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テーマ「UP」。KYOTOGRAPHIE 2018、写真が持つポジティブな影響力が導く未来。

  • 2018.4.23
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新星・宮崎いずみの会場エントランス。中の展示は観てのお楽しみ。
【さらに写真を見る】テーマ「UP」。KYOTOGRAPHIE 2018、写真が持つポジティブな影響力が導く未来。

新たな会場も追加。KYOTOGRAPHIE 2018がスタート。

日本が世界に誇る文化芸術都市・京都を舞台に、すっかり春の風物詩となった「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭」が今年も始まった。国内外の貴重な写真コレクションが、普段はなかなか足を踏み入れる機会のない歴史的建造物やモダンな近現代建築の空間で展示されることで知られるが、今回さらにとっておきの会場が加わった。メインプログラムからいくつか見どころをピックアップしてご紹介したい。

〈働き者〉という日本の労働への価値観を見つめる。

JR嵯峨野線丹波口駅から徒歩8分ほど。“京都の台所”をささえる京都市中央市場。午前中は軽トラックやターレーが慌ただしく行き交う場外の路地に作品展示がある。できれば市場の商いがちょうど落ち着く頃、お昼前後に訪れることをおすすめしたい。

たとえば、日本に拠点を置くフランス人アーティストK-NARFが、商店や路上で働く人々のポートレートを、現場に特設セットを組んで撮影してきた『THE HATARAKIMONO PROJECT』。フランスには該当する言葉がないという〈働き者〉というほめ言葉が象徴する、日本の労働力をささえる人たちを捉えたシリーズだ。

近年、機械化やAIの導入で絶滅危惧種となりつつある〈働き者〉たちとの出会いから、あらゆる仕事に尊敬と誇りをもつ日本の文化を知ったという。「あるとき工事現場で働く人に撮影をお願いしたんですが、目標は100人と話したら、すぐに同僚を4人も連れてきてくれたんです」と驚く作家自身も、その緻密な仕事ぶりからなかなかの〈働き者〉とお見受けした。本展では京都の〈働き者〉にアプローチした新作を発表している。

ビビッドな写真の裏にある災害の惨状。

市場界隈の一角に旧氷工場の「三三九(さざんがきゅう)」と呼ばれるコンクリート建築がある。ここではスペインの写真家、アルベルト・ガルシア・アリックスの展示が観られる。

少年時代からバイクと写真を愛し、被写体を真正面から捉えたポートレートを通して、精神の純真さやリアリティを追求してきたスペインを代表する写真家。スペイン内戦以降、政権に抵抗した若者たちのカウンターカルチャーの第一人者であり、盟友には映画監督ペドロ・アルモドバルらがいる。

いまは往年のロックスターを思わせる風貌のチャーミングな作家だが、写真のなかで仲間たちと破天荒な青春を謳歌する様子には、時代の潮流を問わず、自由と放埒を求める若者のすべてが表現されていた。

同じ建物の1階旧貯氷庫と地下機械室の朽ちかけた空間には、南アフリカの著名な写真家ギデオン・メンデルによる『Drowning World』が展示されている。世界各地で起きている気候変動がもたらした洪水の被害に遭った人々を撮影したこのシリーズは、一見ビビッドで美しい写真だが、よく見れば、地域ごとに違いのある惨状の差異を並列して見せている。地球環境を蝕む異常気象が、特に貧しい人々の生活に与える激変をあらわにする作品だ。

超富裕層の思惑に振り回される、現代アメリカの病巣の深さを鋭く指摘。

今回あらたに展示会場として使われている、もう1つの場所が京都新聞ビルの印刷工場跡だ。大戦で爆撃をまぬがれた京都には明治大正時代から残る建築物は珍しくないが、街中の地下深くにこれほど巨大な“遺構”が眠っていたとは想像もつかなかった。

ここではある意味でこの空間とミスマッチな作品を観ることができる。アメリカの写真家ローレン・グリーンフィールドは、きらびやかで物欲まみれの現代のアメリカの実像を写真やドキュメンタリー映像に収めてきた。大阪のおばちゃん並みに大胆な彼女のカメラアイは、ひと握りのスーパーセレブではなく、アメリカンドリームの伝説と富裕層の豪奢な暮らしに憧れるあまり、「冨の前借り」として身の丈を超えた偽りのセレブ生活を送る人たちのプライベートに潜入する。

「名声やブランド、若さや美貌、性的魅力といったイメージの領域にまで通貨価値が拡大した時代、豊かさというものの定義に関心がある」と作家は語る。いまや政治さえも超富裕層の思惑に振り回される現代アメリカの病巣の深さを毒々しく暴いてみせる写真である。

対照的なプレゼンテーションにも注目 ---- フランク・ホーヴァットとジャン・ポール・グード。

毎年おなじみとなった展示会場の空間も、作品によってまったく違う顔を見せる。歴史ある大店町家建築の1階にある嶋䑓ギャラリーはまるで迷路のような展示空間に変貌していた。

東京のシャネル・ネクサスホールから巡回した、御年90歳を迎える巨匠フランク・ホーヴァットの写真展は、タイトルどおり、街角で思わず振り返って“二度見”してしまうような「ある女性の一瞬」の閃きを捉えている。

なかでも京都の展示では、西洋絵画に描かれた女性像にあえて“似せた”ポートレートの連作『Very Similar』が際立った。油彩画のように光を吸い込む質感と静謐な空気感は、彼のモノクロのファッション写真とはひと味違う角度から、欧米の女性たちのもつ彫刻的な美と気品を引き出している。

これと対照的だったのが、京都文化博物館のジャン・ポール・グードの大がかりなインスタレーションだ。

1980〜90年代、写真家、アーティスト、デザイナー、映像ディレクターなど多岐にわたる“イメージメーカー”として活躍。世界有数のブランドやメディアと共犯関係を結び、アイコニックな広告やアートワークを創出した。享楽の時代ならではのインパクト重視、ビザールな喧噪に満ちたビジュアルプレゼンテーションは圧巻だ(カタカナ多い)。

公私ともにパートナーだったジャマイカ系の歌姫グレース・ジョーンズ、アラブ系のスーパーモデルであったファリーダ・ケルファ、そして現在のパートナーでありミューズである韓国系のカレン・パーク・グードのポートレートを主軸に、欧米社会でマイノリティと見なされる人々の身体的特徴をセンセーショナルかつポジティブに表現したイメージが集積する。

会期中毎日、ソプラノで歌いながら回遊する美しいダンサーとトライバルな男女のフィギュアが廻転する立体展示や映像上映が、めくるめくような浮遊する空間をつくりあげていた。

再注目の写真家・深瀬昌久のアーカイブがずらり。

老舗帯問屋、誉田屋源兵衛の竹院の間では、伝説の写真集『鴉』が英国の出版社MACKから再販され、近年再注目される写真家・深瀬昌久のアーカイブから貴重な作品を展示している。

1974年、ニューヨーク近代美術館(MoMA)が日本の写真家を世界に初めて紹介した写真展『New Japanese Photography』に土門拳、東松照明、奈良原一高、森山大道と共に参加した深瀬は、20世紀の写真界を撹乱した写真家の1人。

身近なモチーフを被写体とする写真が並ぶなか、家に迷い込み、ある日フッといなくなった子猫をドアップで捉えたスナップが目を惹く。写真家の執拗なまでの観察眼が引き寄せるのは、脆弱な小動物が必死の形相で現実に立ち向かうハードコアな切実さであり、癒しとかモフモフとは真逆にある、高揚感とざらつきであった。

同じように、1918年生まれの前衛華道家・中川幸夫が遺した花の面影もまた“厳しさ”と高揚をもたらす。

通常は一般公開されていない建仁寺両足院。庭をのぞむ奥座敷に、本展のキュレーター片桐功敦のいける花、黒畳と焼杉のしつらえと共に、中川が自身の花をカメラで捕らえた写真が鎮座する。

池坊を脱退後、中川は「いけ花」の概念を凌駕する作品に挑み続け、2012 年に他界するまで精力的に活動した。ギャラリー小柳での個展、あるいは舞踏家・大野一雄と越後妻有でおこなった数千本のチューリップを天空から“散骨”ならぬ“散花”するパフォーマンスの機会に、筆者も孤高の芸術家の厳めしくもユーモアに溢れる人間像に触れた。

花の美しさや瑞々しさに対して視覚的な耽溺に流れることなく、花の命を純度高く抽出し、さらにはその先にある死をも表現しようとこころみる。その独自の世界観に讃歌を捧げる展示空間だった。

「写真」のもたらす原動力、ポジティブさに改めて焦点を当てる。

6年目を迎えるKYOTOGRAPHIEのテーマは「UP」。私たちは、個人としても、グローバルな局面でも、他人事で済まされない問題に直面しながら生きている。ネットに流れてくるニュースは悲惨で禍々しく、許しがたい偽りや矛盾に満ちている。

しかし、生きるための仕事や雑事に追われる日常では、それに対してただ憤るしかないのが現実だ。ならば一般社会に暮らす私たち一個人は、社会活動や政治運動に参加しないかぎり、結局は自身の環境や世界をより良く変えることはできないのか?

KYOTOGRAPHIEは「写真」のもたらす原動力に眼を向けることを提唱する。無縁と思える異文化の世界で起こっている事件や現象を、高解像度の画像を通して知ることが可能になったいま、表現としての写真はときに無関係な人々の感覚を刺激し、強い関心を惹き、社会的な高揚をも巻き起こすことができるかもしれない。

今年のテーマ「UP」はそんな写真のポジティブな影響力に着目する。国籍、文化、世代の違いを超えてイメージを共有することで、目線を高く上げて全方位的に世界を見渡すきっかけを与える写真にフォーカスする。今年も京都で濃密な写真の世界を体験できるだろう。KYOTOGRAPHIE 2018 京都国際写真祭
会期/開催中~5月13日(日)
https://www.kyotographie.jp
住吉智恵(Chie Sumiyoshi)
アートプロデューサー、ライター。東京生まれ。「VOGUE」ほかさまざまな媒体でアートや舞台についてのコラムやインタビューを執筆の傍ら、アートオフィス「TRAUMARIS」を主宰。各所で領域を超えた多彩な展示やパフォーマンスを企画。子育て世代のアーティストと観客を応援する「ダンス保育園!!」実行委員会代表。今春リニューアルするカルチャーレビューサイト「RealTokyo」にてディレクターを務める。http://www.traumaris.jp

参照元:VOGUE JAPAN

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