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芸能人の不倫スクープにマジギレするしかない日常はつらい【新米ママ歴14年 紫原明子の家族日記 第16話】

  • 2017.3.14
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先日、塾帰りの娘、夢見を駅で待っていたとき、見知らぬ外国人男性に「ハロー。私、ナニ人だと思う?」と声をかけられた。

私はすぐさま、これは怪しい、と思い、聞こえていないふりをしていると、男は間髪入れずに「……チューリップ」と頼んでもいないヒントを、謎にささやくような声で出してくる。息を吐きながらそっと発せられた「……チューリップ」の語感につい、吹き出しながら「オランダ?」と返事を返してしまった。

なんたる失態。気を良くした自称オランダ人の男は、「外国人と試したことある?」などと卑猥な語句を連発して、自らの”寝技”の技術力を力説。「外国人は上手ね!レッツトライ!」と猛烈に性を押し売ってくる。

逃げるようにその場を離れて何とか夢見と合流、家までの道すがら、自称オランダ人にしつこくされて大変だった、という話を(ある程度はオブラートに包んだ上で)すると、ふむふむと真面目な顔で聞いていた夢見がおもむろに言った。

「それなら、フランス人がうまいらしいよ」

思わず母は卒倒した。好きなアニメの影響で、世界史や世界情勢に私よりはるかに精通している夢見。中世ヨーロッパの歴史や植民地時代のアメリカに詳しいことは知っていたけれど、まさか現代人の夜のテクニックにまつわる知識まで身につけていたとは……夢見、あなどれない。

夢見は見事に偏愛の人間だ。嫌いなこと、気が乗らないことはテコでもやらないが、好きなこと、一度はまったことは、決して飽きることなく延々と追いかけ続ける。そのせいで、さきほどのように余計な知識を仕入れることもまれにあるものの、それでも日々、消えずにいつまでも燃やし続けられる情熱をもっているというのは、正直うらやましい。

最近は、学校の国語の授業で物語を書いている夢見。内容はやっぱりタイムスリップ・歴史もので、日本の子どもがジャンヌダルクとなって百年戦争を戦うのだという。文字数の制限はないが、目安は原稿用紙5~6枚という課題で、夢見の物語はすでに20枚を超えている。学校だけでは書き終わらないというので、ここ数日は家に持ち帰ってきてもいる。お年玉で買った参考文献と原稿用紙を、昭和の文豪のようにテーブルいっぱいに広げて、日夜、黙々と作業している。

完成稿に目を通す先生の労力を思うと少し申し訳ないけれど、文字数オーバーによってたとえ国語の成績が下がろうと、これはもう、満足するまで書くしかないし、それでいい、と私は思っている。何しろ夢見にはそれが超楽しいことなのだ。

作る過程、調べる過程を楽しめる力というのは、生きていく上で巨大な原動力になり得るものだと思う。私たちは平均的に80年くらい生きるとされていて、その間、大なり小なり、何かしら生活に張りがないと生きていけない。退屈は何より業が深い。芸能人の不倫スクープに、テレビ越しにマジギレするくらいしかやることがない日常はつらい。

やっぱり、ある程度は高めの意識で、自分で都度、目標やハードルを設定したり、それに向かってアクションを起こせたりした方がいい。目標をクリアできたときには達成感が得られるし、あわよくば他人から褒められたり、ご褒美がもらえる可能性もある。

でも、そこばかり目指しすぎるのはちょっと危ない。何しろ、人様は忙しい。

自分の努力に見合うだけのリアクションを返してくれない可能性がある。もし思うように他人や社会の評価を得られなかったとき、努力がただ苦しいだけのものであれば、また新たな努力をしようとは思えなくなってしまうかもしれない。だからこそ、過程が重要なのだ。設定した目標に向けて手を動かす、目標までのその過程すら自分にとってのご褒美にできれば、それ以上最強なことなんてない。

指定された文字数に収めるとか、相手の読みやすさを考えるとか、そういうのは、もし夢見がプロになりたいとか、それで稼ぎたいと思うようになったときに取り組めばいい。簡単には仕上がらないものに、面倒くさいと思わずに取り組めること、良い評価を得ようとか、打算抜きで考えずに手を動かせることの方が、きっと今ははるかに重要だ。簡単には成し得ないものに手を伸ばす、過程を楽しめることこそ生きる力なのだ。

……そう、あの自称オランダ人だって、自分の高尚なテクニックを誇らしげに語っていたその表情は紛れもなく生きる力に満ちていた。成功(そして性交)へ挑むその過程すらご褒美に感じていた可能性もあり、そう考えるとこれについては何か無性にしゃくではある。

(紫原明子)

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