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男性も女性も”恋をするのが面倒なとき”はある!どうすべき…?

  • 2018.1.23

「恋をするのがめんどくさいのですが、どうすればいいのでしょうか」という恋愛相談をしばしば目にします。
たしかに恋するって、めんどくさいと言えばめんどくさいことなので、このような相談を読むたびにぼくは、相談者にしばしば同情することになります。

だって、たとえばひとつの恋が終わったあとをとっても、あのなんとも形容しがたい切なさや、自己否定感、相手の気持ちを思うたびに沸き起こってくる自分のダメさ加減をひとりで抱えるのって、めんどう以外のなにものでもないと思わないですか?
誰か相談できる相手がいたとしても、相談を聞いてくれる人にとっては、すべて他人事なわけですよ。どんなに親身に話を聞いてくれたとしても、他人事なわけですよ。
だから、ひとりで、めんどくさい気持ちと向き合うしかないし、場合によっては失意のうちに、ただただ時間が過ぎるのを待つしかない。
この、待つというのも、かなり苦痛ですよね。あ~、めんどくさ。

男子が「恋ってめんどくさい」と思うとき

ちなみに、男子が「恋ってめんどくさい」と思うときって、女子特有の気まぐれさと素直じゃないところに触れたときらしいですよ。
たとえばデートのとき、なぜか急に「やっぱ、わたし、今日は自分の家に帰るわ」と言う女子…デートの前に「今日は自分の家に帰る」と宣言してくれりゃあいいものを、デートの途中にそれを言われると「おれ、彼女に対して、なにか悪いことでもしたかな?」とか「この、やる気満々だった気持ちをどうすりゃいいの?」などとモンモンと悩むわけです。あ~、めんどくさ。

あるいは、「好き」と言ったかと思えば、翌日になって「やっぱり好きじゃない」と言い、そのまた翌日からは、その男子のことを遠くから明らかにチラ見しやがる女子、つまり素直じゃない女子を前に、男子は「どうすりゃええねん」と思うわけです。あ~、めんどくさ。

恋って、究極の人間関係のカタチ

女子の気まぐれさや、素直じゃないところに、運悪く振り回されることになった男子は、もう恋が面倒というのを通り越して、生きていることがめんどくさく思えてくることがあります。
自分の好きという気持ちを、好きな女子が素直に受け止めてくれないと、もうなにをしていても気持ちがそこにないんですよね。
ぼんやりしちゃって、なにをやっていても心の底から楽しいと思えなくて、やがて生きていること自体がめんどくさく思えてきます。

男子も女子も人間だから、女子の中にもきっと、似たような気持ちを抱いたことのある人がいるかもしれないですね。
恋って、自分のことを第三者に受け入れてもらえる究極の人間関係のカタチだから、恋がうまくいっていないと、自分の存在を否定されているかのような気分になり、それが生きること自体をネガティブに考えさせるようになる。
つまり恋をするのが面倒くさいときって、生きていること自体が面倒くさいときではないかと思います。
そういうときに、あなたはどうすべきなのでしょうか…?

食べて寝ることで、なにが生まれるのか?

美味しいものをたくさん食べて、ぐっすり眠るといいのではないでしょうか?
なぜなら、そうすることで、理性が正常にはたらくようになるから。人間の身体は、そのようにできているらしいから。
人間の理性とはどこに向かっているのか?
たとえば、17世紀のフランスの哲学者であるアルノーさんの著書『論理学、別名思考の技法』を読むと、ぼくは、「人を好きになる」ところに向かっていると解釈できるのではないかと感じました。
理性がはたらくと、人との関わりが面倒なものではなく、むしろ人を好きになりたいと思えるようになると、17世紀の哲学者は言っているのかもしれないと解釈しました。

ということは、アルノーさんもきっと、女子の気まぐれさや素直じゃない性格に、さんざん振り回されてきたにちがいない。(ひとみしょう/文筆家)

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