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病気・障害のある家族への「黒い感情」は悪か── 中学生の「課題図書」が大人にも刺さる理由

  • 2026.10.31
cocreco写真:graphica/イメージマート

家族を大切に思っているからこそ、口にしてはいけない、思ってはいけないと、胸の奥底に押し込めている「負の感情」はありませんか。

出版ジャーナリストの飯田一史さんもかつて、病気を抱える親に対して、周囲には決して打ち明けられない複雑な感情を抱えていた一人でした。

そんな「家族へのリアルな葛藤」を、障害のある兄弟姉妹を持つ「きょうだい児」の視点から描いた作品『君の火がゆらめいている』について、飯田さんが自身の経験を重ね合わせながら解説。

本作がすくい上げる「誰にも言えない孤独」と、読書感想文という営みが持つ可能性について綴ります。

「言ってはいけない、思ってはいけない」という社会の空気

誰にも言えないけれど、内に抱えているものは誰しもある。

「言っちゃいけない」「思うことすらいけない」と思ってフタをしている気持ちもある。

たとえば、「家族のことを悪く言うべきではない」「病気や障害がある人を悪く言ってはいけない」という社会の空気がある。

cocreco(写真:アフロ)

だから家族に病気や障害があって、それが原因で日々ストレスや徒労感が蓄積されていたとしたら、それはもう「言ってはいけない」「思ってはいけない」ことの最たるもののひとつになる。

家族の病気や障害についてのネガティブな発言は、オモテに出すべきではない、と。

たとえまわりの人間がその家族のことをよく思わず、遠ざけていたり、あるいは病気や障害によって不利益を被っていたとしても、もっとも身近にいる血縁者は、家族について恥ずかしく感じること、疲れや怒りといった負の感情をぶつけること、外に吐き出すことが、事実上、許されていない。

もし口に出しても、たいていの場合、周囲からは「そんなこと言うのやめなよ」とか「気にすることないのに。大丈夫だよ」などと言われてしまう。

ネガティブな感情をそのまま受けとめてもらえることは、ほとんどない。

キレイごとでは片付かない家族への複雑な感情。我が家のリアル

私の父はパーキンソン病なのだが、病気になる前は口から生まれてきたような人で、何度も何度も同じ話をするし、よけいなことまで誰彼かまわず(もちろん、私に対しても)言うから、私はずっとそれがイヤだった。

筋力がおとろえてあまりしゃべらなくなったことで、過干渉が抑制され、静かになってよかったと感じたくらいだ。だけど、こんなことを思っていると誰かに言っても、ドン引きされるだけである。

私だって誰かから同じことを言われたら「そんなこと言わないほうがいいよ」と返すだろう。でも、そう感じることは変えられない。

家族に対して、シンプルに「好き」とだけ言えればいいのにそうはならない複雑な感情は、止めようとしても勝手に湧き出てくる。

どうにもならないとわかっていても、「どうにかならないのかな」とか「なんでよりにもよって自分の肉親が」と思ってしまう。そのこと自体はどうにもできない。

ふつふつと浮かんでくるのに、そういう気持ちは、世の中では「抱いても話してもいけない」枠にあるべきものとされている。だから、たしかにそこにある感情なのに、胸の奥に押し込められ、「ない」ことにしよう、見ないようにしよう、とされる。

そうして、誰にも相談できず、グチをこぼして発散することすらできない気持ちが、ただただ積み上がっていく。

「きょうだい児」が直面する、行き場のない現実と孤独

cocreco『君の火がゆらめいている』(落合由佳・作)

落合由佳『君の火がゆらめいている』は、そんな心情を真正面から掘り下げた作品だ。

主人公の少女・葉澄は、いわゆる「きょうだい児」だ。

自閉スペクトラム症(ASD)と知的障害がある双子の姉・菜々実がいる。

自分があたりまえにできることが、菜々実はできない。

それによって葉澄は友だちから、誕生会に菜々実は「来ないでほしい」と言われたり、同級生の男子から「おまえはショーガイシャじゃないの?」とバカにされたりする。

そういうことが積もりに積もって、葉澄はときどき学校を休むようになる。

葉澄は、菜々実のことはきらいではない。大事に思っている。

他人が姉のことをぞんざいに扱ったり、からかったりすると、カッとなる。

でも同時に、姉の存在によって、自分のなかに行き場のない気持ちが生まれている。それも認めざるをえない、葉澄の現実だ。

両親は「悩みがあったらなんでも相談して」と言うけれど、親に言えるわけがない。

読書感想文は、胸の奥の「フタ」を取り払う対話の場

そんな折、ふとしたきっかけから、葉澄はきょうだい児が集まる「きょうだい会」の存在を知り、同年代の当事者と本音で話せる場を持つことで、少しずつ変わっていく。

そして、進路選択が迫ってくる。

自分はいつまで、どのくらい、この家族といっしょにいるのか。

自分のやりたいこと、自分の人生と、助けが必要な家族の存在とを、どう折り合いを付けたらいいのか。葉澄は迷い、相談し、考える。

『君の火がゆらめいている』は、きょうだい児の当事者はもちろん、家族について、人には言えないモヤモヤした気持ちや、認めてはいけないと思いながらもネガティブな感情も抱いているすべてのひとに刺さることを、ていねいに描いている。

現実世界では、誰もが葉澄のように話せる仲間が見つかるわけではない。

それでも、この本の読者どうしでなら、それまで誰にも言えなかった話ができるようになるかもしれない。読み終えたら、ぜひ感想を書いたり、ほかの読者を探したりしてみてほしい。

この作品は2026年の夏休みの読書感想文の課題図書(中学生の部)に選ばれている。

感想文は学校の先生やほかの生徒も読む可能性が高いから、あまり踏み込んだプライベートな話は書けないかもしれないけれど、自分に引きつけた感想自体は、おそらくたくさん浮かんでくるだろう。

もちろん、ひとりで読むだけでも、フタをして押さえつけていた自分の気持ち、言語化してはいけない、感じてはいけないと無意識に思っていた苦しさに、改めて気がつくことができると思う。

そういう心の内側を見つめ、吐露するのは、わるいことではない。

長年抱えてきたものをいったん下ろすことができれば、積年のモヤモヤ、作り上げられてきた見えないカベを取り払って、家族と向き合えるようになるはずだから。

読者の気持ちを軽くし、やさしい心持ちにしてくれる小説だ。

文/飯田一史

飯田一史(いいだ いちし)

出版ジャーナリスト・ライター。中央大学法学部法律学科卒。グロービス経営大学院経営研究科経営専攻修了(MBA)。出版社にてカルチャー誌や小説の編集に携わったのち、独立。国内外の出版産業、読書、子どもの本、マンガ、ウェブカルチャー等について取材、調査、執筆している。

cocreco『君の火がゆらめいている』著:落合由佳(講談社)
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