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【速報】デザイナーのエルベ・レジェが死去。90年代にバンドドレスで一世風靡。

  • 2017.10.8
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13年当時のエルベ。Photo: PIERRE VERDY/AFP/Getty Images
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フランス人ファッションデザイナーのエルベ・レジェが、2017年10月6日に亡くなった、とフランス・オートクチュール連盟が確認した。60歳だった。ボディを包み込んで強調するバンドドレスで知られる彼のデザイナー人生を振り返る。

自身のブランド「エルベ レジェ(Herve Leger)」の名前で世界的に知られるエルベ・L・ルルーは、90年代を決定付けるスタイルのひとつを生み出した。テキスタイルをつなぎあわせてボディを成形し、まるで彫刻のようなタイトなシルエットは、スーパーモデルの究極のユニフォームとなった。多彩な色を使用し、着る人のボディラインを包み込み、そして強調する女性らしいシルエットに誰もが夢中になった。

エルベは、1957年5月30日にフランス北部の小さな町、バポームで生まれた。70年代後半に彫刻と美術史の研究から転じて、ヘアドレッサー兼帽子職人として働きはじめ、1981年にカール・ラガーフェルドと出会う。フェンディやシャネルでラガーフェルドについて活動し、1984年にペリカン通りに最初のブティックを開いた。ブティック(ラガーフェルドの助言により、「エルベ レジェ」という新たな名前で立ち上げられた)は、手作業で色付けしたドレスやハットを専門とし、やがてパリのスタイリッシュなショッピングスポットのひとつつとなった。

自身のブランドを立ち上げたと同時に ランバンやダニエル・スワロフスキー、シャルル・ジョルダンなど、他のブランドのためのフリーランス活動も継続した。そして真の飛躍が、1991年に初めて開催したショーによってもたらされた。パリの少人数の観客の前で54ルックを披露。型から成形したようなドレスのスタイルやボディコンシャスなシルエットがメディアの目にとまった。「エルベ レジェはパリがファッションの創造性の中心である理由を示した。コレクションはオリジナル性があり、考え抜かれ、豊富な知識に裏付けされたものだ。現在到達可能な扇情的なスタイルのひとつの頂点」といったように。

エルベ レジェ」は1998年に、LAを拠点とするBCBG MAXAZRIAに買収され、彼自身はその後すぐに袂を分かっている。1999年4月には名前の商業利用権を喪失。しかしそれに屈せず、また忠実なクライアントの支持もあり、パリのジャコブ通り32の新たなブティックで「エルベ・L・ルルー」の名の下、オートクチュールやイブニングガウン、スイムウェアをデザインし続けた。2000年には、「私のクライアントは世界中からやって来る。ドレープや装飾ではなく、ボディのシルエットをそのままの形で最大限生かしたい女性たちだよ」とインターナショナル・ヴォーグ・エディターのスージー・メンケスに語っている。

2013年には、12年間の休止期間を経て、オートクチュールおよびファッション連盟に招かれ、パリのクチュールスケジュールでゲストショーを行った。彼のコレクションをこよなく愛した顧客のひとり、ディタ・フォン・ティースは自身のインスタグラムで哀悼の意を示した。「オートクチュール界で“グラン・マダム”と呼ばれたマダム・グレの女神のガウンを真に現代に蘇らせた唯一のドレスメーカーだと思う。彼のウィットや率直な性格、極上のエレガンス、それにもちろん才能が好きだった。その才能は本物の情熱から来るもので、ファッションビジネスには興味がなかった人」とコメントしている。

参照元:VOGUE JAPAN

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