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夏目漱石もそうだった? 歴史上の偉大な人物には“不良”が多いワケ

  • 2017.2.28
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こんにちは。エッセイストで経済思想史家の鈴木かつよしです。

みなさんは、「偉人」とか「歴史上の大人物」といった言葉からどんな人を連想されるでしょうか。

筆者の場合は、米国の野球選手で国民的英雄のベーブ・ルース。英国のロック・ミュージシャンでザ・ビートルズ形成期の実質的リーダーであったジョン・レノン。日本の小説家である夏目漱石。こういった人たちを思い起こします。

もちろん人によって「偉人」だと思う人物は違うのでしょうが、多くの人々から「偉人」と呼ばれ伝記になっているような人物の共通点の一つに、「若いころは“不良”と呼ばれたような問題児ばかりである 」というのがあります。

それは、どうしてでしょうか?

●その時代の限界を突き破ったからこそ偉人。鬱積した不良の怨恨が突破の原動力になった

伝記になるような偉人というのは、みな“その時代の限界”を突き破った人々 です。

例えばベーブ・ルースであれば、それまではゴロ(グラウンダー)を転がしてコツコツと得点を重ねるというのが常識だった野球という競技を、遥か彼方の空中へ打球を飛ばして一気に3点、4点と得点する競技に変えてしまいました。

ルースが少年時代、ふだつきの不良だったことは有名な話ですが、病弱な母親を15歳のときに亡くし酒場の経営で忙しくかまってもくれない父親を恨んだルースは、その大きな体を持て余し、喧嘩・万引き・酒・煙草に明け暮れる手に負えない悪(ワル)だったようです。

全寮制の矯正学校に送られたルースは、そこでマシアス神父というルース以上の大男で怪力の教官から勉強と洋服の仕立て方と野球を教わります。

そして、自分の腕力と野球の才能は自分と同じように貧しかったり親の愛に恵まれなかったり病気であったりといった「気の毒な子どもたち」の“夢”となるために使おうと決意します。

尊敬する育ての父親・マシアス先生の指導によって、不良少年ルースの鬱積した世の中に対する怨恨の念は、野球というスポーツ競技の当時の技術とプレー・スタイルの限界を突き破る原動力へと変わって行ったのです。

●「劣等感が莫大なエネルギーを持つ」という精神科医アドラーの理論

筆者がこの、「鬱積した不良の怨恨が時代の限界を突き破る原動力となる」という仮説を友人でもある精神科医のA先生(50代女性)に話したところ、『オーストリア出身の精神科医アルフレッド・アドラーの理論に近い仮説ですね』と言われました。

A先生によれば、アドラー医師の理論とは次のようなものだそうです。

『人間は基本的に“優越を求める心”に動かされているため、そのことは同時に“劣等感”というものを生み出す。全ての人は劣等感を持っており、劣等感が持つエネルギーは莫大 である。そしてそれは、努力と成長への刺激となる 、というのがアドラーの理論の骨子です。

その意味で“劣等感”は「よいもの」であり、「頭が悪い自分なんかいくら勉強したって無駄さ」といった逃避の言い訳としての“劣等コンプレックス”はネガティブで「よくないもの」だというのがアドラー医師の主張なのです』(50代女性/都内メンタルクリニック院長・精神科医)

これを聞いて筆者は自分の立てた仮説があながち見当はずれではなかったんだなとホッとすると同時に、今から100年も前に「劣等感が人間を成長させる爆発的なエネルギーになる」ということに注目していたアドラー医師の慧眼に舌を巻く思いでした。

●“元・不良”たちの伝記をアドラー理論を踏まえたうえで読むととても面白い

このアドラー理論を踏まえたうえで“元・不良”たちの伝記をあらためて読んでみると、大変面白いのでおすすめです。

英国リヴァプールで労働者階級の家に生まれたジョン・レノンは、船乗りだった父親がジョンの幼いころに蒸発。母親は他の男と同棲。母親の姉メアリー夫婦に育てられます。

実の両親に甘えることができずにグレていた彼は、少年時代は喧嘩に明け暮れていたようです。

しかも彼は小さなころから強度の近視で分厚い眼鏡をかけていたため、友人たちから「四ツ目」と呼ばれてからかわれていたとのこと。

このように身体的機能について客観的に劣っていることをアドラーの理論では『器官劣等性 』というのですが、器官劣等性を巡って人間がくだす人生上の決断が物凄いエネルギーを生み出すことは、アドラー理論の中心をなす部分でもあります。

15歳でエルヴィス・プレスリーのロックンロールに衝撃を受けたレノンは、それから(現代の私たちが聴くとやや退屈な)3コードのロックンロールにマイナーコードや転調を取り入れて革命的に展開し、20世紀後半以降の音楽の主要形態となる「ロック」という分野を確立して行きます。

●明治期のスーパー・エリート夏目漱石も“元・不良”とはどういうこと?

最後に、夏目漱石について触れておきましょう。

明治期のスーパー・エリートで国費で英国留学までした漱石が“元・不良”とはどういうことか、読者のみなさんとしては腑に落ちないことでしょう。

しかし漱石も実はベーブ・ルースやジョン・レノンと同じく、親の愛情には恵まれずに育った人 だったのです。

生家は江戸の町方名主の家でしたが、明治維新で没落して行く中で養子に出され、実父と養父の対立に巻き込まれたりします。

抜群の頭の良さゆえ33歳のときに文部省から英国留学を命じられますが、頭の良い漱石には日本人が近代社会を構成するための大前提である“独立した人格を持つ個人”になれていないことが見えてしまい、神経症に苦しむことに。

『坊つちゃん』に登場する「赤シャツ」や「野だいこ」が“上辺だけの近代人”として描かれているように、漱石は個人の独立を伴わずに表面だけ近代化して行く明治期の日本のあり方 に対して日本で一番批判的な“不良”中年だったのです。

そして、自分自身が「個人主義になりきれない一人の日本人である」という“劣等感”が彼の創作意欲に火をつけます。

漱石は44歳のときに文部省から贈られた博士号の受け取りを辞退しますが、もう一人の明治の文豪・森鴎外が生涯国家官僚の職を歴任したことと対照的です。

夏目漱石は49歳で没するまで、反官の不良大小説家としてその溢れんばかりの才能を爆発させたのでした。

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今、「生き方の押しつけにつながりかねない」という理由で、学校教育の現場で「伝記」はあまり積極的には教材として使われていないようです。

でも、今回お話ししたような“元・不良”たちの成長過程の記録は、必ずしも“優等生”ではないお子さんたちが将来というものに対して希望をもって向き合えるようになるために、とても有効な教材なのではないかと思います。

パパやママにもちょっとだけ「伝記」を見直していただければ嬉しく思います。

●ライター/鈴木かつよし(エッセイスト)
●モデル/前田彩(桃花ちゃん)

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