傷をつつく指 【自由が丘恋物語 〜winter version〜 第7話】

ふたりのメール交換が始まった。

ありふれた日常の報告。おいしいトルティーヤを食べたこと。新しいコミックが店に入ったこと。1時間、水を飲まずに歌ったら喉がかれたこと。コミックカフェでシャワーを浴びていたらお湯が急に冷たくなってびびったこと。仕事でヘマして鮎子とふたりで上司に怒られたこと。

そして桃香は自由が丘に行くたびに慎吾のバイト先を訪ねた。作曲家をめざす女の子が主人公のコミックを慎吾が見つけて薦めてくれた。店に行くたびにそのコミックを1巻読む。主人公の女の子が夢だけじゃ生きてゆけないと周囲の反対にあいながらも曲を作り続ける。作曲家で喰ってゆくなんてひと握りの奴しかいないと、くじけてしまうような言葉を投げつけられてもメジャーなメロディラインを心の五線紙に浮かべる。桃香は応援した。

「夢見たっていいじゃない。夢見る力がないと、作曲家や歌手なんてなれないんだから」

と。慎吾にも感想を聞いてみると、困ったような顔をしながらかわされる。慎吾は夢をあきらめたぶん、力強い未来を描くのが苦手だ。桃香は、

「慎ちゃんも新しい夢みっけようよ」

とまっすぐに見つめて伝えた。慎吾はジャケットのポケットに両手をつっこんだまま何も答えず上を向いた。

ふたりの関係は日ごと親密になっていく。鮎子は、心を閉ざしていた慎吾がだんだん自宅のリビングにいる時間が長くなるのを肌で感じていた。ソファの上にサッカー関連の雑誌が置いてあることもあった。恋はカチコチに固まった心をやさしくほぐす。家族が踏み込めなかったささくれた部分に光を導く。「ありがとう、桃香」口には出さなかったが、会社で桃香に会うたびに感謝した。

ある日、桃香は詩を書いていた。「明日は晴れだよ」「音符がフルフル跳ね回るね」「ジャンプして、ハっとするようなブルースカイ」…コミックの主人公を励ますような言葉を考えているうちに、その対象が慎吾に変わっていった。

慎吾こそ、日差しがふりそそぐコートで好きなボールと一緒に走り回って欲しい。ブルースカイをバックにゴールに向かって右足でボールを蹴り入れる。しばらく詩を走り書きしたノートを見つめていたが、ヨシっと自分にだけ聞こえるようにささやき、慎吾にメールを書いた。

「慎ちゃん、サッカー、もうしないの? 私の高校時代の友達がフットサル部作ってメンバー募集してるよ。社会人、学生で月3回、夜の練習に来れる人って。下手でも歓迎だって!」

ドキドキしながら送信ボタンを押した。慎吾の傷ついている部分を、人差し指でそっと押して「痛い?」と聞くようなそんな心境だ。

(続く)

(二松まゆみ)

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