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ジョニー・デップが「私はDV被害者です」と…泥沼裁判で語った、23歳下の元妻と「それでも別れなかった理由」とは

  • 2026.10.24

ハリウッドの頂点を極めた男、ジョニー・デップはなぜ表舞台から姿を消したのか――。その裏には、元妻のアンバー・ハードとの6年にもおよぶ泥沼闘争がありました。ここでは『ジョニー・デップの戦い DV疑惑の真実と復活への道』(猿渡由紀 著、文藝春秋)を一部抜粋して紹介します。

2022年4月、ジョニーが元妻を名誉棄損で訴えた裁判がついに開廷。DV疑惑によって代表作『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズの主演を降板させられた彼が、法廷で語った「真実」とは?(全2本の前篇)

裁判開始から6日目。ついに証言台に立ったジョニー・デップ ©AFP=時事

◆◆◆

裁判開始から6日目。ついにジョニーが証言する瞬間が訪れた。

ジョニー側の弁護士ジェシカ・マイヤーズが最初に投げかけたのは、「今日、あなたはなぜここにいるのですか?」という問いだった。そのシンプルな質問に、ジョニーは、ゆっくりとした口調で、こう答えた。

「およそ6年前、ハード氏は私に対して、まるで事実にもとづかない、凶悪な行為をしたと訴えてきました。それは大きな衝撃でした。そのようなことは一切起きていないのに。一緒にいる間、口論はありましたが、彼女に手を上げたことはありません。女性に対して暴力を振るったこと自体、人生で一度もありません。しかし、彼女の訴えは業界に広まり、『事実』として、メディアやソーシャルメディアを通じて世界中に広まっていきました。そこに全く真実はないとわかっているので、私は自分のためだけでなく、当時14歳と16歳だった子どもたちのためにも、立ち上がる責任があると思いました。

高校生だったわが子は、学校で友人たちから、顔にあざのあるハード氏が表紙になった『ピープル』誌を見せられました。酷いことです。そして、その話はどんどん大きくなってきました。だから、子どもたちのためにも、父がやったとされていることは事実でないと証明したいのです。私はこの業界で35年ほど仕事をしています。その間、今回のような問題は一度も起きていません。私のゴールは真実です。長い年月の間には人からアドバイスを求められることがあり、その時々に私ができるかぎりの助言をしてきました。その人たちに、実は嘘つきだったと思われたくないのです」

アンバーはイーロン・マスクとも浮名を流した。イーロン公認の伝記本『イーロン・マスク』のなかで、彼の弟・キンバルはアンバーを「猛毒なんです。悪夢ですよ」と評し、ふたりが「火炎放射器で炎を浴びせあうような喧嘩」をした様子も目撃したと いう ©AFP=時事

「私は、自分の正直さを誇りに思っています。真実にしか興味がありません。嘘を次々と塗り重ねていっても、いずれその嘘を隠せなくなるだけです。今日は、この件についてすべてを語ることができる初めての機会なのです」

ドラッグ使用歴を問われて…

イギリスの裁判と同様、アンバーの戦略は、ジョニーが「普段は優しくて魅力的に見えるが、酒やドラッグをやると正気を失い、恐ろしい『モンスター』に豹変して暴力を振るう」人物だと、陪審員に印象付けることだった。そこで、ジョニーの弁護士マイヤーズは、初日に、ジョニーのドラッグ使用歴を問うことにした。

「4歳か5歳だった頃に遡ります。ドアにかかっているバッグの中から精神安定剤を取ってきてと、母に頼まれました。それが何年か続くうちに、その薬を飲むと母の気持ちが落ち着くのだとわかりました。11歳のある日、心を落ち着かせたかったのですが、どうすればいいかわからず、母に薬を渡した後、立ち去りながら自分も一錠飲みました。荒れた生活環境から逃避したかったのです。それが始まりでした。薬は気持ちを落ち着かせてくれるものなのだと、そんな幼い時に知ったのです。誇れることではありませんが、ほかに方法を知らなかったのです」

マリファナを初めて使用したのも11歳で、15歳になる頃には、すべてのドラッグを試したことも、ジョニーは明かした。同様のことは、テレビドラマ「21ジャンプ・ストリート」に出演していた頃に、大きな部数を誇る「テレビガイド」誌のインタビューでも語っており、秘密にしてきたわけではない。

ジョニーと元妻の出会いのきっかけとなった映画『ラム・ダイアリー』(2011年)。撮影当時、お互いに別のパートナーがいながらも激しく惹かれ合い、のちに交際に発展した

「だからと言って、ずっと使い続けてきたわけではありません。全くドラッグに触らなかった時期、酒を飲まなかった時期もたくさんありました。楽しむためではなく、トラウマ(心的外傷)を感じないようにするために使ったのです。ハード氏が私を薬物依存症扱いするのは作りごとであり、嘘です」

自分は酒に非常に強く、どれほど飲んでも、あるいはどんなにドラッグをやっても、まるで変わらないと、アンバーや彼女の友人によく言われたとも述べた。ただし、オピオイドに依存していたことは別問題で、これについてはその後の証言で一部始終を語った。

妻から虐待を受けても…ジョニーはなぜ別れなかったのか

マイヤーズは、アンバーから虐待を受けていた件についても聞いた。

「怒ると平手打ちをしてきたり、体を突いてきたり、テレビのリモコンを投げつけてきたり、グラスに入ったワインをかけてきたりしました。そうしたことが頻繁に起きました。それに、彼女は、私が語った過去の経験を武器に使ってきました。とりわけ、わが子のことを――。彼らを巻き込む必要はないのに。私にとって一番大事なのは良き父親になることだと知りながら、私のことを『酷い父親』と呼ぶのです。そんなことが続けば、心がずたずたになります。自分は出来損ないではないかと思うようになります。高校生がやるようないじめでも、度重なれば耐えられなくなるのです」

そのような扱いを受けていたのに、なぜ別れなかったのか。マイヤーズは、誰もが抱いているに違いない当然の疑問を投げかけてきた。

ジョニーはまず、「それはとても複雑な質問です」と言い、一瞬沈黙した後、静かに続けた。

「なぜ別れなかったのか。おそらく私自身の父が(母からの虐待に)耐えたからでしょう。それに、私はヴァネッサと破局してしまいました。だから、この関係はうまくいかせたかったのです。かつての彼女に戻してあげることができるかもしれないとも思っていました。最初の1年か1年半のアンバー・ハードは、こんなではありませんでした。彼女は突如として私の敵になってしまったのです。彼女のためにするどんなことも、彼女は受け入れてくれなくなった。

別れなかったのは、彼女を傷つけたくなかったからです。父が出て行き、母が自殺を試みた時の様子は、今もまだ鮮明な形で記憶に残っています。ハード氏も何度か自殺をほのめかしました。それも(別れなかった)要因のひとつでした」

その間、アンバーはつんとした表情で、目を背けるでもなく、まっすぐ証言台を向いていた。

2015年、口論の最中にアンバーが投げつけた特大サイズのウォッカのボトルがジョニーの右手に直撃。中指の骨が露出し、指先を切断する大けがを負った ©AFP=時事

ショッキングな音声記録

ジョニーの証言の中では、物的証拠として、過去に録音されたジョニーとアンバーの会話の音声記録も再生された。イギリスの裁判でニコル判事に「私は重視しない」と言われたそれらの音声は、実際に聴くと、非常にショッキングな内容だ。そこには、激しい口論とともに、暴力を認める言葉も混じっている。たとえば、イギリスでも再生された録音のひとつでは、このような会話が交わされている。

「お前、今、俺の顔を殴っただろう」

「殴ったんじゃないわよ。叩いたのよ。あんたの顔を端から端までもっと正しく叩いてあげたら良かったわね。でも、殴ったんじゃないのよ。ベイビー、あんたは殴られたんじゃないの」

「殴られるのがどんな感じかなんて教えてもらいたくないね」

「あんたは殴られたんじゃなくて、叩かれたの。あんなふうに叩いて悪かったわね。でも私は殴ったんじゃないわ。私はあんたを叩いたの。自分の手が実際どう動いたのかはわからないけど、あんたは大丈夫でしょ。怪我させてはいないわ」

2016年、アンバーは自身の誕生日パーティにジョニーが遅刻したことに激高。ジョニーのベッドの上に人糞を放置するという信じがたい嫌がらせを行ったという ©AFP=時事

「はいはい、お前は強いね」

「私はどうするべき? こうかしら?(おそらく手の動きを見せる?) 私はぐだぐだ言っているだけじゃないのよ。あんたと違ってね。そこが私とあんたの違い。あんたは赤ちゃんね。ジョニー、大人になりなさいよ」

「お前が暴力を始めたよな?」

「ええ、私が暴力を始めたわよ」

別の会話でも、アンバーは、ジョニーに暴力を振るったことを認めている。

ある日、ペントハウスでジョニーが喧嘩から逃げ、バスルームに籠ってシャワーを浴びていると、アンバーが追いかけてきて、ドアを激しく叩いてきた。いつまでも諦めないため、ついにジョニーはシャワーから出て、ドアを少しだけ開けた。アンバーがドアに全体重をかけて押し入ろうとしてきたので、ジョニーが阻止しようとすると、アンバーが「足の指が!」と叫んだ。ドアの下に挟まったのかと、ジョニーがひざまずいてアンバーの足を見ようとすると、ここぞとばかりにアンバーが勢いよくドアを蹴り、ドアがジョニーの頭に激しく当たった。ショックを受けたジョニーが立ち上がって、「お前、今、何をしたんだよ」と言うと、アンバーはジョニーの顎を殴ってきた。その翌日の会話だ。

「俺がお前に何か言うとしたら、『もういいから』だ。昨日の夜、ドアを蹴って俺を叩いたことを覚えていないと言うならさ」

「ごめんって言ったじゃない」

「俺が(バスルームの中で)かがんでいる時に、お前がドアを蹴って、俺の頭にぶつけたことを忘れたと」

「悪かったって言ったわ」

「待てよ。自分がやったことを覚えて……」

「(ジョニーの言葉を遮って)私は動揺していたのよ。いろんなことがあって。アンビエン(睡眠導入薬)も飲んでいたし。私があんたと同じことを覚えていないからって、何をそんなに怒っているのよ。ごめんって言ったでしょ。否定はしてないでしょ」

ジョニーの代表作となった映画『パイレーツ・オブ・カリビアン 呪われた海賊たち』(2003年)。だが2018年、アンバーが「ワシントン・ポスト」にDV被害を告発する記事を寄稿したことをきっかけに、ジョニーは同シリーズの主演を降板させられる事態となった

「俺は指を失くしたんだぞ」

2016年7月、サンフランシスコで密会した時の会話もあった。

「アンバー、俺は指を失くしたんだぞ。わかっているだろう? 鼻に缶を投げつけられもしたんだぞ」

「あれはフェアな喧嘩だったと言って、陪審員や判事がどう思うか見てみましょうよ。ジョニー、世界に向けて言いなさいよ。『男である私、ジョニー・デップも、DV(音声では略さずにドメスティック・バイオレンスと発言)の被害者です。あれはフェアな喧嘩でした』と彼らに言ってみなさいよ。どれだけの人があなたの味方をすると思う?」

「『ジョニー、世界に向けて言いなさいよ。男である私、ジョニー・デップも、DVの被害者です』とハード氏に言われた時、あなたは、なんと答えましたか?」

と聞いた。ジョニーははっきり述べた。

「私は『はい』と答えました。そう(DVの被害者)です」

『ジョニー・デップの戦い DV疑惑の真実と復活への道』(猿渡由紀 著)。母の暴力に耐えた幼少期の哀しき記憶、元妻アンバー・ハードとの出会いと蜜月、そして世界を騒がせた泥沼の裁判劇の一部始終に迫る

ジョニーが「自分はDV被害者だ」と明確に宣言したことは、その日のテレビ各局の報道で大きく取り上げられた。間違いなく、この長い裁判の重要な瞬間のひとつだ。この音声が再生されている間、アンバーは俯き、唇を噛んでいた。

マイヤーズはまた、アンバーが「ワシントン・ポスト」に寄稿した意見記事のせいで何を失ったのかをジョニーに訊いた。それに対し、ジョニーは、「すべてです」と答えた。

「50代にして突然、私が『酔っ払ったり、コカインを使ったりして、女性を殴る男なのだ』という主張が、世界を駆け巡ったのです。もう終わりです。この裁判でどんな判決が出ようとも、あの(ジョニーが暴力を振るったという)主張が最初になされた時に、私は(すべてを)失ったのです。そのような話を、人々は忘れません。私はずっとそれを背負わなければいけないのです。判決がどうであれ、誰もが知る出来事だったから。そんなことが起こる必要はなかったのに」

文=猿渡由紀

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