殺し屋専用のダイナーを舞台に、狂気と刺激に満ちたスリリングかつ予測不可能なストーリーを展開する映画『Diner ダイナー』。『ヘルタースケルター』(12)以来、3本目の監督作を手掛けた蜷川実花さんに、映画製作のことからご自身の生き方についてまでたっぷり語っていただきました。
越えなきゃいけない壁があるとき、自分だけではたどり着けないような面白いところに行けることがある
――原作とは異なる、蜷川さんならではの世界観に圧倒されました。どういう点を意識して作っていかれたのでしょうか?
「今までの映画は私からこういう作品をやりたいと提案するところから企画がスタートしていたんですが、今回は初めて、『この原作を撮ってみないか』とオファーをいただいたんです。原作を読んでみたら面白かったんですけど、自分が今まで手掛けてきたものとは全く異なる世界観だし、とても男性的な話だったので、それをどんなふうに自分の映画として落とし込んでいくかが私にとっては挑戦でした。さらに誰でも見られるように年齢制限がかからない作品にするというオーダーもあったんですがこれがけっこうハードルが高くて。残酷描写が魅力になっている作品なのにそのまま描けないとなると、どう表現するかをすごく考えましたね」
――クライマックスの壮絶な闘いのシーンですら美しかったです。
「そういう越えなきゃいけない壁やハードルがあるとき、自分だけではたどり着けない面白いところに行けることがあるので、そこに賭けようとしたんですね。結果的には自分の得意技をふんだんに使ってビジュアル的にもすごく快楽的になったと思います。例えば血が出るシーンでは赤い花びらを散らすとか、通常とは違う表現にたどり着けたのはハードルがあったからだと思います。いい意味で原作との距離感があったからこそ、できたことがたくさんありますね」
――ある意味、蜷川さんの世界観とは真逆だったことがプラスになったと。
「そうですね。自分の得意なことばかりだと先に進めないような気がしていた時期で、挑戦的なことをしてみたかったこともあって。このお話をいただいたときに“面白いかも”って思いました」
世界に出ていったとき、東京や日本で作ったものにアイデンティティを持たせたい
――ダイナーが舞台ですが、黒いバンズのハンバーガーやスフレ、フルーツを使った料理などもとても印象的でした。
「それはダイナーのセットをどう作るか、という話に関係してくるんですが、普通はアメリカンやヨーロッパテイストのダイナーを思い浮かべると思うんです。でも私は世界で戦うことをいつでも念頭に置いて、世界に出ていったときに、どうやって東京で、日本で作ったものにアイデンティティを持たせられるかを考えていて。悶々としながらいろんな資料を見ていたときに横尾忠則さんの絵が目に飛び込んできたんです。元々大好きで画集も持ってるんですけど、横尾さんが作る世界観だったら唯一無二のビジュアルで新しい価値観を表現できるんじゃないかなと思って。お願いしたら快諾していただいて、そこから一気にイメージが広がりました」
――装飾美術に横尾さんの作品を使うことで独特の世界観が出来上がりますね。
「リアリティというよりダークファンタジー要素がある世界観にしようと思ったんです。リアルなダイナーで見たことがあるような美味しそうなハンバーガーを出すという選択肢もあったんですけど、横尾さんの作品を使ったセットにしようと決めたときに、じゃあ料理はどうしようと。フードクリエイションの諏訪(綾子)さんのことは以前から知っていて、ものすごく個性的で美術品のような作品を作る方だっていうことは頭の片隅にずっと残っていたんです。ダイナーのメニューを諏訪さんが作ってくださったら面白いんじゃないかと思ってお願いしました。多少、『もっと派手に』とか『もっと攻めちゃってください』とお伝えしましたけど、とにかく諏訪さんの力をふんだんに出し切っていただいたという感じです」
自分から逃げずに、本当の自分に向き合える強さを持って欲しい
――玉城ティナさん、真矢ミキさん、土屋アンナさんら、女性キャストがそれぞれ違った強さがあって素敵でした。彼女たちを通じて伝えたかったことはなんですか?
「ティナが演じたカナコは原作よりだいぶ若くしたことによって、今の若い子たちが持っている生きづらさや、どこか無気力な感じを背負わせたと思っていて、その中には自分から逃げずにきちんと向き合って欲しいというすごくシンプルなメッセージを込めました。ごまかすことなく本当の自分と向き合うのってけっこうしんどいことだから、そこにはやっぱり強さが必要なんですよね。彼女が極限状態の中でとんでもなくパワフルな人たちに出会って成長していく話になったらいいなと思いながら作っていたので、彼女が自分と向き合う強さを持ったということが重要だと思っています」
――真矢さん、土屋さんの役も原作とは変えていますよね。
「ふたりとも原作で男性の役なんですけど、ラスボスは女性がいいんじゃないかと思ったんです。宝塚時代からファンだった真矢さんが演じたらそれはもう絶対的にかっこいいだろうなと思って。夢が叶ったキャスティングでした。アンナの役も美しくてかっこいい彼女にアテ書きしました」
選択基準は“危険で面白そうなほう。”そのためには「自分のことを信じ切る自分」と、「ダメなところを探す自分」の両極端の自分がいればいい
――蜷川さんは写真家・映画監督とさまざまな顔をお持ちですが、インスピレーションや原動力はどこから湧いてくるんですか?
「自分が今までしてきたことをまた焼き直ししたり、同じことをするのが嫌なんです。ふたつ道があるとしたら、どうしても危険で面白そうなほうを選択してしまう。新しいことをやっていないと枯れてしまう病だと思っているんですけど(笑)。頑張ってそうしているというより、きっと元々の性質ですね。あとは失敗することを恐れない。自分を信じ切る自分と、周りの人がどんなに褒めてくれてもダメなところを探す自分の、両極端の自分がいればいいなと思っています。自分を信じるのって、もちろん信じられるだけの努力をしていなければいけない。なので、基本仕事ばかりしています。アスリート並みにストイックな生活をしてるなと自分では思っています」
――常に自分で自分を追い込んでいるという状況ですか?
「追い込み好きだからスケジュールを詰め込んでますね。昨年の春に、『Diner ダイナー』をやって、その後(小栗旬主演の)『人間失格 太宰治と3人の女たち』をやって、今またNetflixのドラマを撮影中で、このスケジュールは尋常じゃなかったなと反省もしているんですけど、追い込んだ中で出てくるものもあるので、調子がいいときは詰め込んじゃいます。Netflixが撮り終わったらスケジュールが緩くなるはずなんですけど、きっと調子が悪くなるんじゃないかな。このペースに慣れちゃったし立ち止まるのが嫌なんです」
――ストイックな生活をされていて、さらに追い込むのがお好きということですが、そう聞くだけですごいなと思ってしまいます。
「すごくストイックにやってますけど好きなことしかやってないんですよ。物理的にはとんでもなく大変ですが、好きなことをするための、嫌なことや面倒くさいこと、もちろんあるんですけど、それは割り切ってしまうので大丈夫。嫌だからってグズグズして立ち止まっても効率が悪いですし。私、けっこう合理主義者なんです。どうしたら一手少なくできるかを常に考えていて。頑張ったから偉いとかではなく、頭を使って早く終わらせて作った時間で、そのぶん素敵なことをするほうが偉いって思う。なるべくそういうバランスでやってます」
写真は自分の感情がそのままに写る個人の作業。映画はいろんな才能が結集するチームでの仕事
――蜷川さんが写真家や映画監督といったお仕事を選ばれた理由や、クリエイターとしての思いをおうかがいしたいです。
「父が演出家で母が女優だったので、何かの表現者になりたいっていう思いが小さい頃からすごくありました。逆に言うと他の選択肢を思い浮かべたことがないくらい自然なことで。それが絵を描く人なのか文字を書く人なのか写真を撮る人なのかはわからなかったんですけど、とにかく表現をしたかった。その中で自分の持っている感情がそのまま写る写真と相性が良かったっていうのはあります」
――その後、初監督作『さくらん』(07)を手掛けることになります。
「ある日、プロデューサーの方に『映画を撮りませんか?』と言われて。それまでは映画を撮るなんて考えたこともなかったんですけど、想像してみたら面白いかもしれないと思って、『さくらん』の準備を始めました。やっぱり映画を撮ってみると中毒性があってとても面白くて、今回、3作目に至ったという感じですね」
――映画の中毒性とは何ですか?
「映画製作はものすごく大変。まず私自身が、大変なことをすることが圧倒的に好きであるということがあります。それに写真だと自分が思った感情を言語化しなくても、そのまま写真に写り込んでいくので、直感的で感情的で原始的な感じがあるんです。でも映画だと関わる方も多いので全て言語化していかなきゃいけない。言葉にする時点である程度、俯瞰で見られるのでそこもすごく面白いところです。個人作業である写真と違って映画はチーム戦なので、いろんな人たちの才能をいただきながら作り上げていく。仲間がいる面白さも全然違いますし、またやりたいなと思う理由のひとつですね」
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Movie Director:Yohei Takahashi(f-me)
Writing:Mayuko Kumagai
Edit:Natsuko Hashimoto(TRILL編集部)