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恋する資格がない女…|12星座連載小説#24~山羊座3話~

  • 2017.2.23
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恋する資格がない女…|12星座連載小説#24~山羊座3話~

12人の女性たちの生き方を、12星座になぞらえて紹介していくショートクロスストーリー『12星座 女たちの人生』。 キャリア、恋愛、不倫、育児……。男性とはまた異なる、色とりどりの生活の中で彼女たちは自己実現を果たしていく。 この物語を読み進めていく中で、自身の星座に与えられた“宿命”のようなものを感じられるのではないでしょうか。
文・脇田尚揮【12星座 女たちの人生】第24話 ~山羊座-3~

「~Climb Every Mountain」
―――ハッ
『すべての山に登れ』で、ふと我に返る。
『サウンド・オブ・ミュージック』終盤の合図だ。
トラップ一家が山を越え、逃亡先のスイスへと向かっていく。
「先生、面白かったよ」
「まあまあじゃん」
エンドロールが流れる中、生徒たちが口々に感想を述べる。
『はい、今日はこれでおしまい! 来週までに、英語でこの作品の感想を書いてきて。次回は、それをもとに意見交換をしましょう』
「え~メンドい~」
「英語で意見交換、ですか……」
筆記用具を片付けながら、部員たちの愚痴や不満を聞く。でも、嫌な気分にはならない。
こういう生の意見を聞くことができるのが、顧問の特権だと思う。
「先生、さよーならー」
田中さんがニッコリ笑顔で声を掛けてくれる。エクボが可愛らしい。
『はい、さようなら。皆、気をつけてね』
そう言って、私は視聴覚室の後片付けをする。
窓の外は、もうすっかり紺色だ。ついさっきまで夕焼けでオレンジ色に染まっていたのに、日が暮れ始めたらあっという間だな。
帰り際、廊下で北野先生とバッタリ遭遇。
「ああ、山崎先生、この時間まで部活だったんですね。お疲れ様です」
『北野先生こそ。今からお帰りですか?』
「あぁ……はは、そうですね。男一人暮らしで、待ってる人もいませんから」
そう言って、照れくさそうに髪を掻いている。
独身男性は自宅に帰っても、掃除、炊事、洗濯を全部一人でやらなくちゃいけなくて大変だなと思った。
『気をつけて帰って下さいね』
私は北野先生に軽く手を振り、玄関に向かう。
もうこんな時間。帰宅する頃には21時をまわっているだろう。
部活がある日は、いつもこの時間になってしまう。
幸いにも学校と自宅はかなり近い。自転車で通える距離なのだ。
通勤経路に保育園があり、仕事がある日の朝と夕方は必ずその前を通る。保育園児たちの可愛い顔を見ると、こちらも自然と顔がほころぶ。
保育園の滑り台や砂場を見ると、子供時代のことを思い出す。

……私もよく遊んだっけな。
お母さんがお迎えに来たとき、「帰りたくない!」とダダをこねたこともあったなぁ。
学生時代、保育士になるのも良いなと思っていた時期があった。
でも、私は英語に魅せられて今の道を選んだのだ。
いつも見かける、保育士さんがいる。少し垂れ目でふっくらしていて、本当に優しそうな女性だ。
同じくらいの年齢なのに、“お母さん”のような温かい雰囲気をもっている彼女。
ああいう人こそ、保育士に向いているんだろうな。
結婚してるのかしら……。
―――そんなことを考えているうちに、自宅に到着した。
帰宅したら、まずシャワーを浴びる。
どんなに夕食が遅くなってしまうとしても、一日の汚れを洗い流してからでないと何だか気持ちが悪い。
シャワー後、身体からホカホカ湯気が立ち上る中、夕飯の準備をする。
食事はいつも、休日に“作りおき冷凍”しているので、レンジで温めればすぐに食べられるのだ。
私はあまり外食をしないタイプだ。お酒も飲まないし、お洒落にもそこまで興味がない。
同年代の女性と比較すると、かなり地味な方だと思う。
お金の使い道がないので、貯金残高だけは増えていく一方だ。
『結婚資金はあるんだけどねぇ……』
独り言をつぶやきながら、鶏肉と大根の煮物を温める。
タッパーには、昨日のほうれん草のお浸しの残りが入っていたはずだ。我ながら健康的な夕食。
『……いただきまーす』
部屋の白壁が、何だか寒々しく感じられる。
喜んで食べてくれる人でもいれば、ご飯の作り甲斐もあるのだろうけど。

でも、男性と恋をするなんて……私にはムリ。
私の過去を知ったら、誰もが引くだろう。
毎日こんな感じで過ぎていき、いつの間にかおばあちゃんになっちゃうのかな……。それはさすがに寂しい。
少し行儀が悪いと思いながらも、スマホに手を伸ばす。
孤独さを誤魔化すようにニュースをチェックする。
そして親友のさあやにメール。明日は、さあやと新小岩のカフェに行く約束をしている。
さあやは結婚しないのかな。彼氏とも結構長い付き合いのはずだけど。
まぁ、さあやは昔から人生設計をしっかりしていたから、きっと大丈夫。
さあやのことだから、「結婚が人生のゴールじゃないからね」とか言いそう。
想像して少し笑った。あの容姿であの口調だもんね。
でも、だからこそ頼りがいがあるし、信頼できる。
―――“あの時”、毅然とした態度で塾長を睨みつけた彼女の氷のような眼差し。
まるでギリシャ神話に出てくる戦女神、『パラスアテネ』のようだった。
ひとり洗い物をしながら、親友のことを想う。水の冷たさも、食器の音も気にならなかった。
山羊座 第一章 終

【今回の主役】
山崎千尋 山羊座30歳 高校教師(英語)
生徒からの信望も厚く、仕事ができる「良い先生」。ただ、他人に甘えるのがヘタなので誤解されることも。大学時代にアルバイトをしていた塾で、塾長にセクハラを受け続けた過去がトラウマになっている。自分に恋をする資格が無いと思っており、結婚願望はある一方、身動きできない。後輩の北野俊一から好意を持たれているが、気づいていない様子。

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