相談に応じてくれる管理会社も多く、トラブルを恐れて何も言わないよりは、まず一報を入れることが大切です。

(3)行政(市区町村)や警察へ相談する 悪質で改善が見られない場合には、以下の機関への相談も検討しましょう。

1、市役所・区役所の生活環境課(騒音相談窓口)
騒音苦情の受付や環境測定器の貸出などを行っている自治体もあります。

2、警察(生活安全課)
警察は基本的に民事不介入ですが、深夜の騒音や暴言などが治安を害する場合には、注意・指導をしてくれることがあります。

ただし、「注意をしてもらった」という記録が残るだけでも、後の法的対応に役立つことがあります。

(4)弁護士への相談・法的措置の検討 改善が見られず、生活に支障が出ている場合は、弁護士に相談し、法的対応を検討する段階です。

  • 内容証明郵便で警告文を送付
  • 損害賠償請求(慰謝料など)
  • 差止請求(今後の騒音行為の禁止)
  • 退去を求める訴訟の提起(大家や管理組合が主体)

このような手続きには法的知識が必要となるため、早めに弁護士に相談することでスムーズに進められる可能性が高まります。

騒音トラブルに立ち向かうために大切なこと

8年間という長期にわたる騒音トラブルが、ついに大阪高裁の「迷惑行為の拠点」という異例の判決によって解決されました。

証拠の収集、段階的な対応、そして専門家への相談を適切に行うことで、必ず解決への道筋は見えてきます。何より重要なのは、一人で抱え込まず、周囲の理解と協力を得ながら問題に立ち向かうことです。

もし同じような問題に直面している方がいたらば、今回の事例を参考にされてみてはいかがでしょうか。

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