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ミウッチャ・プラダが今語る、デザイナーとしての信念。

  • 2018.5.11
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ファッションを武器に、鮮烈なスタイルを確立。

コンクリートに囲まれたミラノのオフィスに着くと、ミウッチャ・プラダはマニッシュなグレイのコートをするりと脱ぎ捨てた。寒い時期だったが、コートの下はパリッとした白のシャツドレスに素足、足もとはプラダの最新コレクションから選んだキトゥンヒールといういでたちだ。後ろに流した髪が、その凛々しい顔立ちを引き立てる。手にした赤いクロコダイルのバッグはかなり小ぶりで、私物ではちきれんばかりになっていた。

こうしたミウッチャを見る限り、パンクとは縁もゆかりもないように思えるが、彼女自身は自分のことを筋金入りのパンクだと考えている。「だって本当だもの」と、彼女は説明する。「パンクといっても、表面的な意味ではないの。現状を変える方法を見つけようとする、既存の体制に逆らう姿勢を、パンクと呼ぶのよ」。このように、ミウッチャにとって、パンクとは鼻に刺した安全ピンに代表されるような、見た目の問題ではない。むしろ、心のありよう、人生へのアプローチ、現状に絶え間なく疑問を突きつける態度のことなのだ。

物心ついたころからずっと、ミウッチャはその思想とスタイルの両面で、かたくななまでに我が道を突き進んできた。周りに同調するということは決してしない彼女の中で、常に大きな場所を占めてきたのがファッションだった。14歳のときには学校で誰よりも早くヒッピー・ルックを取り入れた。大学に進んでからは、政治学とパントマイムを学ぶかたわら、当時のイタリア共産党に入党している。しかし、党の「同志」たちがデニムやスニーカー姿だったのに対し、彼女はスカートを好み、イヴ・サンローランの服を着てデモに参加していたという。

こうした彼女の姿勢は、単なるあまのじゃくなのか、それともより深い意図に基づくものなのだろうか? ミウッチャには「人から見られ、声を聞いてもらわなければ意味がない」という信念があるようだ。その他大勢ではなく、抜きん出た存在であるからこそ、自身の考えを強く主張することができるのだ。そのために彼女が選んだ武器がファッションだ。しかも、世の注目を集めるすべも、彼女は心得ている。プラダでは、見慣れた定番ものや、いかにも趣味がよさそうなありきたりのデザインをモチーフにしつつ、そこにひと味違うひねりを加えることが頻繁に行われてきた。この「変わったシックさ」の最たる例が、1990年代に、それまでハイファッションの世界では見向きもされていなかった工業用素材のナイロンで作り上げたドレスの数々だ。このように、意外性をはらむ要素を数多く盛り込みながらも、彼女のデザインは人を惹きつけてやまない、強烈な色気を放っている。プラダを着た女性からは、目が離せなくなるのだ。 

「1970年代当時は、フェミニストを名乗る女性がファッションについて語るなんて言語道断と思われていたの。でも私はファッションを心から愛していたから、そんなことは気にしなかったけれど」とミウッチャは当時を振り返る。70年代なかばになると、彼女は1913年に祖父のマリオが創業した会社で働き始めた。さらに1978年には、この会社を20年にわたり切り盛りしてきた母親から経営権を受け継ぐ。同じ年に、彼女は実業家のパトリッツィオ・ベルテッリと結婚し、夫婦でプラダを、全世界での売り上げが27億5000万ポンドにものぼる一大企業へと育て上げていく。実はバッグだけでなく、アパレルのデザインもするようにとミウッチャを後押ししたのは、夫のパトリッツィオだった。もしその気がないのなら、誰か他のデザイナーを雇うと言われたことで、闘争心に火がついた彼女は、服のデザインという新たな分野に挑んだのだ。

だが当初、彼女は「上っ面だけの仕事のような気がして」、ファッションデザイナーとしての自分に「大きな葛藤を抱えていた」と告白する。そこで彼女は、深く、複雑な思考を創作のプロセスに加えることで、この悩みを乗り越えていく。パンクを自称するミウッチャは、反抗的な思想家なのだ。

ファッション史に名を轟かせるナイロン素材のバッグ。

そんな彼女がプラダのデザイナーとなった初期の画期的な試みが、1984年に発表したナイロン製のバックパックだ。これは今でこそプラダというブランドを代表するアイテムだが、何しろ84年といえば、マーガレット・サッチャーがイギリスの首相を務め、映画で最大のヒット作が『インディ・ジョーンズ』シリーズだった時代だ。裕福であることが重要で、ボリュームたっぷりのヘアスタイルが流行り、なにもかもが過剰だった80年代に、デザイナーズブランドのバッグをナイロン素材で作るのは「本当に突飛な発想」だったという。当時、高級品の条件と考えられていた要素と、すべてにおいて真逆だったからだ。「私自身、ずっと探していたの」と、ミウッチャは当時を振り返る。「当時出回っていたバッグは、どれもこれも私の気に入らないものばかりだったから。フォーマルで、おしとやかで、伝統的で、古くさくて」 

ここで彼女の救世主となったのが、軍隊向けにパラシュートを製造している工場だった。この工場では、19世紀に作られた機械を使い、極細の糸を使ってナイロン生地を織り上げていた。ミウッチャは、この工業用素材として作られていたポコノ・ナイロンをバックパックに採用する。バックパック自体、それまでは女性が持つものとは思われておらず、ブルジョア的な要素はかけらもなかった。「もちろん、私はそこが気に入ったの」とミウッチャは断言する。 

だが、世間がプラダのバックパックを受け入れるまでには、発売から10年の月日を要した。これがイット・バッグのはしりとして人気を集めたのは、景気後退とグランジ・ブームが、すべてにおいて過剰だった80年代を過去のものにする1990年代の話だ。1994年になると、プラダはこのナイロン素材をアパレルにも採用し、カシミアやシルクと同等の素材として扱った、画期的な秋冬コレクションを世に送った。これはまさに時代の節目となるコレクションで、評論家の中には、これを1917年にマルセル・デュシャンが「泉」を発表し、アート界を揺るがした一大事件と比較する者も出るほどだった。男性用小便器に署名しただけのデュシャンの「作品」が、世間のアートの概念を塗り替えたのと同様に、プラダのナイロン素材はミウッチャ自身が認めているように「これまでの、保守的な“ラグジュアリー”のイメージ」そのものを一変させた。どれだけ細い糸を使っているか、どれだけたくさんのクリスタルが縫いつけられているか、といったことはもはや基準ではなくなった。抽象的なコンセプトが、高級品の裏付けとなることを、プラダは身をもって示したのだった。 

ナイロンはその後もずっとプラダのコレクションに使われてきたが、2018年春夏には、この素材が再び主役に躍り出た。モデルたちは、黒のナイロン素材を使ったメンズライクなオーバーコートを羽織り、袖をまくり上げた着こなしで登場した。さらにウエストを絞り、ふわりと広がったナイロン製のドレスやジョギングパンツに加えて、あの有名なバックパックもモチーフとして再登場した。今回は新たにスタッズ付きの赤のレザーストラップなどを加えて、ショルダーバッグやヒップバッグにアレンジされて、ランウェイを飾っている。

ファッションが女性の地位向上のためにできること。

ファッションの道を選んだときに政治はあきらめたと語るミウッチャは、自分がデザインする服で声高に政治的な主張をすることは極力避けている。だがバックステージでは、フェミニスト支持の立場をはっきりと示した。「世界を変えたいだけ。特に女性のために。私たちにとって逆風があまりに強いから。いまだにね」。ショーが終わってから、プラダのオフィスで改めて話を聞いたときにも、彼女はこの話題を再び持ち出した。「私たち女性の立場はまだまだ低い。みんな賢く、優れていて、すべてを手にしている。なのになぜ平等じゃないの?」と問いかける彼女は、女性の地位が向上しない理由について、自分なりの考えを明かしてくれた。「長い間この問題について考えてきて思うのは、女性が暴力を恐れているからじゃないか、ということね。女性は肉体的に弱いうえに、子どもを守らないといけないから」

こうした現状に対する彼女の回答は、現代を生きる女性が共感でき、なおかつ「抵抗」というテーマを持つ、実用的なワードローブを作る、というものだ。「私は自分が作るものや仕事を通して、できる限り政治的であろうとしているの。でも、あからさまではない形でね。政治的な主張にファッションを使うなら、さりげなくやるべきだと思うから」

というわけで、政治的スローガンの入ったTシャツは、ミウッチャのスタイルではない。「私の思考は複雑なの。ひとつの単語ではとても表現できないわ」と彼女自身も言う。とはいえ、自らの主張を打ち出すやり方は、ほかにもある。春夏では、実用第一に思えるナイロンを用いたアイテムとともに、フェミニストのアーティストによる、女性のスーパーヒーローが悪の勢力と戦うカートゥーンにあふれていた。これはドナルド・トランプ大統領を直接名指ししたものでも、女性の権利拡大に逆行する動きにはっきり反論をしたものでもないが、「現状を受け入れるつもりはない」というミウッチャ流の主張と言えるだろう。「分析しようと思えば、深読みできる余地がある。誰も読まなかったらそれまでだけど、深みがきちんとあるのよ」と彼女は言う。

トレンドではなく、コンセプト重視の服作り。

さらにミウッチャは、30年以上にわたりこだわり続けてきた素材、ナイロンについて自らの想いを語ってくれた。「当時、私は新しいことを主張していたの。今になって、あの気持ちが蘇ってきたわ。今こそ復活のときね」と、彼女は今になって再びナイロンを取り上げた理由を説明し、豪華なクチュールに影響されて肥大してきたファッションが、またシンプルな方向に回帰したとの見方を示した。彼女いわく、“ラグジュアリー”という言葉が「あまりに使われすぎて価値を失っている」今だからこそ、古い価値観を一掃し、実用本位で、新しい基準を示すナイロンの出番なのだという。

今回のヴォーグの撮影に合わせて、ミウッチャはアーカイブを探し、これまでに発表したナイロンのギャバジン素材を用いたシリーズの中から、最もお気に入りのアイテムをピックアップしてくれた。今シーズンのアイテムと並べて撮影しても、どれが昔のデザインで、どれが今のものか、なかなかわからない。

ミウッチャは、20年以上前に自らデザインした服を「こうして今見ても、とてもモダンだと思う」と評した。「プラダのアイテムは古くさくならないものが多いの。それは、トレンドを追うこと自体が目的になっていないから。プラダの服は、着てくれる人のさまざまな面や性格、考えを反映している。トレンドというより、コンセプトから生まれた服ね」と語り、さらに自らの創作のプロセスについても解説した。プラダのデザインは、絶え間なく自分に問いかけ、新しいものを求める、強い気持ちから生まれているという。「私はとにかく考え抜くの。すべてを疑うわ。疑いと議論が、私の仕事のプロセスなの」と語る。「たとえば、キャメル色のコートを作るとしても、“キャメルのコートはこういうもの”という既成概念に逆らうコートって、どんなものだろう? と考える。これが私のやり方。常にこれまでのルール、当たり前の反対を行こうとするの」

プラダも高級ブランドというセクターに属する以上、売り上げに関するプレッシャーと無縁ではない。デザイナーであるミウッチャ自身は、新しい世代の顧客の心をつかみたいと考えている。ただし、“ミレニアル世代向け”といったカテゴリーをわざわざ設けて、こうした世代に媚びるような、ありきたりな手を使う気はないようだ。「ミレミアル世代が話題に出るのは誰かが何かをこの世代に売りつけようとするときだけ。それはとてつもなく失礼なことだと思うの」と彼女は言う。ミウッチャは、売れる商品を作ることは「私たちの重要な務めのひとつ」と認めながらも、「それは私たちの本能に反する」と断言する。彼女によれば、「私たちの本能とは、いい仕事をして、みんなに敬意を払い、意義あることに取り組むこと」なのだという。

服はあくまでも道具。その人の内面がもっとも重要。

インタビューはさらにヒートアップする。話題は、賢い女性はどのような格好をすべきか、という話に移った。ミウッチャは、いわゆる「賢そうに見える服装」には反対だ。「賢い女性が超セクシーで、ヌードすれすれの格好をしていてもいいし、好きなようにしたらいいわ。裸で外に出たいというのでも、私はまったく構わない。ただし、あくまでその人自身が選んだ場合、という条件がつくけれど。頭がよくて信念を持つ女性はこういう見かけでないと、なんていう決まりはないと思う。何でも好きなものを着ればいいのよ」

さらに彼女は、力を持つ女性がそれを誇示するような格好をする、いわゆる「パワー・ドレッシング」の神話にも異を唱えた。「最高にパワフルな服を着て、でもまったく力は持っていない。それでもいいでしょう? おバカな小娘みたいな格好をしているけれど、すごい力を持っている、というのもいいわ。セクシーかどうかというのは心の問題で、着るものがセクシーならそうなる、というものではないの。そういう意味で、服というのはあくまで道具にすぎないと、私は思う。素敵なドレスをまとったからといって、人が変わるわけじゃないわ」

ミウッチャが個人として、さらにはビジネスの上でも戦ってきた問題には、ほかにも、ファッションを価値のないものとしてさげすむ、世の中の風潮がある。「いまだに上から目線であれこれ言ってくる人がいるのよ。この問題を解決できる方法は私も見つけていないし、ずっと考えてきた課題ね。あるジャーナリストからは、『ファッションの地位が低いのは、女性の仕事だと考えられていたからだ』なんて言われたのよ」と彼女は嘆く。

だが、ファッションを刹那的で無意味だとけなす文化人たちも、そこから学ぶべきことがあるはずだと、ミウッチャは考えている。彼女はアートにも造詣が深く、彼女が夫と共同で設立したプラダ財団の本部は、レム・コールハースが設計を手がけ、金箔が張られた建物がひときわ目を引く施設だ。だが、ここに集う文化人にも、彼女はファッションから学んでほしいという。─具体的には? 「もっと魅力的に見せる方法を考えないとね。文化だって魅力がないと、誰にも振り向いてもらえないわ」。思想を持つデザイナー、ミウッチャ・プラダは世界をハッとさせ、注目を集めるすべを心得ている。そんな彼女の主張は、確かに傾聴に値するだろう。
参照元:VOGUE JAPAN