1. トップ
  2. 恋愛
  3. 「子育てしんどい」はパパだって言っていい【新米ママ歴14年 紫原明子の家族日記 第29話】

「子育てしんどい」はパパだって言っていい【新米ママ歴14年 紫原明子の家族日記 第29話】

  • 2017.7.11
  • 57693 views

ある日の朝、私の前を、これから保育園に行くと思しき親子連れが歩いていた。お父さんと、2、3歳くらいの小さな男の子。二人の押しているベビーカーには、まだ歩けなさそうな赤ちゃんが乗っていて、後ろ側には登園グッズが山のように吊り下げられている。

よくある朝の風景だけど、なんとなく気になったのは、妙にお父さんの足取りが重かったからだ。今にも止まりそうな速度でノロノロと歩く。いくら子連れと言っても、あれでは保育園までたどり着けるのだろうか……と思っていると、突然お父さんが立ち止まり、ベビーカーからだらんと両手を離してしまったのだ。

小さな男の子が何とかベビーカーを抑えようとするものの、ベビーカーはすぐにバランスを崩して、支えていた男の子といっしょに真横に転倒。ところがお父さんはというと、不思議とまったく慌てる様子もなく、男の子を見て「もう、やめてよ」と不機嫌そうに叱る。それからゆっくり、渋々といった様子でベビーカーを起こしたのだった。

当然ベビーカーの赤ちゃんは大泣き。つい、大丈夫ですか?と声をかけると、お父さんは何事もなかったかのように、大丈夫です、と答えて、そのままそそくさと保育園の方に歩いて行ってしまった。

勢いよく倒れたわけじゃないから、赤ちゃんや男の子はまあ大丈夫だろう。それより気になるのはお父さんの方だった。完全に気力を失っているように見えた。疲れてるのかもしれないし、体調が悪いのかもしれない。何かすごく気になることがあって、余裕を持てない状況かもしれない。

でも、だからって「ほんとに? ほんとに大丈夫ですか?」なんて、いきなりしつこく聞くわけにもいかない。私に聞こえなかっただけで、男の子が何か叱られるべきようなことを言ったりやったりしているのかもしれないし……でも、そうはいってもやっぱりもやもやが残った。社会で子どもを育てるべき、と頭では理解していても、こんな風に、たった一度すれ違った人に対してできることというのは、残念ながら限られている。

子どもはお客さんじゃない。毎日顔を突き合わせて子育てしていれば、100点満点の対応ができないことも普通にある。

モーや夢見がまだ赤ちゃんだったころ、「あー泣いてるな」と頭ではわかっても、疲れ切ってどうしてもすぐに腰を上げてあやしに行けないことはまあよくあった。あまりに泣き止まないので、虐待を疑われて近所の人に通報されるのではとビクビクしたり。

誰かに優しい声をかけられたらそれはそれで、一人前の親じゃないって思われたような気がして落ち込んだり。思えば、そんな中で、作業を誰かに担ってもらうのと同じくらい強い救いとなったのは「誰にだってあるよそんなこと」という、ママ友との気のおけないおしゃべりだった。

よその家庭の育児って見えるようで見えないし、見えない分、てっきり自分以外はみんな完璧な育児をやってると根拠なく思ったりしてしまう。でも、ついぽろっと自分のダメ親エピソードを披露して「そんなのうちもあるある」なんて言われると驚いて、それだけで安心する。

きっとみんなそうなのだろう、それを皮切りに、ダメ親っぷりを競うように、よりパンチの効いたエピソードが次々と引き出されたりすることもある。「朝、おにぎりを作りかけたんだけど時間がなくなって、ボウルから米を直接、娘の口に放り込んできた」とか、「うちの朝ごはんはウィダーインゼリーだったよ、ママチャリの後ろの席で」とか。

こういう話しをする中で、いいとき、ダメなとき、あっていいんだな、と自分の育児を寛容に捉えられるようになるし、ともすればママ友同士、戦友のような気持ちが芽生えて、もうどうしても無理ってときに助け合える仲になったりする。

だからふと思ったのだ。朝見かけたあのお父さんには、育児について気軽に話せる友達がいるんだろうか、と。もしかすると、ママ達に比べてパパ達には、まだまだそういう話のできる場所が少ないのかもしれない。またあったとしても、すごくオープンマインドな一部のパパだけが入っていける、間口の狭いコミュニティだったりするのかもしれない。

世の中ではまだまだ、社会に出て経済活動を営む、もともとは男の仕事とされていたようなことがとにかく偉くて、家事や子育ては取るに足らない些事、というような暗黙の認識がある。だからこそ、育児のストレスって、もしかしたら仕事のストレス以上に、パパ達は口に出しづらいことかもしれない。

でも、レジャーやレクリエーションなどで部分的に育児に「協力」するのではなくて、育児を、生活として当たり前に「営む」パパが増えてくれば、やっぱりちょっとしたストレスを感じたり、疲れたり、うまくいかなくて落ち込んだり、なんてことは当然ある。

仕事で1億の損失を出す、とかいうようなことに比べると「子どもが泣き止まない」なんて一見地味に見えるかもしれないけど、1年365日、プライベートな空間で休みなく続くことだからこそ、うまく取り合っていかないと、じわじわ積もり積もって自分を蝕む。

育児がつらい、こんな風にうまくいかなかった、こんなことに困ってる。パパ達も、そういうことを気軽に言い合えるといいなと思う。決して些細な悩みじゃない。何しろその営みには、子どもの命がかかっているのだ。うまくガス抜きをしながら、長距離走の育児をみんなで支え合って完走できるといいなと思う。

イラスト:片岡泉
(紫原明子)

の記事をもっとみる