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パルテノン神殿の「錯覚にかんする設計」は多くが神話だった

  • 2026.10.23
パルテノン神殿の「錯覚にかんする設計」は多くが神話だった
パルテノン神殿の「錯覚にかんする設計」は多くが神話だった / Credit:Canva

パルテノン神殿は、柱が立つ床や柱の上に渡された梁の中央が、わずかに上へ反っています。

古代ギリシャの建築家が「まっすぐに作ると真ん中が垂れて見える」という目の錯覚を見越し、あえて曲げてまっすぐに見せた――この説明は2000年以上語り継がれ、教科書や観光ガイド、さらにはAIまでが事実として紹介してきました。

しかし英国のオックスフォード大学(University of Oxford)の数学者アラン・ゴリエリ氏は、少なくとも12種類も提唱されてきた「錯視補正」を、数学と視覚の科学で検証しました。

その結論は、論文の題名どおり「パルテノン神殿に錯視補正は存在しない」というものでした。

研究の詳細は、科学雑誌『Royal Society Open Science』に掲載されています。

パルテノン神殿の曲線は「錯覚を打ち消すため」と信じられてきた

「パルテノン神殿には直線がほとんどない」という話を、世界史の資料集や旅番組で耳にしたことがある人は多いでしょう。

紀元前447年から15年かけてアテネのアクロポリスの丘に建てられたこの神殿は、長さ69.5メートル、幅30.9メートルの堂々とした建物です。

遠目にはまっすぐな柱と水平な梁の組み合わせに見えますが、測ってみると、ほとんどの部分が規則正しい形から少しずつずれています。

柱が立つ床(スタイロベート)は中央が盛り上がり、柱の上に載る梁(エンタブラチュア)も同じように反っています。

反りは床だけでなく、その下のほぼ地中に埋まった土台の段にもあり、柱を通じて上の梁へと受け継がれています。

柱は中ほどがわずかに膨らみ(エンタシス)、四隅の柱だけがほかの柱より太く作られています。

こうしたずれは建設ミスではありません。

Credit:川勝康弘

同じ反りや膨らみが建物のあちこちで正確にくり返されていることから、わざと作られたことは専門家のあいだで認められています。

問題は、何のためにわざわざ曲げたのか、です。

古くから語られてきた答えは、目の錯覚への対策でした。

Credit:川勝康弘

まっすぐな水平の床を長く延ばすと、人の目には真ん中が垂れ下がって見えてしまう。

そこで建築家はあらかじめ中央を持ち上げ、見る人の目にはまっすぐに映るようにした、というのです。

柱が膨らんでいるのはまっすぐな柱だと中ほどがくびれて見えるから、四隅の柱が太いのは明るい空を背にすると細く見えるから、と説明されてきました。

この説のはじまりは、古代ローマの建築家ウィトルウィウスが紀元前1世紀に書いた『建築について』(日本では『建築十書』として知られます)です。

パルテノン神殿の完成から、およそ400年後に書かれた本でした。

19世紀には英国の建築家フランシス・ペンローズが神殿の反りを精密に測って実在を示し、それをウィトルウィウスの説明どおりの「錯視補正」だと結論しました。

その後、建築史の教科書がわかりやすい図とともにこの説を広め、百科事典やドキュメンタリー、観光ガイドへと行き渡っていきます。

ゴリエリ氏は2025年9月と2026年7月に、ChatGPT、Gemini、Claudeの無料版に「建築における光学的な微調整とは何か」と尋ねました。

するとどれも錯視補正説を自信たっぷりに説明し、その代表例としてパルテノン神殿を挙げたといいます。

人間がくり返し書いてきた説明は、それを読んで学んだAIの口からも、そのまま出てくるのです。

では、まっすぐな床が本当に垂れて見えるのかを、誰かが実際に確かめたことはあったのでしょうか?

まっすぐな床は垂れて見えず、曲げた床はむしろ曲がって見える

Credit:川勝康弘

記録や実験のなかに、垂れて見える錯覚の証拠はあるのか?

ゴリエリ氏によれば、錯視補正説を支える直接の証拠は、歴史の記録にも実験にも見当たりません。

論文は、この説を「まっすぐに作ると垂れて見える」「だから中央を持ち上げた」「おかげでまっすぐに見える」という3つの主張に分け、3つとも正しくないと指摘しています。

まず真ん中の「だから持ち上げた」は、建てた人の狙いについての主張です。

先にも述べたように、その狙いを伝える文章は神殿の完成から400年に書かれたウィトルウィウスの本だけです。

しかも、ギリシャの建築家が本当にそう考えたという根拠は示されていません。

プラトンやアリストテレスはいくつかの錯視を書き残していますが、そこにも神殿の説明に使われるような錯視は出てきません。

次に、入り口の「垂れて見える」という錯覚は、そもそも確認されていません。

視覚の研究では、斜めに横切る線などがなければ、人の目はまっすぐな水平線をまっすぐに、しかも非常に正確に見分けられることがわかっています。

実際、柱と梁が並ぶ西洋風の建物は世界中の街にありますが、まっすぐな梁の真ん中が垂れて見えたという報告はありません。

Credit:川勝康弘

垂れて見える錯覚の候補として論文が検討するのは、1861年にドイツの生理学者エーヴァルト・ヘリングが報告した「ヘリング錯視」です。

紙に放射状に広がる線を描き、その上に2本の平行な直線を重ねると、直線が弓なりに曲がって見えるというものです。

神殿でいえば、床や梁を横切って並ぶ柱が、この放射状の線の役をして、床や梁を曲げて見せるのではないか、というわけです。

ただしこの錯視は、直線を斜めに横切る線があって初めて起こり、横切る線が直角に近づくと消えてしまいます。

そしてパルテノン神殿の柱は、床や梁とほぼ直角に交わっています。

柱はわずかに内側へ傾いていますが、その角度は約0.4度しかありません。

正面の柱の中心線を上へ延ばしても、交わるのは床から約2.2キロメートルも上空です。

これほど垂直に近い柱では、床や梁を曲げて見せる錯視は起こりません。

ゴリエリ氏は「ヘリング錯視のように、紙の上なら垂れて見えるのと同じ向きの効果を生みそうなものもありますが、実際に計算してみると、その効果は現れません」と述べています。

Credit:川勝康弘

最後に、出口の「おかげでまっすぐに見える」という結論も成り立ちません。

幅約31メートルの正面の床で、反りの高さは約6センチです。

25メートル離れた場所からでも、人の目は控えめに見積もって1.5〜5センチほどの曲がりを見分けられるので、近くでじっくり見れば気づける大きさではあります。

けれども現実の景色の中では、脳が小さなでこぼこをならして直線として補ううえ、古典建築はまっすぐだと思って見ているため、正面からはほとんど気づかれません。

その一方で、神殿の隅に立って床の縁を見通すと、反りははっきりと曲がって見えます。

長い板の端に目を寄せて縁を見通すと、わずかな反りでもよくわかるのと同じです。

観光客はわざわざこの隅に連れて行かれ、「錯視補正」の説明を受けます。

けれども、曲がって見えていること自体が、まっすぐに見せるという説の目的と食い違っています。

しかも反りが目に入るとき、見えるのは上へ盛り上がった線です。

まっすぐな床はもともと垂れて見えないのですから、反りは、気づかない場所では見た目に何の働きもせず、気づく場所ではただ曲がって見えるだけなのです。

床の反りで見えた食い違いは、ほかの「錯視補正」でもくり返されます。

Credit:川勝康弘

まっすぐな柱がくびれて見えるという錯覚は、神殿を立体で再現した実験でさえ確かめられていません。

しかもパルテノン神殿の柱は、高さ約10メートルで、上に行くほど細くなっています。

膨らみといっても、まっすぐ細くした場合より、輪郭がわずかに外へ張り出しているだけです。

張り出しは最大でも約1.8センチで、ほとんどの距離からは見分けられません。

何世紀も誰にも気づかれず、1814年に英国の建築家が測って再発見したほどでした。

そして見えたとしても、目に映るのはまっすぐな柱ではなく、膨らんだ柱です。

四隅の柱は、ほかの柱より直径が約4センチ(約2%)太く作られています。

Credit:川勝康弘

明るいものは暗い背景の前に置くと、まわりへにじんで実際より大きく見えます。

これが神殿でも起きるなら、すべての柱を同じ太さに作ると、隅の柱だけが細く見えてしまいます。

ほかの柱は日を浴びて奥の暗い壁や影を背にするのでわずかに太く見えるのに、隅の柱は明るい空を背にしているからです。

隅の柱が細く見えるのを打ち消すために、あらかじめ太くした、というのが錯視補正説です。

Credit:川勝康弘

ところが、両端の隅の柱が2本そろって空を背にして見える場所をゴリエリ氏が地図の上で探すと、わずか4つの狭い範囲しかありませんでした。

その4つも、アクロポリスの外か、ほかの建物の中か、斜面の上だったのです。

つまり、ほとんどの場所から見ると、隅の柱は「補正」のせいで、かえってほかの柱と太さがそろって見えないことになります。

すべての柱を同じ太さにしたほうが、よほど簡単にそろって見えたはずです。

では、床の反りは、重みでたわむのを見越して、あらかじめ持ち上げておいたものなのでしょうか。

長い橋なら、重みで垂れ下がる分を見越して、中央を持ち上げて造ります。

しかしパルテノン神殿の床は地面に据えた石の台で、橋のように重みで垂れることはありません。

現代の土木工学から見ても、こうした反りは建物の強さには必要ありません。

錯視のためでも重みのためでもないとしたら、神殿の床は、なぜわざわざ反らされたのでしょうか?

神殿の反りは雨水を流すためだったかもしれない

Credit:川勝康弘

わずかな反りに、果たせる役目はあったのか?

ゴリエリ氏が有力な候補として挙げるのは、雨水です。

神殿の床は水をほとんど吸い込まない大理石でできているため、雨がかかれば、水は表面を流れて出ていくしかありません。

完全に平らな床なら、雨水は流れる先がなく、水たまりになって残ります。

19世紀にペンローズはこの排水説を退けましたが、ゴリエリ氏が床の形から傾きを求めると、平均で約0.2度ありました。

この傾きがあれば、厚さ1ミリの水の膜は秒速約1センチで外へ流れ、いちばん遠いところからでも30メートルの道のりを40分あまりで縁まで届く計算です。

見た目には何の働きもしない反りも、水を外へ流す働きはたしかに持っているのです。

ただしゴリエリ氏自身は、排水のために曲げたのかどうかまではわからない、としています。

柱の膨らみについてゴリエリ氏は、職人たちがまっすぐな柱より美しいと感じたから、というもっと単純な説明を挙げています。

錯視補正という証拠のない説明がこれほど長く生き延びた背景には、「古代ギリシャ人は何でも知っていた」という思い込みがある、とゴリエリ氏は見ています。

パルテノン神殿が建てられた頃のギリシャには、力を計算する理論はありませんでした。

神殿の反りの形は放物線などの曲線で説明されることが多いのですが、こうした曲線が数学として研究され始めたのは、神殿の完成からおよそ1世紀後のことでした。

目のしくみについても、当時の哲学者たちは、目から火のようなものが出ているのかを議論している段階で、錯視がなぜ起きるのかを理解する土台はまだありませんでした。

論文はさらに、神殿の反りや膨らみの多くは、理論からではなく、建物を建てながら受け継がれてきた職人の経験則から生まれた可能性を挙げています。

しばしば奴隷の身分にあった彼らが力を合わせて生み出したもので、エリート建築家が数学で設計したものではない、というのです。

今回の研究でまだ検証されていない錯覚
ゴリエリ氏が検証したのは、まっすぐに見せる、太さや間隔をそろえて見せる、高い位置の像を大きく見せる、という補正でした。けれどもパルテノン神殿には、ほかにも「見る人の目のため」と語られてきた工夫があります。その一つが、柱に刻まれた縦の溝です。木の柱の時代の名残とされる溝を、石の柱になっても刻み続けたのは、柱を高く細く見せるためだったという解説があります。もう一つは、列柱の内側で部屋の壁の上部を一周していた帯状の浮き彫り(フリーズ)です。この浮き彫りは、下の端より上の端のほうがわずかに深く彫られていることが、19世紀から知られています。屋根の下の薄暗い場所を、地上から急な角度で見上げる位置にあったため、見やすくするための工夫だと説明されてきました。これらの工夫は、まだ錯視補正説と同じ厳しい検証にかけられていないのです。

もっとも、今回の研究は、実際の神殿の前に人を立たせて、床や柱の見え方を確かめたものではありません。

ゴリエリ氏は、反りまで再現した米国テネシー州ナッシュビルの実物大の複製で、人に見え方を確かめてもらう実験を行うことを提案しています。

それでも、錯視補正説の側から、目に実際にそう見えることを示す証拠が2000年以上一度も出てこなかったことに変わりはありません。

ゴリエリ氏は論文の結びで、論文を置いて街を歩き、まっすぐな梁や柱を持つ建物を自分の目で確かめてみるよう読者に勧めています。

そこで真ん中が垂れて見える建物に出会うことは、まずないでしょう。

Credit:Canva
専門家向けの補足
パルテノン神殿の曲線をめぐる議論では、三つの問いを分ける必要があります。どんな形に造られているのか。その形によって、見え方がどう変わるのか。そして建設者は、その変化を狙っていたのか。曲線を精密に測れたとしても、残る二つの問いに答えたことにはなりません。
アラン・ゴリエリ氏の論文は、この問いのつながりを、歴史資料、既存の計測・視覚研究、幾何学や力学の計算から検討したものです。著者は、提唱されてきた錯視補正の説明には裏付けがないか、通常の観察条件では知覚できるほどの効果がないと論じています。
例えば、放射状の線を背景に置くと直線が曲がって見える「ヘリング錯視」は、線が交わる角度によって強さが変わります。神殿の柱と床はほぼ直角に交わるため、図版で示された錯視を、そのまま建物の見え方に当てはめることはできません。「似た錯視がある」だけでは足りず、実際の角度や観察位置で、曲線による補正を必要とするほどの錯視が生じるかを問う必要があるのです。
ただし、今回、実際の神殿を人に見せて、床や柱の見え方を測る新たな実験は行っていません。あらゆる条件で錯視が生じないと、実験で確定したわけではないのです。著者自身も実物大の複製を使った検証を提案しています。従来の説明の弱点を示すことと、考えられる効果をすべて否定することは区別する必要があります。
代案の排水説についても、効果と目的を分けて読む必要があります。論文は、水の膜の厚さなどを仮定した計算から、床の弱い傾斜でも水を外へ運ぶ働きがあると示しています。しかし、水の膜が薄くなるほど流れは遅くなり、実際に水たまりを防げるかは雨量や表面の状態などによって変わります。当時の屋根がどこを覆い、床のどこに雨が入ったかも検討が必要です。また、排水だけでは、柱の上に載る梁にも同じような反りがある理由を説明できません。
そして、仮に排水や見え方への効果を確認できたとしても、それだけで建設者の意図までは確定しません。錯視補正説のよりどころとされるウィトルウィウスの記述は、神殿の完成から約400年後のもので、設計者自身の説明ではありません。職人の経験や美的判断から曲線が生まれたという説明も、現時点では候補にとどまります。
この研究を、曲線の目的が錯視補正から排水へと置き換わった話として読むのは早計です。むしろ、形の実在、実際の効果、造った目的という三つの段階で、それぞれどんな証拠が必要なのかを問い直す研究と読めます。神殿が精巧に造られていることは、その理由として後世に語られた説明の正しさまで保証するわけではないのです。

 

元論文

The illusion of illusions: there are no optical corrections in the Parthenon
https://doi.org/10.1098/rsos.260999

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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