『しあわせは食べて寝て待て』第1話は、病とともに生きる一人の女性、麦巻さとこ(桜井ユキ)の姿を静かに描き出した。さとこは一生付き合っていかなければならない病気を抱え、フルタイム勤務を諦め、住居の更新料が払えず団地へと引っ越すことになる。そこで彼女が出会ったのが90歳の大家・鈴(加賀まりこ)とその息子・司(宮沢氷魚)だった。本レビューでは、第1話で提示された「薬膳」という食事法の意味、「適度な無関心」という新しい優しさ、そして主演・桜井ユキの繊細な演技について掘り下げていく。
「薬膳」は“自分を許すため”の食事法
主人公のさとこ(桜井ユキ)が薬膳に興味を持ったのは、頭痛の症状に対し、鈴(加賀まりこ)が生の大根を差し出したことがきっかけだった。奇妙な方法にもかかわらず、実際に頭痛が和らいだことに感銘を受けた彼女は、薬膳が自分の生活に希望を与えてくれるのではないかと感じ始める。
ここで重要なのは、薬膳がただの健康維持のための食事ではなく、病気を抱えている自分自身を“許す”ための手段として描かれている点だ。
病気という、自ら選ぶことも、完全に治すことも難しい現実を前に、さとこが「受け入れられない自分」を「許せる自分」へと変える鍵になりそうなのが、この薬膳なのである。
司(宮沢氷魚)が薬膳指導をためらう場面は印象的だ。「病人には責任が持てない」という彼の言葉の裏には、食事という行為が持つ癒しの力だけでなく、それに依存しすぎることの危うさを示唆しているようにも思える。薬膳が与えてくれる癒しと、そこに依存するリスクのバランス感覚が今後の展開の核となるだろう。
“適度な無関心”が本当の優しさ
鈴というキャラクターが見せるコミュニケーションの在り方は新鮮だった。日本の社会では“おせっかい”を良しとする傾向が強く、困っている人を見かければ、どこまでも踏み込んで問題を解決しようとすることが善意とされることが多い。
しかし、鈴は違った。初対面のさとこに頭痛対策の大根を手渡すが、彼女が団地に引っ越す理由や独身でいる背景について深く詮索はしない。この“適度な無関心”こそが、本当の優しさであり、相手にプレッシャーを与えない思いやりの形なのだ。
現代社会において、他者への関与が必ずしも癒しや助けになるわけではないということを、鈴の姿を通じて静かに提示している。
桜井ユキの静かに胸を打つ演技
主演の桜井ユキはこれまでにも、連ドラ『だから私は推しました』や朝ドラ『虎に翼』などで、さまざまな立場にいる女性像を鮮烈に演じてきた。彼女の演技の魅力は、キャラクターの深い内面を、極めて繊細な表情や仕草でリアルに表現できるところにある。
本作のさとこ役においてもその魅力は健在だ。病気を抱え社会の無情さを感じながらも淡々と日常を生きるさとこの姿を、桜井は力強くも自然体で演じている。わずかな表情の変化や目線の動き一つに、主人公の苦悩や小さな喜びが映し出され、視聴者に強い共感と深い感動をもたらしている。
桜井の存在感そのものが、本作の静かな力強さを象徴していると言っても過言ではない。SNS上でも、本作や主演の桜井ユキに対して「この病気、初めて知った」「優しい世界と人に癒される」と評判の声があがっている。また、「原作の世界観そのままのドラマ」「さとこさんの少しぎこちないところまで演じてくださって、漫画から抜け出たようでしたね」「桜井ユキさんが本当に病を患って仕事もプライベートも一変した女性にしか見えないくらい解像度高い」など原作漫画のファンからも好評だ。
『しあわせは食べて寝て待て』第1話が提示したのは、自分自身を許し、肯定していくことの大切さだ。薬膳を通して自分の身体と丁寧に向き合うことで、主人公がいかに人生を再構築していくのか。その旅路がどのように描かれていくかを、楽しみに見守りたい。
ドラマ10『しあわせは食べて寝て待て』 毎週火曜よる10時放送
NHKプラスで見逃し配信中
ライター:北村有(Kitamura Yuu)
主にドラマや映画のレビュー、役者や監督インタビュー、書評コラムなどを担当するライター。可処分時間はドラマや映画鑑賞、読書に割いている。X(旧Twitter):@yuu_uu_