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「突然のキス」に不機嫌になる男|12星座連載小説#127~天秤座 10話~

  • 2017.7.27
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「突然のキス」に不機嫌になる男|12星座連載小説#127~天秤座 10話~

12人の女性たちの生き方を、12星座になぞらえて紹介していくショートクロスストーリー『12星座 女たちの人生』。 キャリア、恋愛、不倫、育児……。男性とはまた異なる、色とりどりの生活の中で彼女たちは自己実現を果たしていく。 この物語を読み進めていく中で、自身の星座に与えられた“宿命”のようなものを感じられるのではないでしょうか。
文・脇田尚揮【12星座 女たちの人生】第127話 ~天秤座-10~

―――マズかった……?
彼は硬直したまま、私の方を見ている。
「どういうこと……ですか?」
自分の顔がみるみる内に火照ってきたのが分かる。おそらく真っ赤になっているだろう。
これまで“この作戦”で失敗したことは一度もない。ほとんどのオトコが落ちたわ。
この気まずい空気、何とか誤魔化さなきゃ……。
『あの、ホラ、遅くにわざわざ来てくれて、HP直して下さったから……その……お礼のつもり……的な……』
「…………」
―――また、しばしの沈黙のあと。
「……佐々木さんは、“そういう方”なんですね……」
一言、彼がポツリと呟いた。
“そんな人”……?それってどういうこと……?
すぐにキスしたり、身体を許したりするような“軽い女”って思われた……?
「もうすぐ作業終わりますので……」
そう言って彼は、PCに向かって修復作業を始めた。
『あの……ごめんなさい』
「どうして謝るんです?」
PCから目を離さずに彼が答える。
『突然、あの……』
「謝るようなことなら、しなけりゃいいじゃないですか……」
『…………』

エンターキーをパチンと叩いた音が、“終わりの合図”だった。
「修復、終わりました。一応チェックもしてあるので大丈夫かと思います」
『……ありがとうございます』
「それでは、私はこれで……」
薫さんがスクッっと立ち上がって、バッグを肩にかける。
「次からは、こんな夜遅くにお邪魔するのは、控えさせて頂きますね」
そう言って玄関へ向かう。
今の私には彼を引き止めるだけの理由も気力もない。ただ、黙って見送ることしかできない。
『あ……下までお送りします……』
「いえ、ここで大丈夫ですよ。それではお邪魔しました」
見送りすら拒否された私は、ドアの隙間から彼が見えなくなるのをただ見ているだけ。
ドアがカチャンと音を立てて閉まった後には、物音ひとつしない空虚な部屋にひとり。
ティーカップに彼は口をつけていなかった。
『何よ……!』
これまでオトコからこんな対応をされたことはなかった。キャバ嬢だった頃も、いつもオトコは私を“特別扱い”してくれたのに。
『童貞のクセに……』
“オンナとしてのプライド”を傷つけられた私は、ベッドに突っ伏す。
『呼ばなきゃ……良かった』
オンナが勇気を出して誘惑したというのに、邪険にするなんて……。
ここ最近、舞い上がっていた自分が恥ずかしい。柄にもなく、仕事なんかにも一生懸命取り組んじゃってさ……。
『バカ……』
―――その日の夜は眠れなかった。そして翌朝、私は“また”遅刻した。
前のように、けだるげな勤務態度に逆戻りだ。
せっかく仕事、楽しかったのにな……。ドキドキしていて、頑張れて、評価されたりなんかもして。
一生懸命頑張る自分は嫌いじゃない。でも、何だか必死みたいで、カッコ悪い。だからいつも、頑張らないようにしてきた。
全力を出して上手くいかないなんて、私の美学に反するから。
いつも余裕があって、オトコたちにチヤホヤされて……。幸せな結婚をして、美しいものに囲まれて……“マダム”になるのが夢。
……でも、
それで良いのかな……。
私のテンションに反して、サイトの方は好調―――。
今日も新作が2着、アクセサリーに加えてパンプスまで売れている。
主任も、
「サイト販売担当者も必要かしらね……梱包や発送、メッセージのやり取りなんかも今後、増えてきたら手間だしね」
なんてことを言っている。
私……、薫さんのお陰で、夢中になれた。
薫さんと親しくなれば、もっと何か“違う自分”を見つけていけると思っていたのに。

―――気がついた。
私、恋をしていたんだ―――。
いつから……?
期待したり、呆れたり、感謝したり、悲しかったり……。
こんなに私の感情を振り回すなんて。
薫さん……
大人しそうな外見に反して、頑ななこだわり。優秀で仕事ができるのに、女性慣れしていない。
なんだろう、このアンバランス……。
これまで私が関わってきた、どんなオトコとも違っている。
『……頑張ってみようかな』
つい声に出た。
私、変わりたい……!
『あの、主任!』
「どうしたの?佐々木さん」
『私、サイト販売担当、やらせて頂けないでしょうか?』
「え……でも、お給料変わらないから仕事量が増えて大変よ」
『いいんです。私、やってみたくって』
カッコをつけずに、どんな小さいことにも一生懸命な薫さん。私も、そんな薫さんみたいになりたいと思った。
―――接客の合間に、裏でお客様とメールをやり取りして、売れた商品を丁寧に梱包する。
HPはクレジットカード決済だから、すぐに発送手続きに移ることができるんだけど……発送システムがまだ確立されていないから、直接郵便局から送るしかない……か。
洋服を買った時って、すぐに商品を着てみたいと思うわ。すぐに着てみて、鏡の前に立ってイメージ通りかチェックするのよね。このくらいの数なら、私にでも持っていけるはず……。
『すいません、発送しに郵便局、行ってきます!』
売れた商品を手に取り、駆け出す。お店から郵便局は、小走りなら5分で着くわ。
薫さん……。私を変えてくれたオトコ……。
店の外に出ると、太陽が燦々と輝いていた―――。

【今回の主役】
佐々木恭子 天秤座27歳 アパレル店員
センスがよく整った容姿の女性。男に困ったことがなく、広く浅く男性と付き合う、いわゆる“リア充”である。将来の夢は玉の輿に乗ることで、毎週タワーマンションで催される会員制パーティー『ロイヤル・ヴェイル』に参加している。仕事仲間からは陰口を叩かれているようである。

(C) Ollyy / Shutterstock
(C) Best Photographer / Shutterstock

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