子豚ちゃんと時計の長針【彼氏の顔が覚えられません 第12話】

世の中って、とことんうまくいかないものだと思う。正月3日目の朝、ベッドで隣に寝てるのは、カズヤじゃない。

「朝だよ」

隣で寝ている彼女に声をかける。この子が嘘を言ってなければ、彼女はきっと、ユイの友達のマナミのはずだ。顔は、例によってまったくわかんなかったけど。

マナミは寝息を立てている。起きる気配はまったくない。ときどき「フゴッ」という音を立てたりする。ユイ曰く「整った顔立ち」に似つかわしくないように思えるけど、よくよく見ると鼻が少し上向きで、子豚ちゃんみたいだ。

記憶を整理しなくちゃならない。ベッドから抜け出し、机の上のノートとペンを取る。きのう、伊勢うどんを食べたとこまではよかったと思う。少し高かったけど、ちゃんとおいしかったし。フワフワして口の中でとろけるような食感や、黒くて濃いのに少し甘みのあるタレの味とかも新鮮だった。2年の先輩の家で食べたカップラーメンなんて比べものにならないくらいの。

「比べちゃだめでしょ」。まぁ、そうだね、脳内ユイ。

で、その後だ。二人で浅草線に乗って、浅草寺まで行って。正月三が日だから人多いだろうなぁとある程度覚悟してたけど、実際着いてみたらぜんぜん足りないどころじゃないってくらいの人の多さで。

「わー、これ、お賽銭箱にたどり着くまでに何分かかんだ…?」

「“分”、じゃないよ。2時間くらいかかっちゃうよこれ」

「まじか! ディズニーランドのアトラクションかよ!」

って言い合いながら、大勢が並ぶ列に加わって。こんな場所、一人だったらきてないだろうって思った。絶対気分悪くなるし、一生トラウマになるって感じだったけど、はぐれないようにカズヤの腕にぎゅっとしがみついていたら、二人の距離もぐっと近くなって。優しいカズヤのにおいも、どんどん香ってきて。

なんだか、カズヤのにおいがフレグランスみたいになって、心地よさを保っていたような気がする。

で、ほんとに2時間くらいかけてお参りを終え、出てくるとき。「あれー、イズミとカズヤじゃーん」って声が聞こえて。見ると、雷門の柱に女性が立っていて。どっかで聞いたことあるような声って気がしたけど、さっぱり思い出せなくて。

「だれ?」

ただ、カズヤもそう言った。女性は、「えっ、ひどーい、覚えてないの? スペイン語のクラス、いっしょでしょー! マナミよ、シノザキマナミ」なんて言う。マナミ。それで思い出した。ユイの友達だ。

で、そっからだ。デートプランが吹き飛んだのは。「ねー、ふたり、デート? いいなぁ。私、ひとりできたのに。うらやましー。ねぇ、よかったらさぁ、一緒にゴハン食べに行こうよ。ちょっと、二人に相談したいこととかあるしさぁ。時間、そんなに取らないから」なんてありえない頼みだったのに、カズヤってば、「べつにいいけど、相談って?」なんて言って。

時刻は、夜7時ぐらいだったろうか。彼女の言う相談とやらが、まさか時計の長針をそこから4回半も回してしまうことになるとは、思いもしなかった。

(つづく)

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(平原 学)

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