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激怒する80代の認知症患者「私は帰らなきゃいけないの!!」落ち着かせた看護師の“言葉”とは?

  • 2025.6.29
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出典:Photo AC ※画像はイメージです

皆さま、こんにちは。現役看護師ライターのこてゆきです。

皆さんはこんな経験はありませんか?「それは現実じゃないよ」と言いたくなるけれど、ぐっとこらえる場面。特に認知症ケアの現場では、患者さんが私たちの現実とは違う世界に生きていることが多いのです。

今回は、認知症患者さんとの関わりから「否定しないケア」の意味について実感した、ある夜勤の出来事をご紹介します。

「私は帰ります!」怒りに震える患者さんと向き合った夜

それはいつものように夜勤に入ったときのことです。配薬中に突然響いた女性の怒鳴り声が病棟の空気を一変させました。

私は今から帰るんです!外に出る扉はどこですか!

そう叫んでいたのは、80代女性の認知症患者のAさん

認知症の診断を受けてから、数年。突然の暴力、暴言などがあり精神科病棟へ入院してきましたが、入院中は日々穏やかに過ごしていました。

Aさんは普段から病棟内を歩きながら、時折荷物を持って「もう少ししたら主人が迎えに来るの」「どこで待たせてもらえばいいかしら」と、看護師や他の患者さんに声をかける姿が見られていました。

しかし、その夜はいつもとは違い、明らかに動揺されていました。

お部屋にある自分の荷物を全部詰めて、今にも出ていこうとする姿。私が近づくと、Aさんは涙を浮かべながら怒りの混じった声で言います。

どうして引き止めるの!?私は帰らなきゃいけないの!

「ここはどこなの...?」すれ違う「現実」と寄り添うケア

その瞬間、私は「ここは病院ですよ」と返しそうになりましたが、言いかけたその言葉をそっと飲み込みました。

そして、Aさんの状況を理解するために「お部屋に戻ってお話を聞かせてください」と伝えると、

そうやって、外に出さないようするんでしょ!

Aさんの怒りはおさまりません。

そのため、無理に部屋へ戻そうとはせず、近くの椅子に座ってゆっくり話しかけました。

ここで少しお話ししませんか?Aさんが思っていることを聞きたいです。今のAさんは怒ってるけど、私には少し悲しそうにも見えます。Aさんの思ってることを聞きたいです

最初は混乱していたAさんも少しずつ言葉を返してくれるようになりました。

15時に主人が迎えに来るって言ったのに…もう夜じゃない…どうして…?

その時には怒りも少しおさまり、寂しそうな表情で話しました。

Aさんの中では今の時間は15時で「ご主人が迎えに来るのを待っているところなんだ」と思ったのです。

その言葉に、私はこう返しました。「ずっと待ってたんですね。ご主人に会いたかったんですね」。事実をただ伝えるよりも、まずは気持ちを寄り添うこと、それがこの時の最善だと私の中で自然に思いました。

「ここは私の通っていた病院じゃない」その不安と孤独に触れた瞬間

頷きながらAさんの話を聞き、少し落ち着いた頃を見計らって、私はそっと説明を始めました。

ここは病院です。Aさんがいつも過ごしているところですよ。お薬はいつもと同じものが用意されています

ですが、Aさんは少し顔を背けながらこうつぶやきました。

でも…ここは私が通っていた病院じゃないでしょう。こんなところで薬なんて飲めないわ

Aさんの中では、ここは知らない場所。信じられる人も、状況も何一つ手がかりがない状態なんだと感じた私は、焦らずに一つ一つ丁寧に伝えました。

「このお薬は、Aさんのためにご家族と相談して準備したものですよ」
「Aさんは3月に入院してきました。今は4月なので、入院してからは1ヶ月くらいが経ってます」
「きっとご家族にも会えます。今日はゆっくり休みませんか?」

返答はなく数秒の沈黙の後、Aさんが口をひらきました。

昔はね、主人といろんなところに行ったのよ

その後、旦那さんとの思い出を語るAさんの話に、私は頷きながら耳を傾けました。

時計を見ると、話し始めてから20分が経っています。Aさんの表情は少しずつやわらいでいきました。そして、静かにこう言ったのです。

…じゃあ、あなたの言うことを信じてみるわ

お部屋まで一緒に戻り、薬を飲むとそのまま入眠されました。

「信じてみる」が生まれた背景には、否定しない姿勢があった

この時私は看護師としての正解を伝えたのではなく、Aさんの不安な世界に一緒に立ってみただけでした。

それでも、「あなたのいうこと、信じてみるわ」という言葉が生まれたのは、おそらく否定されなかったという体験が、Aさんにとって安心の第一歩になったからではないかと思っています。

「怒り」の奥には、伝わらない不安がある

認知症ケアの難しさは、現実を共感しにくいことではないでしょうか?

私たちは「ここは病院ですよ」「ご主人は今は来られません」と言えばそれで納得してくれると思ってしまいがちです。

しかし、その人にとっては迎えに来る15時が今であり、私たちの言葉は届きにくく頭を抱える場面も少なくありません。だからこそ、私たちができる事はその人の時間に寄り添うこと

「今は帰れません」ではなく、「ご主人に会いたいですね」と共感すること。そこから、信頼の扉は少しずつ開いていくのだと実感しました。

もちろん、いつもゆっくり向き合えるわけではありません。業務に追われる夜勤の中で、30分の対応は決して簡単ではないと思います。

しかし、それでも「あなたの言うことを信じてみるわ」と言ってくれたAさんの一言が、今も私の中で強く残っています。

それは、認知症ケアでは「現実を教えること」ではなく「その人が安心できる場所をつくること」だという原点を改めて教えてくれたからです。

安心感は「一緒にいてくれた」時間から生まれる

忙しい医療の現場では、つい効率や正しさを優先されがちです。しかし、安心感は説明や指示ではなく「一緒にいてくれた」時間から生まれることもあるのかもしれません。

そんなケアが少しずつでも広がっていくことを願いながら、今回はこの体験を共有させていただきました。



ライター:こてゆき
精神科病院で6年勤務。現在は訪問看護師として高齢の方から小児の医療に従事。精神科で身につけたコミュニケーション力で、患者さんとその家族への説明や指導が得意。看護師としてのモットーは「その人に寄り添ったケアを」。