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海辺の集落に明日の美を耕す――シャネルが支援する京丹後「あしたの畑」プロジェクト

  • 2026.10.24
(C)CHANEL

日本海を望む京丹後・間人(たいざ)の集落で、NPO法人TOMORROWが手がけるプロジェクト「あしたの畑」。CHANEL(シャネル)の支援を受けた新たな工房「間人プレイス」が今年10月12日(月)に公開され、隣のギャラリー「SEI TAIZA」には日仏の職人の協働作品が並びます。丹後ちりめんの記憶が息づくこの地で、手仕事は次の世代へと受け継がれていきます。

銀灰色の家並みの向こうに

畠山直哉「立岩」2022年 Courtesy of TOMORROW

京都府北部、丹後半島の日本海に面した場所に、間人という漁村があります。港では冬になると「間人ガニ」が水揚げされ、海沿いの家々は焼杉(表面を焼いた杉板)の外壁をまとっています。潮風にさらされた板は年月とともに銀灰色へと表情を変え、この土地ならではの静かな風景をつくっています。

秋の収穫を祝う祭りの時期には、どこからか太鼓の練習の音が聞こえてきます。神社の多い間人の西側では、自然への信仰が今も暮らしのなかに息づいています。その集落を舞台に、NPO法人TOMORROWが2020年から育ててきたプロジェクトが「あしたの畑」です。工房やギャラリー、古民家、ティーハウス、屋外の作品が点在し、集落の風景に新しい創造の場が重なっています。

2026年10月12日(月)、「あしたの畑」の新たな拠点「間人プレイス」が一般公開されました。隣には、間人で初めてのアートギャラリー「SEI TAIZA」が並びます。ともに、かつて丹後ちりめんの織物を生み出した工場の記憶を受け継ぐ場所です。

訪ねるうちに、ひとつの問いが浮かびます。「畑を耕す」とは、いったい何を育てることなのか。その答えを探して、海を見晴らす高台へと歩みを進めました。

「あしたの畑」――人の心を耕す集落構想

(C)CHANEL

「あしたの畑」を率いるのは、ディレクターの徳田佳世さんです。若い頃から現代アートと建築の現場に身を置き、地中美術館や家プロジェクトに携わったのち、豊島美術館ではアーティストの内藤礼さん、建築家の西沢立衛さんとともに担当キュレーターとして開館までを導きました。その経験のなかで次第に大きくなったのが、「美術館という形は、日本の文化に溶け込んでいるのだろうか」という問いでした。自然や集落、日々の暮らしに根ざした美のあり方を探るため、徳田さんは京都へ拠点を移し、2016年にTOMORROWを設立します。

ディレクターの徳田佳世さん (C)CHANEL

転機は2020年の夏に訪れます。活動の場を探して各地を巡るなか、京丹後の大成古墳群で、日本海に向かって開かれた石室に出会いました。6世紀頃につくられたとされる古墳です。亡き人を思う祈りが、海と空の広がりのなかに今も息づいている。その風景に、徳田さんは芸術文化が暮らしに根づく可能性を見いだし、傍らの漁村・間人に「アートの大切なものがすべてある」と直感したといいます。

「畑」という名には、実際に土を耕す意味に加え、人の心を耕すという願いが込められています。プロジェクトマネージャーの橋詰隼弥さんによれば、今日だけでなく明日を考えるための土壌をつくりたい、という思いから名づけられたそうです。

プロジェクトマネージャーの橋詰隼弥さん (C)CHANEL

構想の特徴は、大きな美術館をひとつ建てるのではなく、機能を集落のなかに分散させたことにあります。活動拠点の間人スタジオ、ギャラリーのSEI TAIZA、作り手が滞在する間人レジデンス、屋外作品とティーハウスのある宮、そして職人が制作する工房の間人プレイス。丹後には、大陸との古い交流、古墳やガラス玉づくりの技、丹後ちりめんに代表される織物文化が幾重にも積み重なっています。その土地の記憶を糧に、集落全体を学びと創造の場へと育てる試みが、6年目を迎えました。

シャネルとle19M――展覧会の対話を、間人へ

シャネルがパリに設立したle19M(ル ディズヌフエム)は、ファッションとインテリアの分野で卓越した技をもつ職人や専門家と、11のメゾンダール(専門工房)が集う複合施設です。ここでは、メティエダール(芸術的な手仕事)の価値を守り継ぎながら、異なる専門性や世代、文化が交わるなかで新たな創造の可能性をひらいています。併設のオープンスペース「la Galerie du 19M」は、その技に触れ、新進気鋭の才能にも出会える場として開かれます。

「あしたの畑」とシャネル、le19Mとのつながりが広がる契機となったのが、2025年に東京・六本木ヒルズで開催された「la Galerie du 19M Tokyo」の企画展「Beyond Our Horizons(ビヨンド アワー ホライズンズ)」です。le19Mのメゾンダールと日本の作り手たち、あわせて約30組が、それぞれの技術や素材、文化的背景を持ち寄り、協働による作品を生み出しました。その成果は東京からパリへと巡回しています。

この対話は、展覧会で終わりませんでした。橋詰さんによれば、シャネルからの支援は資金面にとどまりません。展示で使われた作品や資材の一部が、間人プレイスの建築や空間、SEI TAIZAの展示のなかで新たな役割を得て生かされています。東京やパリで生まれたものが、間人の風土と出会い直し、地域の職人や若い世代へとつながっていく。素材、技術、作品、そして人々の思いを次世代へ手渡す、持続可能な文化の循環が、ここから始まっています。

間人プレイス――素材の記憶を、次の創造へ

(C)CHANEL

日本海を見晴らす高台に立つ間人プレイスは、かつて丹後ちりめんの工場だった建物を改修した、創造と学びの拠点です。着物を着る機会が減るなど、暮らしの移ろいとともに織物を取り巻く環境も変わりつつあります。徳田さんは、そうした産地の職人の仕事や技術に触れながら、若い人たちが滞在して制作できる場所をつくりたいと考えてきました。その思いを受け止める工房として構想されたのが、この場所です。

改修を手がけたひとりが、木桶職人の中川周士さんです。改修前の建物は屋根や壁に傷みがあり、床や全体にも傾きがありました。中川さんはまず不要なものを運び出し、古い骨組みをできるだけ残しながら手を入れていきました。新築のように均一には仕上がらない、古い建物の傾きや癖。その不揃いさに向き合うことが、素材を見直すきっかけになるといいます。外壁の一部には、木を薄く割った板を何千枚も重ねて貼りました。かつては廃棄物と見なされていたような材も、工夫すれば新しい素材として生き返ります。

木桶職人の中川周士さん (C)CHANEL

床の一部には、和紙を重ねて亜麻仁油を塗り、豆腐を使って仕上げる伝統的な方法を応用しました。亜麻仁油を塗った紙は、光や見る角度によって表情を変えます。古い素材の使い方を学びながら、今の空間にふさわしい形を探る。その試みが、足元にまで及んでいます。

(C)CHANEL

この建物には、東京の展覧会で生まれた協働の成果も、新たな役割を得て息づいています。髙室畳工業所とメゾンダールのルサージュ(ツイードのアトリエ)が手がけた畳には、畳の伝統とツイードの織りの技が出会っています。藤森工務店による網代張り(薄い板を編むように組む技法)、プリーツを専門とするアトリエ「ロニオン」と織物工房「デザイン橡(とち)」の作品も、建物のなかで空間の一部となりました。展示された作品が、鑑賞の対象から、建物を形づくる素材へと姿を変えているのです。

(C)CHANEL

素材を使い切るという実験

(C)CHANEL

中川さんの仕事の根にあるのは、つくりたい形を先に決めて素材を当てはめるのではなく、目の前の木と向き合う姿勢です。曲がった木や節のある木も、見つめ続けるうちに、その木にしかない魅力が見えてくる。そうした発見を、若い人たちにも体験してほしいと中川さんは語ります。

素材を余すことなく使うという考えは、建物の仕組みにも広がります。展覧会で使われた木材は、プランターや家具へと姿を変えました。ワークショップや制作から出るかんなくずは、バイオトイレに生かされます。木桶のコンポストで発酵させた堆肥を、木桶のプランターでの野菜づくりに生かす循環も、構想のなかにあります。木桶の技法を用いた雨水タンクを設け、飲料水や農作物に活用することも目指しています。試行を重ねている設備もありますが、環境への配慮は抽象的な理念にとどまらず、職人の現場から生まれる具体的な問いとして実践されています。

(C)CHANEL

将来的なゼロ・ウェイスト(廃棄物を出さない暮らし)の実現を視野に、サステナビリティを制作と活動の基盤に据える間人プレイスは、年齢、ジェンダー、専門性や経験の有無にかかわらず、誰もが学び、対話し、創造の担い手になれる場を目指しています。工房と大きな台所を備え、木工にとどまらず食のワークショップも開かれます。職人や地域の人、子どもたちが同じ現場に立ち、素材に触れながら環境について考える。環境の問題は大きく感じられても、それぞれが自分の仕事や暮らしのなかで小さな工夫を続けることが、先の世代の変化につながる。中川さんはそう考えています。

敷地には、浦島太郎の伝説や海にまつわる物語を取り入れたしつらえもあります。物語に登場する五色の亀から着想を得た板戸絵や把手など、地域の伝承を空間のなかで感じられるようにしたものです。海を眺めながら、自然の恵みや土地の歴史とともに過ごす時間も、滞在の一部になります。

(C)CHANEL

隣接する「職能庵」は、作り手が制作に没入し、自分自身と静かに向き合うための場であると同時に、地域文化を見つめ直し、新しい表現へと開いていく滞在拠点です。工房で技を磨くだけでなく、土地を歩き、自然や歴史を感じ、人と語り合う。そうして過ごすひとときもまた、次なる表現を育む大切なプロセスとなります。

「ここは完成して終わりではありません。使いながら発見し、少しずつ変化していく場所です」と中川さんは話します。シャネルの支援を受けて実現した新しい出発点に、これから人が集い、手を入れながら育てていく。古い工場が工房へと生まれ変わる歩みそのものが、素材を生かし、技を継ぎ、未来の暮らしを考えるという「あしたの畑」の理念を映しています。

SEI TAIZA――織物の記憶をまとうギャラリー

(C)CHANEL

間人プレイスに隣接するSEI TAIZAは、築約60年の丹後ちりめん工場を活用した、間人初のアートギャラリーです。2024年に整備されたこの建物では、かつて織物を生み出していた空間に、現代の作品が並びます。産地の歴史を背景に、織物や手仕事の新しい可能性を探りながら、作品と人、そして地域をつなぐ役割を担っています。

展示の中核をなすのは、「Beyond Our Horizons」で発表された作品の一部です。東京の展示で使われた資材も再利用して、この空間に合わせた展示がしつらえられました。東京やパリで披露された協働の成果が間人へと移ることで、展示の記憶は、この土地の歴史と静かに結びついていきます。

(C)CHANEL

展示された作品のひとつが、漫画家の五十嵐大介さんと、フルー(柔らかな素材を扱う仕立て)を専門とするアトリエ「パロマ」による協働作品《佐保姫、しし踊り、竜田姫》です。森や川、季節の移ろいを描いてきた五十嵐さんは、この作品で春・夏・秋の風景を描きました。木々や草花、動物、人間がそれぞれ等しく息づく世界。そこには、自然を人間の背景としてではなく、生命を宿す存在として捉えるまなざしがあります。

作品は絵絹(絵を描くための薄い絹地)に描かれ、その透けるような質感が、風景に独特の奥行きをもたらします。木々のあいだを流れる水には、パロマの職人が柔らかな素材を用いた立体表現を重ねました。水は生命の象徴として作品に加えられ、絹に描かれた景色に、触れてみたくなるような広がりを与えています。

作品名の佐保姫と竜田姫は、それぞれ春と秋の景色を思わせる名です。そのあいだに「しし踊り」が置かれることで、作品は季節の眺めを超え、人や動物が自然とともに生きる世界を映し出します。漫画家が絵絹に描くこと、仕立てのアトリエが衣服の素材を作品の立体表現へと展開すること。どちらも慣れた技法をそのまま当てはめるのではなく、相手の専門性に耳を傾け、新しい使い方を探る試みでした。作品には、絵と素材の造形が並ぶだけでなく、その対話の時間も刻まれています。

(C)CHANEL

唐紙(版木で文様を擦り出した和紙)の工房「かみ添」を京都で営む嘉戸浩さんと、花細工のアトリエ「ルマリエ」の協働作品も、手仕事の対話を伝えます。嘉戸さんが担ったのは、ルマリエが提案した花のモチーフをもとに版木をつくり、紙に文様を写す工程でした。模様や寸法、仕上がりを異なる専門の職人同士ですり合わせるのは簡単ではなかったものの、普段とは違う作品づくりが大きな刺激になったと、嘉戸さんは振り返ります。日頃は表に出ることの少ない版木も作品の一部として見せることで、文様が生まれる工程や道具にも目が向きます。

「かみ添」の嘉戸浩さん (C)CHANEL

嘉戸さんが語る唐紙の魅力は、光によって表情が変わることです。電灯のない時代には、朝日や夕日、月明かり、ろうそくの灯りによって室内の見え方が変わることまで含めて楽しまれてきました。SEI TAIZAでも、紙の文様や素材の陰影は、立つ位置や光の具合で印象を移ろわせます。

(C)CHANEL

絵絹、柔らかな素材、唐紙、そして光。工場の記憶を残す建物のなかで、それらが静かに響き合います。SEI TAIZAで作品を見ることは、日仏の職人の協働をたどることであり、同時に、丹後ちりめんの産地が育んできた記憶に触れることでもあります。かつて布を生み出した工場は、今、作品と人との出会いを生む場所になっているのです。

集落を歩く――間人スタジオから宮のあしたの畑へ

「あしたの畑」には、間人プレイスとSEI TAIZAのほかにも、集落のなかに訪ねたい場所が点在しています。間人スタジオは、築約100年の古民家を、木工や陶磁器、ガラス、唐紙、左官などの職人や作家とともに約4年かけて修繕した住まい型の拠点です。技を眺めるだけでなく、暮らしの空間のなかで体感できます。

宮のあしたの畑では、竹野神社へ続く山道のそばに宮ティーハウスが建ちます。地域の土を約33層突き固めた版築(土を層状に固める工法)のインスタレーション作品で、韓国の伝統文化研究所ONJIUMと連携した茶づくりも進めています。このエリアには、石組みの職人に学びながら石を積んだ屋外作品「Field of Stars」、西沢立衛さん設計の「納屋」、間人の土を使った「あしたの畑窯」も並び、制作の現場そのものが次の世代への継承の場となっています。

あしたの畑 2026 REFLECTION | 秋期公開

(C)CHANEL

間人プレイスも、SEI TAIZAも、間人スタジオも、宮ティーハウスも、それぞれ独立した場でありながら、集落のなかでゆるやかにつながっています。作品を鑑賞し、素材や技に触れ、人と出会い、土地の時間に思いを巡らせる。訪れる人は、創造の現場と地域の暮らしをあわせて体験できます。

6年目を迎えた今、徳田さんが願うのは、50年後、100年後の人々が誇りに思える文化の遺産を、この土地に育てることです。畑が季節を重ねて実りをもたらすように、手仕事と人の交流が、この集落に根づいていきます。その歩みを訪ねることは、私たち自身の暮らしや、未来へ手渡したい美しさを考える時間にもなるでしょう。

【あしたの畑 2026 REFLECTION | 秋期公開】
会期/~2026年11月8日(日)
時間/10:00~17:00 最終入場 15:30 ※水曜日定休
会場/
ガイドツアー制(間人スタジオ集合)
間人:間人スタジオ、SEI TAIZA、間人プレイス
宮 :宮のあしたの畑(Field of Stars、宮ティーハウス)
鑑賞料/大人:¥3,500、学生:¥2,500円(学生証を提示)
※別途プライベートツアーがあります。
※但し、宮の作品は常時自由鑑賞、無料。
予約/tomorrow-jp.org/reflection-reservation

問い合わせ先
あしたの畑
MAIL/info@tomorrow-jp.org
URL/tomorrow-jp.org

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