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看護師を怒鳴りつける患者さん家族「服がこんなに汚れるはずがないやろ!」態度が変わった“きっかけ”に「患者さんの強さを感じた」

  • 2025.6.27
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出典:Photo AC ※画像はイメージです

皆さま、こんにちは。現役看護師ライターのこてゆきです。

病院で働いていると、患者さんだけでなく、ご家族の思いにも日々関わる機会があります。なかには、言葉では表現されにくい葛藤が、怒りという形であふれ出る本音に向き合うことも少なくありません。

今回は、ある患者さんの弟さんがナースステーションに怒鳴り込んできた「洗濯物トラブル」をきっかけに、家族の心の奥にある悲しみや戸惑いと向き合った出来事を紹介します。

「こんなに汚れるはずがないやろ!」ナースステーションに響いた怒声

ある日ナースステーションの扉の前で、袋いっぱいの洗濯物を手にした男性が、怒りをあらわにして声を上げていました。

何考えてるんや!こんなに汚れるはずがないやろ!

それは、入院中の60代患者Aさんの弟さんでした。

両親を早くに亡くし、高次脳機能障害のある兄の世話をたったひとりで担ってきた方です。仕事の合間を縫って週に2〜3回ほど面会に訪れ、兄の様子を見にきたり、洗濯や手続きなどを一手に引き受けてくれていました。

その日、手にした袋の中には、食べこぼしで汚れた衣類が詰まっていました。弟さんにとってそれは、ただの洗濯物ではなく、積み重なる疲れや戸惑いの現れだったのかもしれません。

その怒りは、決して、ただの苛立ちではなかったのです。

「できることは自分でやりたい」患者さんの意思と、現実のギャップ

Aさんは、高次脳機能障害により言葉が出なかったり、うまく体を動かせないという症状がありました。

食事や排泄においては、介助が必要な場合も多くありますが「できることは自分でしたい」という強い思いが常に感じられました。

特に食事では看護師が介助すると、口をかたくなに閉じて、看護師からスプーンを奪うような行動が多く、ご本人の挑戦を見守り続ける中でこぼれてしまう食べ物や飲み物。

その結果、毎日出る大量の洗濯物がそこにはありました。

これ、家で洗うの俺やで?

弟さんの言葉には、家族としての苦労と責任感、そして、どうしたらいいのかわからない戸惑いを感じました。

弟さんの怒りの裏にあった「悲しみ」と「あきらめ」

すみません。ですが、お兄さんのできる力を守りたいと思っています。私たちがお手伝いしようとすると口を開けてくれないんですが、自分でスプーンを持つとこぼしながらでも頑張って食べてくれます

私は弟さんにそう伝えました。

しかし、弟さんは「そんなの関係ないわ。プロやろ?何とかできへんのか!」と、激昂。その場で思いは伝わりませんでした。

怒鳴り声は感情の爆発だったのかもしれません。しかし、その奥にあったのは兄が少しずつ変わっていく現実への悲しみと、自分だけが背負っているという孤独感があるのだと私は思いました。

現場を見てもらうことで生まれた変化

どれだけ説明しても弟さんの苛立ちは消えませんでした。

そこで、看護師長や先輩たちと話し合った結果、次の食事の時間に弟さんにも現場を見てもらおうという決断をしました。

実際に食事中のAさんの様子を見てもらうと、弟さんにも少しずつ状況の背景が伝わっていったようでした。

スプーンを握り締め慎重に動かしながらも、やはり食べ物はこぼれてしまいます。それでも、そのたびにご本人は何度も挑戦を繰り返していました。

こんなふうに、頑張っておられるんです

私がそう伝えると、弟さんはポツリとつぶやきました。

そうか…

その日以降、ナースステーションに怒鳴り込む姿は見られず「また今日もいっぱいやな」と、少しだけ柔らかく話してくれるようになりました。

怒りの裏にある家族の苦しさに寄り添うケア

ご家族がみせる怒りや苛立ち、それは「これからどうすればいいのかわからない」という不安や、「自分ばかりが背負っている」という孤独から来るのかもしれません。

私たち医療者は患者さんだけでなく、その背景にいるご家族さんの思いに目を向けることも求められています。

そして、その衝突の中にこそ、本質的なケアのヒントがあるのだと実感しました。

汚れた洗濯物の中に見えた患者さんの尊厳

スプーンをしっかりと握りしめて、まっすぐに食事へ向かう表情。

たとえ手が振震えても、「自分でやりたい」という思いは変わりませんでした。その姿は、自分らしさを最後まで貫こうとする、患者さんの強さそのものだと感じました。

その時間をともに過ごせたこと、ご家族へその姿を伝えられたことは、私にとってかけがえのない経験です。

食事をこぼしながらでも自分で食べていた時のあの笑顔は少しずつ、弟さんにも届いていたはず。そう信じて、私は今日もケアの現場に立っています。



ライター:こてゆき
精神科病院で6年勤務。現在は訪問看護師として高齢の方から小児の医療に従事。精神科で身につけたコミュニケーション力で、患者さんとその家族への説明や指導が得意。看護師としてのモットーは「その人に寄り添ったケアを」。